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三日月の笑顔
狭い部屋の壁はとにかく真っ白だった。 その真っ白の中で僕だけが汚れた浅黒い点だった。美しく整備された街並みの中に一軒だけある壊れかけのトタン屋根の家屋のように。 先生は机の上で手を組み、ほとんど身動きすることなく僕に質問を重ねた。声は注意深く、おだやかに抑えられていて、抑揚はまったくと言っていいほどなかった。また、先生の手には爪がなかった。本来爪があるはずの場所には赤黒い渇いた肉のようなものがあるだけだった。指先の皮膚はもれなくボロボロだった。おそらく自分で噛んでいるのだろう。ストレスだろうか。可哀想に。 僕が指先を見ていることを先生は特に気にしていないようだった。笑うと、目が三日月を倒したような形にぐにゃりと動く。機械的で、人を不安にさせる、とても不自然な笑顔だった。“寄生獣”を思い出させた。 「かあさん」僕は口の中だけで呟いた。 机の上には女子高生の制服が3点、綺麗に畳んで置かれていた。左から、紺、緑のチェック模様、ボルドーで、どれもブレザータイプの制服だ。 先生は制服を見る僕の様子を注意深く観察してから「そうだね、好きな色は何かな?」と言った。僕は少し間を置いてから「紫です」と答えた。「ふむ」といい先生はペンを持ち、バインダーに綴じられた紙に何かを記入している。やはり爪はない。「では、3点の制服で言うと好きな色はどれかな?」僕はまた少し考えて「緑」と答えた。先生はまた紙に記入する。僕は先生の手元と3点の制服を交互に眺めていた。 「これは?」 先生は3枚の写真を取り出した。 1枚目は、どこかの森の写真。5月くらいに撮影されたものだろうか。新緑がとても綺麗で、日差しも心地よさそうだ。2枚目は、SMAPの写真。ビストロSMAPでコックの格好をしているときの5人の写真だ。5人それぞれのイメージカラーがエプロンなどに使われていて、緑色は香取君だ。3枚目は、目の前にある緑色のチェック模様の制服を着た女子高生の後ろ姿の写真。少しふっくらした幼い脚をしている。肌はとても健康そうだ。茶色い革のおしゃれなリュックを背負っていて、髪は黒で、大きめのお団子頭だ。 「なんでしょうか」僕は先生に訊ねた。 先生はまたぐにゃりと笑って(僕はどうやらこの笑顔が嫌いだ)「この3枚でいちばん興味あるものはどれかな?」と言った。僕はすぐに「これです」と1枚目の新緑の写真を指差した。「春は嫌いですが、新緑の季節は好きなので」先生は三日月の笑顔のまま、また紙に何かを記入して「3枚目はどうかな?」と質問した。なんだ、どれを選んでもそれを聞くのなら同じことじゃないか、と思ったが、まぁ、いい。「おしゃれな子だと思います。後ろ姿だから詳しくは分からないけれど」僕は答えた。先生は「そうだね」と言った。今度は何も記入しない。僕の目をただ見ている。 「君のことを軽蔑しているよ」 先生は言った。三日月の笑顔のままで。 この場所で異常なのは、本当に僕だけだろうか。 「君の手は汚れているね。余りにも。いくら洗っても意味がないくらいに。そう思うだろう?」 「はい」 僕は女子高生の写真を見ていた。とても安らぐのだ。鼻の奥からつまさきまで人肌の優しさで満たされる。あまりにも安心して眠ってしまいそうだ。先生はどうやらまだ僕に何かを言っているらしい。本物の寄生獣なら、そろそろ食べてくれる頃合いだろうか。
三日月の笑顔 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 941.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-11-17
コメント日時 2018-11-18
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
「ストレスだろうか。可哀想に。」とか詩にしては少し語りすぎるところがあるな、と思いました。すこし削るだけでだいぶスマートになるような気がします。SMAPとか寄生獣とか、私はよく知らないんですが、知っている人が読んだ際にも果たしてしっくりくるだろうか。じゅうぶんご自分の筆力で世界を作れているので、外から借りてこなくてもいいのではないかと思いました。
0豆塚エリさん コメント感謝します。確かに削ったほうがいいですね。蛇足が多いことはビーレビでもよく指摘されていて…これから頑張ります。 SMAPや寄生獣に関しては、世界を作るためにあえて借りてきたものではありません。僕の中に自然と馴染んでいるものです。ありがとうございます。
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