●森川さん●過去の出来事が自分のことのように思えない●って書かれましたが●たしかに人生ってドラマティックですよね●齢をとってもいいことはたくさんありますが●じっさいにそれがわかるのもそのうちのひとつでしょうか●ぼくは●自分の日々の暮らしを●日常を●劇のように思って見ています●いまは悲劇ですが●いつの日か喜劇として見られるようになりたいと思っています●二十年以上つづけていた数学講師を●この2月に辞めて●3月から違う仕事に就きました●こんどは私立高校の守衛所の警備員です●まだ一週間しかしていないのですが●仕事場の洗面所の鏡に映った自分の顔を見て驚きました●まるで死んだ鶏の雛の顔のようでした●小学校時代にクラスで飼っていた鶏の雛が死んだときの顔を思い出しました●鏡に映った顔を見つめていると●気持ちが悪くなって吐き気がしました●別の顔を●新しい仕事がつくったのでしょうか●両手で頬に触れると●頬の肉がなくなっていました●雲をポッケに入れて●ぶらぶらと街のなかを歩いてみたいな●こんな言葉を●過去の自分が書いていたことを知りました●自分の名前を検索すると出てきました●平凡な一行ですが●やさしい●と清水鱗造さんが書いてくださっていて●どれだけ遠いぼくなんだろう●って思いました●仕事から帰ってきて●恋人がむかし書いてくれた置き手紙を読んでいました●やさしい彼の言葉が●ぼくの目をうるうるさせました●最近は●ぼくのほうばかり●幸せにしてもらっているような気がします●あっちゃん●幸せだよ●ずっといっしょだよ●愛してるよ●こんな言葉を●ぼくはふつうに受け取っていました●ぜんぜんふつうのことじゃなかったのに●恋人の言葉に見合うだけの思いをもって恋人に接していたか●いや●接していなかった●恋人はその言葉どおりの思いをもって接してくれていたのに●そう思うと●自分が情けなくて●涙が落ちました●才能とは他人を幸福にする能力のことを言う●恋人の置き手紙のあいだに●こんな言葉が●自分の書いたメモがはさまっていました●もしかすると●才能とは自分を幸福にする能力のことを言うのかもしれません●きょうのお昼●ちひろちゃんの家に行きました●ちひろちゃんママが●いまいっしょにタバコを買いに出ています●と答えてくれたので●通りに出てみると●ちひろちゃんが●ちひろちゃんパパより先に●ぼくを見つけてくれて●おっちゃん●と言って●走り寄ってきて●抱きついてくれました●ぼくは片ひざを地面につけて●ちひろちゃんを抱きしめました●ぼくはとても幸せでした●双子の妹のなつみちゃんと●のぞみちゃんも玄関の外に出してもらって●ぼくはのぞみちゃんを抱かせてもらいました●ちひろちゃんはプラスティックの三輪車に坐って●でもまだちゃんとこげないので●ちひろちゃんパパに後ろを押されて●足をバタバタさせて遊んでいました●わずか十分か十五分の光景でしたが●ものすごく愛しく●せつないのでした●研修三日目のことです●何で嫌がらせをするのかわからないひとがいました●テーブルの上で●コーヒーカップをわざとガチャガチャと横に滑らせて●目の前までもってきて置く事務員の女性です●そんなひと●はじめて見たのですが●顔がものすごく意地悪かったです●びっくりしました●目の前にそっと置くのがふつうだと思います●ぼくが何か気に障ることをしたのなら別でしょうけれど●世のなかには●自分よりも立場の弱い者を●いじめてやろうとする人間がいるのですね●ぼくが研修中の新人なので●何をしてもいいってことなのでしょうか●ぼくは●自分より弱い立場のひとって●身体の具合の悪いひととか●たまたま何かの事情で生活に不自由しているひととか●そんなひとのことしか思いつかず●そんなひとに意地悪をする●嫌がらせをする●なんてこと考えることもできないのですけれど●そんなことをするひとはたいてい顔が不幸なのですね●幸福な顔のひとは●ひとに意地悪をしません●顔をゆがめて嫌がらせをするひとだなんて●なんてかわいそうなひとなのでしょう●哀れとしか言いようがないですね●彼女も救われるのでしょうか●神さま●彼女のようなひとこそ●お救いください●あっちゃん●少しですが食べてね●バナナ置いてくからね●これ食べてモリモリ元気になってね●あつすけがしんどいと●おれもしんどいよ●二人は一心同体だからね●愛しています●なしを●冷蔵庫に入れておいたよ●大好きだよ●お疲れさま●よもぎまんじゅうです●少しですが食べてくだされ●早く抱きしめたいおれです●いつも遅くにごめんね●ごめりんこ●お疲れさま●朝はありがとう●キスの目覚めは最高だよ●愛してるよ●きのうは楽しかったよ●いっぱいそばにいれて幸せだったよ●ゆっくりね●きょうは早めにクスリのんでね●大事なあつすけ●愛しいよ●昨日は会えなくてごめんね●さびしかったんだね●愛は届いているからね●カゼひどくならないように●ハダカにはしないからね●安心してね●笑●言葉●言葉●言葉●これらは言葉だった●でも単なる言葉じゃなかった●言葉以上の言葉だった!
作品データ
コメント数 : 8
P V 数 : 832.5
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2024-07-02
コメント日時 2024-07-04
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 0 | 0 |
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音韻 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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閲覧指数:832.5
2024/11/21 22時29分11秒現在
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長文は読めないはずなのにこれはすっと読めた● 「●」のせいなのか? もしこれが普通の句読点とか だったら●いつものように退屈になっていたのか? いや●そうじゃない●多分●文体のせいだ● この方の文体はふつうじゃない●身体性や生活履歴が まるで言葉に変身したかのようにリアルな存在感をもつ● それはまさに才能と環境がつくりだした文体だろう● そして不思議なのは●一見ふつうの文体に見えることだ● その特異さは●長時間の鑑賞をわたしには許さないが● それでも才能がここにあるとしかいいようがない● しかし●才能とは僥倖なのか不幸なのか? 際どいところで問いかけてくる。
0頭の中に漫画が浮かび上がってきて読んでましたね。すごく読みやすいです。 この文章のピュア―な「やさしさ」は、凡手にはおよばぬ凄みがあります。ありがたや~
0takoyo2さんへ お読みくださり、ありがとうございました。 ご感想のお言葉もいただけて、うれしいです。 おまるたろうさんへ お読みくださり、ありがとうございました。 ご感想のお言葉もいただけて、うれしいです。
0ことば、ことば、言葉、言葉以上の言葉が問いかけてくる。 物語性とまるで積み重なってくるパズルのようなことば、ことば、言葉。 不思議と最後まで読んでいる。 いつの間にか読み進めておわってしまう、寂しさも残しつつ、印象深い詩のありようだと思いました。
1秋乃夕陽さんへ お読みくださり、ありがとうございました。 「言葉、言葉、言葉」はシェイクスピアのハムレットからです。 シェイクスピア、ぼくのアイドルです。 ご感想のお言葉もいただけて、うれしいです。
0プイグに捧げたのは、この作品の構成が、プイグの『赤い唇』のパスティーシュになっているからでした。手紙の文面をさいごに散りばめるというところです。プイグ、おちゃめなクィアでしたね。いわゆる、おねえ系です。ぼくはむっさいオジンですけれど。
0読み進めていく内にストーリーが頭の中で次々に思い浮かんできました(. ❛ ᴗ ❛.) 主人公のおじさまのピュアな感じと優しさが伝わります(*´ω`*)
0この当時のぼくの年齢は40代半ばか後半だったように思います。 お読みくださり、ありがとうございました。
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