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ego・light・future
光 重なった夢 交わる 透明な骨を食んで (香り立つことの無い冷たい血の泡、千切れた言葉の意識の先、目が動く、風の音、貴方の目、あなたの、目を) 交わりの無い交わりの夢に汗を漏らし苦鳴を落とし、私はがりがりと地を掻き、私を産み落とす、背骨を軋ませ、幾筋もの死産、その穢れた花達を、私は私の恋と呼んでみる、乾き切った、指で、撫でて、やる (おいで、) 淡く色づけられた 生に 怒り狂う 性に 形を失くした私を、 淡い夢を見るこの瞳を 潰して、潰して、潰して、潰して、潰して、潰して (永遠みたいな夜の中で、光ってたよ) 開いて 滴る血肉で描く未来 記憶の彼方のre peat 体の破片が 心の破片が 運命の破片が 鏡合わせに 私を見る時 私は歌う (君が元気で良かったよ) 柔く疼き 輝き出す衝動 父母の笑う声 凡てを願って 貴方の手を離す (私の子宮に埋もれて居る私の、目を、裂いて、咲いて、滲み続けた青に、青く埋め、埋められた海と空の奥底に、散る星々に、命と名付けて、貴方を抱き締める、届か無い指で、届か無い声で、届か無い意識で、自分勝手に抱き締める、背骨を軋ませ、水底を掬うように、どうか) 風が祈って居る 衆愚の果てに、 私達の悲しみと痛みの果てに、 風が祈って居る 解体を願う拘束された月の裏側 と私の瞼、 cry・暗い・喰らい ねぇ、いっつも腹ぺこなの ねぇ、君を食べたいよ いつか 私が殺した 私を殺した貴方の淡い欠片が 私の中で 色づく 産み落とされる 血塗れの 私、あたら、しい (怖い、よ) 新しい、 私 光 ねぇ、おいで よ 遊ぼう 踊ろう ? 光
ego・light・future ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2363.3
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2021-10-05
コメント日時 2021-11-25
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
眼は、景色を喰らう器官である。あるいは、景色に喰われ続ける器官でもある。眼は、一つのリンクを働く。外界との媒体の一つである。触覚も聴覚も味覚も嗅覚も同様に。僕はここに黒塗りされた眼を発見した。光に飢えた球根のような眼を発見したのだ。その瞼から一輪の花が芽生えるような希望を持ってみたくなった。運命や人生が、とめどないのか。目の前を立ち塞がっているのか。眼は、景色を喰らう器官である。運命も人生も喰らってしまう。毒も栄養も、選別することなく丸呑みしてしまう。この眼の無常を僕は見た。
0お読みくださり有難うございます。 なんか…私の詩自体より詩的なこめんとを有難うございますwびっくりしたけど、嬉しいです。 こめを読んで、子供の頃に見た「だいの大冒険」という漫画で、らすぼすに主人公の仲間が「目」にされてしまうしーんを思い出しました。「目」になった仲間は、らすぼすの攻撃で主人公がぼろぼろになっても、加勢はおろか、悲惨な状況から目を逸らしたり塞ぐことも出来ず、ひたすら苦しむ主人公を見続けることしか出来無い、というわりとえぐいしーん(だったと思う)で、子供心に印象に残った記憶があります。感覚器は基本的に受動的なものですが、確かに、目はとりわけその印象が強いですね。瞼を開く限り、目の前の景色を見てしまう。私の中では、目と耳は特に受動的な印象が強く、また、重要性も高い気がします。殆ど無意識で、1時間程度でざざっと書いた詩文で、自分でも何が書きたいのか纏まらない気もするのですが、確かに、眼差すこと、への意志のようなものはあるのかもしれない。作者の意識して居なかったてーまを拾い上げて差し出して貰ったような気持ちです。有難うございます。 また、「眼の無常」という言葉があると同時に、 >その瞼から一輪の花が芽生えるような希望を持ってみたくなった。 とも書いてくださり、そこも嬉しく思いました。私にとって、少なくともまだ、世界は無常であり無情ですが、その中に、なんとか希望を見出したい、芽吹かせたい、というのは、たぶん私の詩作の一貫したてーまであり、私自身の願いのように思います。その辺を読み取ってくださったのかな、と感じました。また、私の詩を読んで、類さんの心に、希望のようなものが兆したのなら、作者冥利に尽きます。読んでくださった方に、ほんの僅かでも光になれたのなら、それは作者にとっても光だと思います。頑張りたい。 感想・ご批評いただき、有難うございました。
0何が起きても変わらない世界観で、 お洒落な、それでいて西洋化以上に西洋文化したところに育った私達の「地柄」やリアルとは言えないその現実感を感じます。曖昧な、透明な、夢。そんなことにリアルな私たちです。私はさわぎの中あなたではなく下級の妖怪にむしられました。詩すら夢に落ちていますが、落ちたところから加えたり省いたりしても、世界観は自身だから変わらないと思います。
0また主語が抜けていました。コメント重複すいません。 落ちたところから光を加えたり省いたりしても、世界観は自身だから変わらないと思います。
0光 私 光 と。始まりから終わりまで貫かれていく過程にあって呪詛のように言葉が射し込まれた()付きの連の箇所などが視覚的にもインパクトを残すようでした。つわりの経験はありませんが、生理学のそうした状態を思わせるようでもあるぶつ切りにされた詩句とぱらぱらとこぼれ落ちる詩句との韻律のバランスが興味深く感じられました。
0お読みくださり、有難うございます。 >何が起きても変わらない世界観で、 すたんす的には私はりべらるだと思うのですが、結構根は保守的なの、ばれたな、とwww保守的というか、臆病で頑固という中々に柔軟度の低い性質があるっちゃあるので、変化するのが苦手なのがあるのだと思います。また、自分自身を掘り抜こうとして、同じような表現、世界観に固執してるところもあるかも。全然出来ねぇ!けど。逆に言えば、まだ、言葉で遊ぶだけの余裕があまり無いです。 >西洋化以上に西洋文化したところに育った 西洋文化以上に西洋化した、では無く、ですか。。。ふむー。あくまで私の中の印象ですが、私は地方の片田舎で育ち、家庭もわりと和寄りなとこもあるので、子供の頃、葛藤がありました。例えば周囲の子は夏休みにわいはーとか連れてって貰うのに(夏休みのわいはが西洋的なのか、それこそ日本的なものなのかはとにかく)、私は親の趣味で東北の秘湯温泉(つげ義春の漫画に出てきそうなとことか)に連れてかれたり。そうした、周囲とのぎゃっぷ、ずれが結構大きくて、思春期にあいでんてぃの確立に1度は失敗した犬ではあります。狭い地方の片田舎にも、西洋的であったり、和風であったり、様々な文化の片鱗が流れ込んで来て、その中で混乱した私は、自分の夢の中に居場所を求めた節があり、夢は幼い私の最後の砦、意識の防波堤のようなものだったのかもしれないです。わりと要領悪いんで、疲れてしまうんですよね、変化が激し過ぎると。そうした己を守るための殻のような夢=自分自身の現実と、「りある」の接続される、出来る場所、を求めて、詩に行き着いたところもあるかもしれません。。。んん、なんか違うかも。でも、そうかも。 まぁ、私の書いてる詩は、私の妄想が主体なのは間違い無く、みんなが思うような「りある」と差異があるのは間違い無いと思います。そんな所を読み取っていらっしゃるのかな、と感じました。特にてんまさんは、ご自身が生きて居る土地の気配を、強く纏われた方だと思って居るので、私の現実、や、りあるが気になられたのかな。日本でも、土地によって文化や雰囲気、風土がかなり違うことを実感したのは詩を書くようになってからだし、生まれ育つ人は、土地の影響を受けますね。どうしても。作品にもそれは現れてくる。その辺のことを思いました。 >私はさわぎの中あなたではなく下級の妖怪にむしられました。 ううん。。。ご自愛ください。。。ただ、恋愛関係のこと言ってらっしゃるのかなと思ったのですが(違ったらごめんなさい)私も詩を書く前に幾つか経験したのですが、恋愛って命の発露だなー、と言う気がします。ただ、過去のあまり幸せで無い経験に囚われ過ぎるのは、良くないかと。次は上級妖怪げっとしたるわ!!!位の気持ちで行きましょwwww私達にくよくよしてる時間は無い!(見当違いのこと言ってたらごめんなさい。。。) >落ちたところから光を加えたり省いたりしても、世界観は自身だから変わらない それは確かにそうかもしれない。ある意味、私は詩に現される自分自身とその価値観に固執して居ます。でも、どうしても光が必要だとも思います。光に相当する存在・経験が無ければ、私はとうに死ぬ、或いは生きてても今よりだいぶ酷い状況になって居たと思います。光と呼んで居るもの達は、私にとって救いでした。自分もそんな作品を作りたいという気持ちがあります。変われるのかな。変わりたい気持ちも強いし、変わらない核を持ちたい気持ちもあります。取り敢えず違う作風にもちゃれんじしたい気持ちは、最近強い。臆病と頑固を超えて、やってみます。てんまさんの詩や言葉、私は好きだし面白く思ってるので、参考になります。 長くなりましたが、感想・ご批評くださり、有難うございました。
0お読みくださり、有難うございます。 ()付きのとこ、呪詛っぽかったですかw詩における視覚的な効果はあまり普段から意識しないたいぷなので、意外な感想でした。視覚詩、読むのは好きで凄いなぁと思うんですけど、自分でやりたいとはあまり思わ無いんですよね。でも、改行や頭空け、()の記号等のちょっとした工夫で、言葉に自分の感覚を添えるのは好きです。それが、悪阻など、身体的な状況を表してるように読めたとのこと。面白いです。非言語的な身体感覚を伝えるために、間や、言葉をずらすこと。無意識にやってるとこもあるのかなぁ。 私自身は、たぶん妊娠することは無いだろうな、と今は思ってるのですが。妊娠っていう現象は、すごく面白いなと思います。誰かの種を受け入れ、子を孕むこと。産み落とし、新しい命が出現すること。それがある意味で半分は自分(の遺伝子)であること。。。愛や欲等も絡む行為であり、ほんとに不思議で凄いなと思います。そこまでの奥深さは、この詩では表現出来て居ないかなと思います。。。まだまだですね。 私の好きな小説家に倉橋由美子という人が居て、特に好きな「婚約」という小説の中で、Kという主人公(小説家のかふかがもちーふ)と婚約したF・Bというひろいんが、そういうことを致して無いにも関わらず、「あなたのせいで妊娠した」と訴えるしーんがあって。F・Bは色々と強い女性なのですが、そのしーんでは、Kへの思い、思慕や恋愛等の感情を抱いてしまった=妊娠という形になってるようにも読めるんですよね。しゅーると言えばしゅーるな小説なので。最終的にF・Bは産んだ子供を食べてしまったとKに告げ、私はそれをKへの思いを殺してしまったのだ、と解釈したのですが。そうした、比喩としても妊娠は色々に使えるな、と思います(ちなみに、F・Bは様々な創作物の中でも私がとっぷくらすに好きな女性きゃらの1人です) また、こうした比喩の上では、男性も「孕む」ことは可能ですよね。私は腐女子なので、そうした作品も見てみたいな、とふと妄想したり。湯煙さん、いかがですか…w 私のこの作品も、現実の妊娠というよりは、意識が何かを孕むこと、を比喩的に書いてるんだと思います。その結果、新しい自分が産み落とされる、という結末は、自分でもちょっと意外で、今までどおりの自分の詩のようで、何か違う感じがしました。 感想・ご批評くださり、有難うございました。
1もし、一詩を読み終える、ということがあり得るならば、私はまだこの詩を読んでいる最中であると言えますが、簡単なコメントを送ります。この詩はすばらしいです。詩を、山にたとえるなら、この詩は、地球上の名峰の一つに数えられると思います。一票を入れます。もしかしたら、またコメントするかもしれません。
0お読みくださり有難うございます。 まず、 >もし、一詩を読み終える、ということがあり得るならば とする感性はとても良いなと思いました。1つの詩、というのは通常、書き手の人生(の断片)を写したものだと私は思って居ます(しゅーるだったり幻想的だったりするものでも)そして、どんな優れた眼力を持った人でも、1つの人生を読み切れること等無いと思うからです。そこに溢れた世界も、見切ることは出来無いと思うし。だから、1つの詩と真摯に向き合うなら、その向こうに広がる人生・世界にも思いを馳せねばならず、それは考えても考えても終わら無い気がします。私みたいな雑野郎だと、ちょっと読んで、「あーこういうことねー」みたいに思考を打ち切ってしまうことが基本なので、yasu.naさんはそれをしないようにしてる方なのかな、偉いな、と感じました。 ただ、私は自分で、詩の実力は到底無い犬だと思ってます。名峰どころか、近所の裏山にさえなれ無い、位の認識をがちで持ってます。もし、またこめんとをいただけるなら、どんな所がyasu.naさんの心に届いたのか、現在読めて居る感覚で良いので、教えていただけたら泣いて喜びます。ど、どの辺がヨかったのよ…/// 後、運営の方の評で、yasu.naさんは私の前作について、「いめーじが乾いてしまっている」と書かれて居ましたが、むしろ、こっちの方が筆致もいめーじも乾いてると作者としては思うので、その辺どう感じられたかも教えていただけたら嬉しいです。 感想・ご批評くださり、有難うございました。
1呻きのような詩だと思いました。苦しみは苦しみを描くことでしか救われないかなぁ、と共感について思いました。詩は知恵が載っている必要はなく、詩、そのものが、この世界のより良き断片だとミヒャエルエンデさんが仰っていましたが、息遣いを感じ、もっと細かいディティール的な具象を入れるともっと良くなりそうな気がしました。
0白犬さん、こんばんは。二回目のコメントになります。 まず『cookin' red & lobo』について、私が「イメージが乾いてしまっている」と言ったのは「へい、きょうもげんきに、いきることにぜつぼーしてる?」という句が非常に力が強いために、そしてその上、作中で三度も使われているために、作中の他のフィールドから水分も養分も全部奪い取ってカラカラにしているという印象を持ったことから来ています。 けれど今作『ego・light・future』にはそういう強力な中心的詩句はないので、作品を通して潤っています。そして、一語一語読み進むたびに新しい感覚や情報を得る感覚があります。また、せっかちさもないです。進行速度が読者にとって心地いいほど合っている感じです。今作についての解釈については、今はまだ書かないでおきましょう。まだ読み込みたいし、公にするのがもったいないのです。
0お読みくださり、有難うございます。 呻きや苦しみだけを書いているつもりは無く、私が書きたいのはその先にあるものだと感じます。中々書けませんが。それが詩文の中に読み取れ無いと思うなら、無理に共感する必要は無いかと思います。元来強制することもされることも大嫌いな我儘犬なので…wでも確かに、共感する・伝わるとはなにかと考えると、有り触れている心の作用のようで、不思議な感覚ですね。たぶん追求すると面白いかつ難問。良いものを描こうとするのは素晴らしいことですが(小学生の頃果てしない物語惹かれましたし)、それが実感や表現の力を乏わない時、滑稽で愚かな、陳腐なものに堕ちると私は思うし、それは私にとって、唾棄すべきものです。また、詩は元来自由だと思うので、苦しみを描こうが喜びを描こうが好きにすれば良いとも思って居ます。具象を入れれば、確かに、人によっては読み取りやすいものになるかも知れませんね。あどばいす有難うございます。 たぶん、湖湖さんはめじゃー調が好きで、私はまいなー調が好きなのかな。合わ無いw合わ無いの層を突き抜けて、いつか届く作品が書けたら良いですが。ただ、私は自分の表現に固執があるので、容易に変えることは無いとも思います。 感想・ご批評くださり、有難うございました。
0これはーコメントのしようがない確かに でも読者の心にコンタクトしてることはレスがついてることでもよくわかる コメントしようがないってとても詩的なことだと思うんです
0yasu.naさん、2度目のこめ有難うございます。れす遅くなってしまいました。ごめんなさい! なるほど、「へい、きょうもげんきに、いきることにぜつぼーしてる?」はそんなに強いせんてんすに感じましたか。私としては、遊びの部分というか、わりとらふに書いた箇所だったので、そうか〜、という感じです。もう「ぜつぼー」があるのは生きる基本位に思ってるのでw今更かなという感じもある。でも、3度も繰り返してるし、重要なせんてんすだったのかもですね。確かに、前作と比べると、今作はゆったりとして居ますね。私は音楽でもわりと性急なりずむのものが好きで、自分の詩も言葉を詰めて加速気味に書いてしまう傾向がある気がするのですが。この作品では、わりとその流れを断ち切って、すぴーどを落としたかもしれません。その辺、好意的に受け止めて貰えて良かった。運営の方の評でも、熱いこめを有難うございます。そうですね、私は絶望してるようで、諦め切れない犬なんだと思います。諦められる余裕なんて無いし。その辺、苦しくても藻掻いて、なんとか生きられるとこまで生きたるわ、みたいな感覚があり、そうした足掻きは私の詩の根底にいつも流れてる気もします。こめを読んで、私の大好きなばんどの1つ、jesus and mary chainの曲の中に「世界は苦しみながら死んでいく。だからなに?それってなにかマズいの?」と和訳された歌詞があったのを思い出しました。そうだよなぁ、と。そうした反骨心を自分の心の何処かに抱いていられたら良いな、という気持ちもあって。そうした部分も読み取っていただけたのかと感じて、嬉しいです。生は死と表裏一体の部分もあるかとは思いますが、ぎりぎりのらいんでも、生の方に振れていたいです。今は。 2度のこめんと及び評をくださり、有難うございました!
1こーりゃさんだ!お読みくださり、有難うございます。れすが遅くなってしまい、ごめんなさい。 こめんとしようが無いと書かれていて、駄目だったかと1瞬しょぼん。。。となりかけましたが。こめんとしようが無いってとても詩的なことだと思う、という続く文に救われました。有り難い。と共に、詩や、詩的であるって、本当にどういうことなんだろうとも考えました。ぽえじーが言葉になら無い感覚であるという気持ちは良く判り、しかし、なんとか言葉で以てそれを捕まえ、詩にしたいんですよね。。。ほんとに不思議な現象だなぁと。こーりゃさんにこめをいただき、その辺のことを改めて思いました。捕まえられ無いものを詩で捕まえられるよう、言葉に出来無いものを言葉で捉えられるよう、もっと頑張ります。 感想・ご批評くださり、有難うございました。
1こんばんは。今、ジーザス&メリーチェインを聴いています。私も音楽大好きなので、新しく曲を知って、幅が拡がってうれしいです。前のillusion is mineもスマホにダウンロードしてあって、よく聴いています。ありがとうございます。これからも秀逸な作品を生み出していってください。では、これにて! 返信不要です。
1大雑把な印象ですが、死児の事を呼んで居るのではと思ったりしました。或いは死児が呼んで居るのか。黄泉の国から誘っているようなそんな凄み。餓鬼?とも違う、驚きの抒情だと思いました。出生にまつわるエトセトラが妄執を呼んで居るのかもしれません。
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