「産毛」 - B-REVIEW
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「産毛」    

「産毛」 みぞれが降ってきたのです 雨か雪か わからないから だれかがみぞれとよんだのです カルキのにほいが うっすらと するはずのない カルキのにほいが 漏れだしている 指先にぎりぎり届かない 日向のように 産毛をかすかに揺らさない 風のように だれかがみぞれと呼んだのを わたしはみぞれと呼んだのです


「産毛」 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 7
P V 数 : 942.2
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2017-12-03
コメント日時 2017-12-21
項目全期間(2025/04/06現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
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閲覧指数:942.2
2025/04/06 14時31分51秒現在
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    作品に書かれた推薦文

「産毛」 コメントセクション

コメント数(7)
Clementine
(2017-12-08)

仲程さま コメントありがとうございます。 かれらのつづきの世界。これから冬深まるなか、そっと詠んでみたいと思います。

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まりも
(2017-12-08)

指先にぎりぎり届かない、日向・・・産毛をかすかに揺らさない、風・・・届きそうで届かない。触れられそうで、触れられない。 賢治は、あめゆじゅ、と、美しい言葉で名付けられたものを呼ぶことが出来たけれども(エスペラントで、アイラブユーと、読解できるとも聞いたことがあります)語り手が名付けようとすると、水道水を凍らせた、その融けかかりのような、なんとも味気ないものとなってしまう。 つかめそうでつかめないポエジー、陳腐な名付けしか出来ない、それゆえに呼び出すことが出来ない、しかし確かにそこにあるはずのポエジーを、切なく求めているような、その情景を描いているような作品だと思いました。

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Clementine
(2017-12-08)

まりもさん コメントありがとうございます。 その、境界にある切なさとか、ふれられないのに、境界から滲みでる温度とか、というのはずっとテーマにしていたことでもあって、それを言葉で呼称することの限界も感じつつ、あえて言葉を使うことで逆に、そのこころにふれようとするような、くすぐろうとするような、感覚でしょうか。

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完備
(2017-12-08)

素朴な作品なので、その「素朴さ」が文学的批判の対象になることはあるかもしれません(あるいは装われた「素朴さ」かもしれませんが、私にそこまでの判断はできません)。しかしこの作品は「名付け」という重要なテーマと、自己が世界から受ける感覚・印象に対する繊細な意識によって生み出された良作であると思います。別に読めばわかるので私がここでこの作品を解説する必要はありませんが、みぞれの「名付け」をいくつかの比喩を用いて語るその語り方、その語りのうちに自分がみぞれから受けた感覚や印象をひそませるやり方が実に上手い。それからこれは全く細部への言及ですが、「産毛をかすかに揺らさない//風のように」という直喩は素敵ですね。フレーズだけ取り出して褒めたり貶したりすることはむなしい行為だと私は信じますが、やはり褒めたいものは褒めたい。 最後に、一行開けをする必要はないことと、最終行が予定調和的であることは指摘しておきます。

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弓巠
(2017-12-13)

Clementineさん、こんにちは。  どうも、こっちで会うのは初めてですね。  僕は今まで、基本的に君の詩を私的な読み手として読んできたのだけど、せっかくなので、批評的な読み方をしてみようと思う。ので、そのつもりで読んでくれると嬉しい。  雨か雪か、わからないものを名付けていく、それがこの詩に通底している心である、と僕は思う。「雨か雪か わからないから」という言葉。「みぞれ」という言葉は、「雨」と「雪」という極めて距離が近い二つのものの中間に、そっと開いた隙間のような何かを表している。おそらく、この世界を大づかみで捉えようとした時には、「雨」か「雪」かに無理やりに内包されていくような言葉だろう。そこを、この詩は、中間であることを意識しながら、丁寧に拾っていく。おそらく、それは、「するはずのない/カルキのにほい」、「指先にぎりぎり届かい/日向」、「産毛をかすかに揺らさない/風」につながる営みであり、人間が普段切って捨ててしまっている中間的な、かすかなとても小さな何かを、いかに慈しめるかということを意味する。  最初に、「みぞれ」と言ってしまうことは、ある意味、そういう中間的な繊細さを壊しかねないものと思ったのだけど、下記のような思考の経路をたどった結果、そうでもないかな、と考え直した。 「指先にぎりぎり届かない/日向のように」、「産毛をかすかに揺らさない/風のように」という細やかな手つきで、名付けていくこと、その結果として、最後には、「みぞれ」と「わたし」は呼ぶことができるようになっている。それは、つまり、名付けることの暴力性を、少しずつ、やわらげて、それこそ、「くすぐる」感覚で名付けの対象に触れていくということでもある。となると、逆に初めの名付けは、一見、こうした手続きを経ていないもののように見えてしまう。けれど、重要なのは、「だれかがみそれと呼んだ」という言葉であり、そこから、「だれか」がすでに呼んでしまったそれ、「みぞれ」と括られてしまったものを、同じ名前で、それでも、優しく、もう一度呼び直してみる、そういう流れが見えた。だから、納得できた。僕は、人が名付けてしまったものが受け入れられなかったら、新たに名付け直してしまう、という詩人なのだけど(それについては僕の「水のおぼえ」という作品を見てみてほしい)、ここであえて同語反復的になることにも、意味があると思った。既成の言葉に留まることで、そこから僅かに零れるものを捉えようとする感じ、とでも言おうか。  また、「みぞれ」を最初と最後に繰り返すのは、予定調和はあるにせよ、この詩の静止的な、ものすごく緩やかに流れる時間を描く上では、効果的であると思った。  最後に個人的なことを書いておくと、僕は久々に君の書いた詩を読めて、とても嬉しいです。(照)

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Clementine
(2017-12-18)

完備さん コメントありがとうございます。自転車に乗ってるときにふと思いついた喩えで、褒めていただいてたいへん嬉しいです。 ーー ゆみけいさん おはこんばんちわ。 するはずのないに言及してくれた。そう、するはずのないカルキの匂いだ。それはだれかが過去にー同じようにー名付けたときに死んだなにかの、残り香であり、薫風であり、時間であり、名も知らぬひとりの詩人の日常か、はたまた名も知らぬひとりの痴人の横暴か。 ゆみけいさん、のような解釈もあり得つつ、一方でわたしは一つの意図を提示する。 それはやはり、だれかとわたしの関係であり、それが、世界の無意識のなかで、みぞれという名付けを介して行われるということである。 世界の廻りゆくさまをえがきだすうえで、最初と最後にみぞれがくるという予定調和は必然である、なぜならそうしなければ、未来にまたある一人の詩人が、雨か雪かわからぬものを、「みぞれ」と優しく握りつぶすことはできなくなってしまうだろうからである。コメントありがたうたう。

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百均
(2017-12-21)

カルキってなんだろなと思ったら、コメント欄を見て、なるほどと思いました。正直、僕がこれ以上書く事ないくらいコメント欄充実しているし、あんまり言うことがないですね。言える事があるとしたら、そうだなぁ、本作に産毛というタイトルを付けた事でしょうか。中々付けられないと思いました。

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