生きているのです
左胸のポケットからそうっと血が流れ出し
時間の感覚が 狂いだし
物を手当たり次第に口に詰めては
腹を痛めたり えづいたり
しまいに気分が惡くなりながら
そのように
生きているのです
時代の恩恵にあづかりながら
心充ちぬと宇宙が笑っております
キュッ、キュッ、キュ
黄金糖のような色をした排泄に
憤々し
唇を思わず寄せてしまうところを
すんでの気持で休止(とめ)
あなたを忘れていないのだと
あらためて気付きました
人は人の事情など知らぬ存ぜぬでございますから
情を求めるだけ更に何べんも憤々してしまうのです
指がざらざらと移動し
掴まえた蛇口をひねり
「キュウウウッ」という音が飛び跳ねながら
僕は丁寧に手指をあらい
念入りすぎるぐらいにゴシゴシとやるのです。
吐喘(はあ)たおるの感触 やあらかい
とおい昔 僕は
人に優しくするのが大好きでした
堪らなく好きでした
しかしいまその日々を思い返すと
なんだか難しい気持ちになってしまうのです。
「あの日...
僕が白いベッドに磔にされていた時
神に祈らずお母様に祈りました
そら
恥ずかしいことだったのでしょうか。
いけないことだったのでしょうか 」
それ以来どうもずうっとずうっと
涙を流したくありません。
悲しみが触わらないなんて
もう、もう、
いっぺんでも知りたくないからです
再び顔をあげた時には
悪い置き時計が
針を一周動かしていました。
ド、れ、ミ、ふぁ...
わたしはこの綺麗な真ん丸の瞳で
大量の鎮痛剤の瓶を数秒
薬を百錠睨みつけました。
そのあとベッドの上に雪崩込みながら
頭の中に激しく明りが灯ってきます。
パチッパチッ....
ああ そうです 朧気な記憶のなか
父と母はアルコールに溺れておられました
そのみだりな姿で彼等は
「お母様」「お母様 」 と
いつまでも無いものを強請り続けていたのです
あまりの必死な形相に幼子はギョッとしたことを忘れられません。
その瞳はけして愛を与える側の潤いではありませんでした
みなみな とっても あはれ
でもかわい
「手を伸ばしたらいつもなにもかも
空を切ってしまいそうです」
夜が訪れれば当然のように
寂しさが胸を早鐘のように
ドクドク、ドクドクと打ちつけてきます
左胸を食べようと
壊れ狂ってしまった方の隣で仕方なく震えています。
しかし遠慮がちに 秘かにですが
「何時か誰かがこの心臓をひっぱり出し
非常に丁重に扱いながらも
その震える肉塊の赤い海へと
あらあらしく唇づけてくれないか」
と淡くねがって来たことは
もう、隠しようもありませぬ。
それで私はいつでも仕方なく痛まねばならないのです。
耳許で何べんも警鐘がなりながら
神経が磔になってしまったように動けません。
乱暴で横暴な人は同意もそぞろに
わたしの左胸の肉を
バターでも掬うかのように滑らかな手つきでぬるっと奪い取りました
その瞬間また痺れるように頭の中で
「お母様」「お母様 」 と繰言が鳴り響くのです。
ド、れ、ミ、ふぁソ...ソ...ソ...ラアァアァアーーーーーーーーー
成人(おとな)の方方
お母様などどこにもおりませぬ
わたしはその苦悩に何べんも左胸を掻きむしりました。
生きているのです
わたしの左胸のポケットから
血ががんがん流れ出し
お前は、
「生きたかろう、食べたかろう
飲みたかろう、動きたかろうと」つぎつぎ
欲望を言い当ててしまうのです
そして
そんな恥ずかしい醜態を
人々に曝しながら
浴槽でぬくぬくと血管をしめあげられ
あなたの夢を見ているのです
心から涎を垂らしながら
恥ずかしいことでしょうか
それともこれでもまだ
体温がある内はしあわせですか
長いな、饒舌だな、まだ行くのか、どんだけ欲求不満なんだよ、と思いつつ拝読。 表現はとても佳く、巧いな、流石だなと思います。 怖いもの聴きたさで、ある意味ワクワクしながら聴いてみました。 ゲッ!やっぱりキモッと、 生きているのです。 と聴いてから、閉じました。 聴かなかったことにしよう... ありがとうございます。
0センキュー キモいがワルツに聴こえる今は絶頂ですわ レモンさんのコメントへの姿勢まことに尊敬しております
1グロテスクな描写が多いけど、何処か耽美で繊細。 海外のホラー映画と中世ヨーロッパの絵画がミックスされたような世界観に引き込まれました。 まさにアート★
0ありがとうございます。 言い値で買ってください★
1戸塚ヨットスクールでは、本能が善でそれ以外は煩悩だと教えるそうな。 男は女を求め、女は男を求める。それは良きことなのだと思います。 「生きているのです」 このリフレインが脳に響きました。
0ありがとうございます。 「いちごジャムのトーストを齧りながら」 あのjamでも食べたい、こっちのjamも美味そうだな いや待てよチーズとハムも最高じゃないか! などと贅肉ぶよぶよ思考。 いま本能が5個くらいある気がしてます。 生きているのです。南無。
2なんとなく、太宰治のような感じを受けました。美しさが飽和して、悲しみばかりが 伝わってくる。かあさまとかみさまは似ていますね。かあさまが好き、という作者は、 本当の生に至ろうと、必死なのではないだろうかと思います。
0ありがとうございます。 太宰治とか文学系は読もう読もうと思いながら読み切れずにいるものばかりです。 とあるアーティストに多大な影響を受けて居るのでなかなか その世界から逃げられません そうですね、ある意味 非常に欲深いのでしょう神に祈るほうがまだ優しい気もしてしまいます。生にて生を捕らえたいとは恐ろしや、です。
1