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サイレントデイ
家に帰ると父がものすごい剣幕で怒っていた 今日は父が買ってきた焼肉を家で食べる日で 帰るのが遅くなってしまったからでしょうか 荒々しく音を立てる父の機嫌が直るのを息を 潜めて待つ、怖いと思いながらも、これが当 たり前の日常で、いつかは刃物を出されるん じゃないかと思う、この前は、私の車が破壊 されたし。でも、私も、一切の自由のきかな い生活で、自分の行きたいところに行くこと もできない、なにそれ監禁じゃん。そう、私 はペットのマルとハロと同じ扱いなんだよね この前、自分で料理したら、母親がそれを全 部捨てちゃった、ミネストローネスープ、食 べて欲しかっただけなんだけど。 私、多分、そろそろ家の人間に殺されちゃう かもな、いや、むしろその方が社会にとって ありがたいことかも?人様に迷惑かからない じゃん、笑 この閉塞的な檻の中で過ごしてきたこれまで の人生で唯一の自由は電波でした
サイレントデイ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 981.6
お気に入り数: 0
投票数 : 3
ポイント数 : 1
作成日時 2025-02-25
コメント日時 2025-03-02
項目 | 全期間(2025/04/10現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 1 | 1 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 1 | 1 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
初めまして。 二藤さんは、何歳くらいの方なのでしょうか? というのも、成人であれば、住み込みで働くことは可能で、直ぐにその悪環境から逃げ出せるからです。 15才以下なら、児童擁護施設にたよると良いです。あなたのお父様お母様の態度は、「精神的虐待」だと判断できますので。 ご一考のほど、宜しくお願い申し上げます。
1共感系の投稿だね。或いはもっとある意味で怖い同情系の投稿と言っていいか。 これは、今後の当サイトと、最近の投稿作品の内容について考えていたことだけれど、文学サイトというのは弱いものを救済するサイトではない。二藤さんという人になんら落ち度があるとか、悪い人間だと言いたい訳ではなく、本人の問題内容を問わず救われない人間というのはいるのだと思うのです。詩文が優れているか、文章が優れているかをある意味では競い合い高め合う、そう言ったものとして機能し、投票機能もついています。本当はお互いにポイント送り合っている同士で競い合うのも少し変なことではあって、鑑賞専門の人がいて初めて競うっていうことが出来る気がするのだけれど。 文章の内容についてどう思うか? これをホラー仕立てで書くなり、アレンジの工夫があっても良いと思う。私は自分の不幸を売りにしたくなかったから、精神障害者という立場にいるということをずっと伏せて、新聞やポエム雑誌に投稿してた。それでやっと採用されてたと思ったら、段々身の内を明らかにしなければいけない状況に追い込まれて(例えば、定職についてないことや現場を持っていないことへの事情の説明のためとか)やむを得ず、身の不幸を語るようになったのです。 こういう人を救うところは残念ながら相当ない。日本という国がそういう国ではないのです。障害者施設にしろやっていることが酷すぎます。売春で生き延びる女性もいるでしょう。私は売春を否定はしないです。女性にしろ男性にしろ体を売ると話せば買ってくれるところはある。それが運よく救ってくれる可能性だってある。働くのが一番です。警察が救ってくれるとは思えない。私みたいに強引に精神障害者に仕立てられることもあるでしょう。私の親と同様、医者の意見に、親が同意するようなクズ親に間違いない。 >私、多分、そろそろ家の人間に殺されちゃう かもな、いや、むしろその方が社会にとって ありがたいことかも?人様に迷惑かからない じゃん、笑 これは間違ってると思う。人間は他人に迷惑を時にかけながら生きていく生き物です。インドではそう教えます。この国がおかしいんです。昔の日本はそうではなかった。お互い様という言葉が今でもある。 >この閉塞的な檻の中で過ごしてきたこれまで の人生で唯一の自由は電波でした 電波に救われていると。分かりますよ。こういう投稿が増えていくことがいいか悪いかは分かりません。私は投票まではしない。どんな不幸な生い立ちであろうと作家として売り込む以上、自らのキャラクターを打ち立て、エンターテイメント精神を発揮しなければ認めるわけにはいかない。文明文化というものの質を守らなければ、理性の狂った作者の両親のような人は益々増えてしまう世の中になると思うからです。芸術は厳しい。 文章を読めばこの方が未成年でない証拠はちゃんとある。私の車と書いてある。車を持っているということはまさかブーブのことではないでしょう。おもちゃでない車を持っているなら、働ける力があるはずだ。救いについてもっと深く掘り下げていうのならば、文学や芸術の世界で求めるべき救いとは、美しき去ることが本当の救いです。つまり助からないかもしれないけれど、本当の意味で救われないということではないのです。
1>文学や芸術の世界で求めるべき救いとは、美しき去ることが本当の救いです。 「美しく生き、去ること」 の間違いでした。ここは投稿者さんのように、自分なんかいても迷惑だと思う人が集うサイトではなく、自分には生きる価値があると思い、それぞれの才能を披露し合うサイトです。つまり世にいう俺様私様が集うサイトなのです。投稿するなら自分の質内容に自信を持ってお願いしますね。
1はじめまして!レモンさん コメントありがとうございます 成人しているのですが、働き始めですので今すぐに!というのは少し厳しいです。 優しいときもあるのです、たまたま機嫌が悪かっただけです……また少ししたら大丈夫です
0二藤さんは女性ですか? >優しいときもあるのです、たまたま機嫌が悪かっただけです……また少ししたら大丈夫です とは、ドメスティックバイオレンスを受けている女性が言う常套句なのですが。
1最後の一行がショッキングでした。
0二藤さん、はじめまして。 >この閉塞的な檻の中で過ごしてきたこれまで >の人生で唯一の自由は電波でした 電波(インターネット)から世界中の様々なことを知ることが出来ますよね。ただ様々なフェイクも含まれていて、電波の中の〝自由〟とは?という問いがまず浮かびました。 二藤さんの過去作も読ませて頂きましたが、創作という事に限っては二藤さんは限りなく自由だと感じますし、自由を謳歌して頂きたいな、という感想を持ちました。この作品の話者の自由がいつか電波の中だけではなく、足のつくリアルな地面の自由への一歩に繋がりますように。
2タイトルの「サイレントデイ」という張りつめた空気がそのまま文章にのって、奇しくもサイレントに反する叫びの声のような感じがする。しかしながら、誰かに聞かせるためではなく吐き出すようで、読んだ側は無音であったとするしかないような。サイレントは読者にも響く
3万太郎さん、コメントありがとうございます >どんな不幸な生い立ちであろうと作家として売り込む以上、自らのキャラクターを打ち立て、エンターテイメント精神を発揮しなければ認めるわけにはいかない。文明文化というものの質を守らなければ、理性の狂った作者の両親のような人は益々増えてしまう世の中になると思うからです。芸術は厳しい。 キャラクターを自分の中で確立させていく、というのが大事なのですね 作家として生きる自分と、素の自分の切り替えは上手くやっていきます 作品としていかに昇華させていくかということに重きを置いていこうかと思います
1私が離れたら母がどうなるか分からない怖さもありますから、これはDVなのかもしれないですけど、上手い解決策を思いつかないまま大人になってしまいました
1コメントありがとうございます! ショッキングというのは、電波の方がむしろ自由ではないということなのでしょうか……
0ronaさん、コメントありがとうございます そうですね、フェイクニュースもあったりと、電波における自由を考えてしまいますね 私は、リアルから目を背けるためにネットへ逃げてしまいます 周りが嘘でもいいから、リアルよりは、ほんの少し居心地がいいんです 地に足を付けた生活が送れるよう頑張ります
0コメントありがとうございます サイレントデイというタイトルにしたのは、文字通り、お互いが険悪にならないように(それこそ、息を潜めるように)静かな日々を送っていることを表しています その日々を表現すると、サイレントとは反対の叫びになっているというコメントになるほど……と考えさせられました 読者にもそれが影響されるという、読み手としての感想をいただきとても嬉しいです
2おはようございます。 お母様をつれて、逃げ出すことをオススメします。 親類、友人、居ないなら、 DVを受けているひとを匿う施設があるので、1度連絡を取ってみては如何でしょうか。 この案で駄目でも、また考えます。
1レスポンスありがとうございます。 レスポンスを読ませて頂いて、自分のコメントが何だか分別臭いコメントになってしまっているなぁ、と改めて感じました。少し追記させて下さい。 この作品は私自身の自由について考えさせられた作品で、きっと誰もが何かしらの不自由さを感じ、自分の思い描く自由に憧れているのだろう、という想いが湧きました。それは私自身が大きな自由に憧れながら自分が今持っている小さな自由を大切にしようという想いです。 私は基本的に作品と筆者は分かて考えるタイプの読み手なのですが、この作品から筆者像を探りたいという気持ちが起きました。それで過去作も辿らせて頂いたわけです。 過去作にあった詩文、 >綺麗で美しかった母は拒食症になり痩せこけて この詩文が >母親がそれを全部捨てちゃった、ミネストローネスープ、食べて欲しかっただけなんだけど。 この詩文に重なると、母親と話者の関係も問題もすごく複雑なんだろうと感じました。同時に『食べて欲しかった』話者の想いも深く計り知れないものがある。 この自由のない空間に息を潜めながら留まり続ける話者の中にある浮かび上がる深いもの。そこに共鳴するものが私の中にあって、読めて良かったと感じた作品でした。 鼻に付くような作為的な詩文ではなく、されど幼稚さが書かせた詩文ではない、とても自然体だと感じさせながら含みのある詩文。天性で素晴らしいものを持たれた詩人さんだと思いました。 ありがとうございました。
2レモンさん、ありがとうございます。支援センターに相談している最中でもあります。私も、試行錯誤の中ではあるのですが、最低限の人権は確保した生活を送るために生きます。
1ronaさん、コメントありがとうございます 過去の作品も読んでくださったということで、本当に嬉しい限りです。 そうですね、私も、作品と作者を分けて書くよう心がけているのですが、詩を書くという行為自体、日々の昇華であったりもします。 一筋縄でいかない、日常のことを詩として書くことで、私は何に気持ちが揺らいで、あるいは何を大事としているのか、それが他者へ伝わるためにはどうすればよいのか自問自答しています。 私にとっての最大の幸せは、家族仲良く過ごせることです。(幼稚な考えかもしれません。しかし、私の願いは今も昔も変わっていないのが、作品制作の軸にもなっています) コメントいただきありがとうございます。ほんの少しだけ、心が楽になりました
2具体的に動いておられる様子を伺い、少し安心致しました。 いろんな案を考えるのは得意です。 お力になれそうなことがあれば、 いつでも、ご相談下さいね。 ありがとうございます。
1何かテレビのCMへ切り替わる瞬間の様な。唯一の自由、電波。父の怒り。暗い家庭。志村けんの子供時代?見たいなシチュエーション、監禁とまで言っていますが、あながち大げさな表現ではないのかもしれません。
1エイクピアさん、コメントありがとうございます。 実は、この詩の文全体を左寄せで書いていて、箱あるいは、閉塞した状況下をレイアウトで表現しています。それは、エイクピアさんのおっしゃるように、CM(幕が降りる前)へ切り替わる兆しのようにも見えます。
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