一月一日 一年のはじまりいいことも悪いことも
一月二日 私に歯がある、幸せを嚙みしめる
一月三日 冬薔薇ふわりと咲くお隣を眺めている
一月四日 こころここに非ずや寒ン空を見ている
一月五日 耐えかねてこの身ベッドに放りこむ
一月六日 この道の険しいと思う、奮ってゆく
一月七日 モノ書く事を喜びにしておらが春
一月八日 ひとり残され白い山見る
一月九日 茶の山を眺めて心慰める
一月十日 泣くなわが身にふりかかる雨
一月十一日 旅に出れないわが身をおもう
一月十二日 やっと起きれてやっと起きられて冬の朝
一月十四日 信仰は純にしてなもあみだんぶ
一月十五日 とにかく寒さのふたり外へ出る
一月十七日 夜過食しては安心して眠る
一月十八日 家の事できず暫し壁を眺め
一月十九日 欲望を断てず朝から煙草
一月二十日 モノ多い部屋を煩い脱力する
一月二十一日 このままからそのままに地に雨の打つ
一月二十二日 大寒トボトボコンビニまで
一月二十三日 原付バイクに米載せてきた
一月二十四日 野を歩き一人の朝へ帰る
一月二十五日 宜しいかどうか自分で決める
一月二十六日 良い朝に良い夕べなり
一月二十七日 なにとなく諳んじたこと書く夜更け
一月二十八日 さらさらときれいな川の一月よ
一月三十日 頭の中の銀河が騒ぐ
一月三十一日 さみしい冬の出口が分からない
二月一日 しんどさが迫る
二月四日 ここに座ろうふたりいる部屋
二月五日 お米に玉子これを頂く
二月六日 濁りよ澄めや春の水
二月七日 おだやかな春の朝焼けを見ておる
二月九日 詩人として死にたい花に朧月
二月十三日 猫を見ない日の猫の事を考えている
二月十六日 春の亡霊として書きつづく
二月十八日 とても静かな午後なり布団を被る
二月十九日 孤独の旅路ゆっくり急ぐ
二月二十一日 それらしい事して春へ入りゆく
二月二十二日 人生は空しいだから楽しくあろう
二月二十三日 何か口にしたい、雨の中へ入る
二月二十五日 夜起き出して句を並べ
二月二十六日 漢字が書けなくなった、ウグイス啼く
二月二十七日 過去を追うな未来願うな水仙の花
二月二十九日 どうにかこうにか峠を越えて只ここにいる
三月六日 寒さ雨の朝一人テキストひらく
三月八日 横向きに花びら散るや川の上
三月十九日 ともかくも薬任せのこの春や
三月二十日 ふりかえれば青春
三月二十一日 寒くある夕べ一人コンビニのドリア
三月二十二日 春や昔この地に上田五千石
三月二十三日 ほそぼそ営んで夕暮れて
三月二十四日 薬待つ首を長くして待つ
三月二十八日 真夜中へ出て風に吹かれて
三月三十日 雨の日の忙しさ濡れて冷えて
四月三日 湯の力を信じている
四月四日 菜の花今日わたくし透体である
四月十三日 書きつめる歩きつめる
四月十四日 げんげ田の旅路に光るヘルメット
四月十五日 プリン買いに一人行こうか脚も治った
四月十七日 波の高さに電車は走る
四月十九日 水を飲めば安心する心
四月二十日 書斎片づけたいカーテンを開け放ちたい
四月二十四日 母の車に乗せてもらって春風の中
四月二十五日 ドリンクの無料引換券が二枚ある
四月二十六日 妻が頭痛だという、ふたりを射す太陽
四月二十七日 掃除したい日の元気がない
四月二十八日 藤の花すこし触れて妻に見せた
四月二十九日 物少なにして頼れる本がない
四月三十日 たくましく生きたいそして四月は尽きる
五月一日 手巻煙草喫って禁煙の計画はとおく
五月二日 太陽の落ちるさまに歩いてゆく
五月三日 どこまでも掃除しつづけるつつじ咲きつづける
五月五日 読めるものはなんでも読もう急ぐべからず
五月七日 宜しい日となり星一つ
五月八日 涼しい朝や風邪をひきそうだ
五月九日 昼食横浜ラーメン相も変わらず
五月十日 煙草つづけたいのかやめたいのか悩み抜く
五月十一日 ひたすら草抜く炎帝のもと
五月十三日 コーヒー飲む朝陽の熱を感じつつ
五月十四日 剃り上げた頭を撫でて考えておる
五月十五日 どうしようもない私を励ましてゆく
五月十六日 しっかりと薬を服し涼しい朝
五月十八日 自分の時間がない忙しなさを焦る
五月十九日 芯から温まる、風呂を信じている
五月二十日 夜に起きて何をするでもなく座っていた
五月二十一日 ひたすら書くのみさみしい一人
五月二十八日 よく仕事する力の尽きるまで
五月二十九日 もくもくの雲を眼前に置く
五月三十日 雲を追いかけて速度上げて車
五月三十一日 どうにかしたい雨しとどにふる
六月二日 雨ふる中を紅茶を買いに行ってきた
六月三日 まだ生きられる一体何を気負っていたか
六月九日 よく字を書いて〇
六月十日 涼しい朝にしてにこにこ
六月十一日 一息つきました飯を平らげました
六月三十日 ひどい雨ふる中を妻は歩む
七月三日 くさはらへ何か落ちているくさはらかな
七月十五日 もやがかった頭がどうにか治りました
八月十三日 薬を服し苦を滅ぼす
八月十四日 雷や妻と走って帰る
八月二十日 雲がうすくながれて代わりない暮らし
八月二十一日 朝寝してしょうがいない人間として
九月十七日 あたらしい世界への不安感じている
十月八日 いつか無職のわたし今は元気に仕事して
十月十日 朝焼け可燃ゴミしっかり出しにゆく
十月十三日 窓開けて町の音聞いている
十月十四日 変な考えに及ぶ、虫の声聞く
十月十五日 走って疲れてきょうの安眠
十月十六日 漫画本売り切って心底落ち着きました
十月二十一日 さくばんは狂ってしまって水洗いの水のおと
十月二十二日 仕事終えて歩けば秋の匂い
十月二十三日 安心はどこ?安心はここ、眠る
十月二十四日 ルイボスティー飲みきって眠るのみ
十月二十五日 又つかれて眠る
十月二十七日 雨の中牛乳買ってきた
十月三十一日 涙、花、歩きはじめる
十一月一日 すっかり冷えて又さみしさのぶりかえす
十一月三日 生かされて今宵もパスタを食べましょう
十一月十三日 問題そのままに小さな旅に出た
十一月十四日 幾山越えて只ここにいる
十一月十六日 書きつめる思い悩む
十一月十七日 灯下親しく通年読書
十一月十八日 冬となれば父と甲府を思い出す
十一月十九日 書きつめる、詠うことの幸福
十一月二十日 なんと稚拙な句ばかり!愛らしい
十一月二十一日 ひとひ眠るにさむさ
十一月二十二日 目覚めが早く驚く
十一月二十三日 あさやけに染まる町の影におる
十一月二十四日 富士山の雪つもってはとけて
十一月二十五日 午後は坐ることベッドの上に
十一月二十六日 帰りきて冷えている顔
十一月二十七日 冗談みたいなわたしを生きている
ここに一冊の手帳がある。プライベート用に使っている手帳であるが、そこには日々の遊びの予定の他、禁煙の進捗具合や、日々の体調や、愚痴、いたずら書きなどが書かれている。
そして私は今年の抱負として、「自由律俳句、一日一句」を掲げ、日々その手帳に、句を書き込んでいったのであった。一日一句だけれど、その数は、ここに発表した数の二十倍は書いている。その中から出来、不出来を精査し、ここに抽出、陳列した。
しかし、出来、不出来から精査しても、ここに発表した句の良さに自信は無い。ただ、稚拙な句が並んでいると思う。生来不出来な句ばかりだと思う。そしてそれら句を私は、愛らしいと思うのであった。
読んでお分かりの通り、「一日一句」は抱負であって、厳密に達成することはできていない。九月に関しては、仕事が多忙で、一句しか書き殴ることができなかった。
このあとがきを書いているのは、二千二十四年、十一月二十七日であるが、二十八日がお義父さんの誕生日に当たり、毎年のこのときになると、年の瀬を睨んで、行動を変化してゆく時期にあたる。忙しない日々に突入する。
この手帳に書いている自由律俳句も労働の日々のお慰めで、済ましても良かったが、はやばや、今年を総括する意味で発表したくなった。
先に述べたとおり、生来不出来な句で充ち満ちているがしかし、私には人間らしくて愛らしく思えるのである。お目汚しになってしまったかも知れないが、一読していただけたのならば、作者にとってそんな幸福な事はない。
2024年11月27日
作品データ
コメント数 : 9
P V 数 : 594.5
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2024-11-27
コメント日時 2024-11-30
#縦書き
項目 | 全期間(2024/12/05現在) |
叙情性 | 0 |
前衛性 | 0 |
可読性 | 0 |
エンタメ | 0 |
技巧 | 0 |
音韻 | 0 |
構成 | 0 |
総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:594.5
2024/12/05 04時30分20秒現在
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私ははじめて本を開くときに読んでもいいものだろうかとは思ったことがないです。なぜそう思わなかったのかこの投稿作品を読むと不思議に感じました。
1本文にもある通り、出来不出来が激しい。もっと即物的な一句がほしい。
1句を読む度に詩人は思い知らされる。詩書きは世界人にならなければならない。悩ましいことです。
1企画として、ゆるい感じで面白かったと思います。 平凡な1日1日の中に静かなドラマがあるんだと思いました。
1真似してみよっかなーって思ったけど、3日目でギブするね、きっと僕は、
1あ、書き忘れました。三明的には一月二十三日がいいなーと思いましたよー
1自由律俳句は実に自由だと思いました。季語があるかどうかや、575の範疇に収まっているかどうかなどに制約がない。その自由さが自由律句、自由詩、現代詩の間に通底性がある事に気付かせてくれるのかもしれません。この作品でも、種田山頭火や尾崎放哉が感じられる句もあり、そこから現代詩への飛躍は可能かどうかの模索が行われているのかもしれません。
1リアルな日常を書き留めた日記風の句の中に、時々クリエイティブな句が置かれているので、この作者の日常と創造の近さを思いました。俳句にはもともとそういう傾向があるのかもしれません。 下に書き出した句が特に良かったです。 >野を歩き一人の朝へ帰る >頭の中の銀河が騒ぐ >波の高さに電車は走る >さらさらときれいな川の一月よ これは飯田龍太の「一月の川一月の谷の中」のオマージュなのかなと思いました。
1「妻」が登場なされる句が、夙に佳い、と感受を致しました。 矢張、何処か他者の齎す偶然性、物語性に、面白さがお在りになられると。コンビニの商品にも、妙な意外性がありつつ。 >横向きに花びら散るや川の上 等は古典的美質を踏襲しており、 復 >太陽の落ちるさまに歩いてゆく 等は現代詩的であり、 多面的立体としての作者様の容貌が泛んで来ます様な、心境を覚えました次第でございます。 佳い物を拝読をさせて頂きました。
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