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青春と螺旋
「タマシイが21gの情報体だとして… 」 腰かけて話す青年は、彼女が通う大学の同学年で、 工学部にいるクセに、彼女と同じ文芸サークルに参加する変わり者だ。 「死後は異次元転送されるって説、あれ面白かったのにな」 「わりとすぐ否定されちゃったよネ、映画にまでなったのに」 ストローを鳴らし、頬杖をついた彼女は眠たげに答えた。 「今思えばチープだよ。よくあるなろう系、そのまんまだもんな」 青年は冴えない顔つきに、いかにも退屈をあらわにしてみせた。 「わたしはなろう系を否定するつもりはないケド。…結局、生命ってなんなんだろね」 二人席で気まずいのはうんざりなので、彼女は自然と話題をそらした。 「仮にタマシイの有無が生命の定義だとすれば、人間には」 有線から聞こえるジャズと、青年が作る奇妙な間。 「…たいした意味はないんじゃない? 」 「意味がない!? 」 「ただの肉のカタマリってわけだな」 大きなため息をつき、今度は彼女の方が退屈をあらわにした。 「あンたさー、さっきから聞いてりゃ、そもそもなんでココ(文芸サークル)に居るわけ? 」 「そういえば、先月の君のお題詩、ボクよかったと思うよ」 青年はのっぺりとした顔の口端に、ニヤリと笑みを浮かべた。 「ねェあンたさぁ、馬鹿なの? わりとまじで」 喝破した彼女の表情と声音も平静だった。ゆっくりと手元のグラスにあるストローを回す。 「…ドグラ・マグラって小説があるじゃん」 青年の打って変わった真剣な声に、ストローをくわえた彼女は片眉をあげて応えた。 三大奇書に数えられるアンチ・ミステリといわれる小説。 サークルの課題図書でもなければ目を通すこともなかった本だ。 青年の求める『答え』を導き出すべく、暫時彼女は小首をかしげた。 「あンたの言いたいのは、いのち含めこの世は全て設計されていて、 なにもかもみんなその繰り返しってこと? 」 「否」 「じゃあ、あンたもわたしも、どっかの誰かの妄想の産物で、自由意志はなくて、だから価値はないと? 」 「否… 」 「じゃあなんなのよ」 「どれもあながち間違いじゃないと思う。ただ、まずボクが言いたいのは、 一個の肉体に『いのち』の究極的価値を見出すのは無理があるだろってことなんだ」 「…だからさっきは、あえて『肉のカタマリ』って言ったわけね。ほんで? 」 「今君が言った通り、全ては『繰り返す』…つまり螺旋だ。 これは抽象的な概念の話ではなく、マクロからミクロまで、実態のあるものの事だ。 ビッグバンからあらゆる自然現象、DNAに至るまで…全て説明がつく。森羅万象は螺旋なんだよ」 「それが『いのち』とどー関係があるわけよ」 「誤差があるんだよ。ズレとでもいうのか…。あらかじめそう設計され、決められているはずの物事に。 どんなものでも起こり得る。そして今この瞬間もどこかで起きていて、説明がつかない」 「矛盾してるじゃない」 「うん、世の中がこうして回っている、というのは分かっていても、その誤差までは説明できないんだ。 たとえ超ひも理論や、重力、電磁気力、気圧あらゆる測定装置やスパコンをもってしてもね」 「ふーん、誤差ね。それで? 」 「で、だ。この世が例え狂人の妄想であろうがなかろうが、 たしかに、その本来と意図する所からはズレてきてるんだ。 その些細な『誤差』。あるいは、マサツとも化学変化ともいえる瞬間にこそ、 ボクは『いのち』があるんじゃないかと思うね」 彼女はようやく我が意を得たりとばかりに、相好をくずした。 「あンたにしては中々熱いこというじゃん。で? まだ大事なことあるでしょ」 「うん、さっきも言ったけど、問題はその『誤差』が生み出されるタイミング。 これにボクらが『より積極的』に関われるとしたら、 それは、感情、思考、意志、その行為。これに他ならない」 「あンた風の言い方で言えば、つまり、感情や言葉は単なる電気信号でなく、 世界全体にバグを引き起こせるウイルスで、個性の真価とも言うべき『いのち』そのものってわけね」 「その通り。そこに無機有機の境はない。しかも感情は記憶として残り続ける。螺旋としてね」 青年が静かに語り終えると、彼女は息を大きく吐き、背もたれに身体を預けた。 「はあ〜ァ。なんでもかんでもオタクな用語で説明してくれちゃって…聞いてて疲れたよ。 でも、まあ、なんであンたがココ(文芸サークル)に居るのか、少し分かったよ」 「それはよかった」 青年はこの時初めて、心底そう思っている表情をした。 安堵した彼女は、なんとはなしに宙を見て呟いた。 「神さまって、いるのかな…… 」 「さてね。それはどっちかっていうと君の専門じゃないかい。 さて、そろそろ行かないと又部長がキレそうだよ」 「ケ。苦手なことは答えないんだから」 若いこの二人のやりとりを描いた文章を最後まで読んでくれたあなたに、 もし、ひとひらの、かそけき感情が芽生えたとするならば、 それは、彼らの言葉を借りるなら、いのちの誕生といえるだろう。 そして、あなたがその感情をより育もうと、芽吹かせようとするならば、 神は……、
青春と螺旋 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1220.6
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2022-05-20
コメント日時 2022-06-14
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
クリシェですが、水の流れで自然と時計が組み上がるくらいの確率という話を思い出します。短く分かりやすくい会話ですね。科学的には誤差としかいえない領域に膨大な詩があるんだなあと再確認できました。
0ささらさん、コメントありがとうございます ありふれた日常にある確率論にしばられない何かの飛翔をトゥギャザーってなわけです。 理系男子によくいる人の話を聞かない嫌なやつを書きたかったんです。 嫌な奴に書けてるか心配です。あとちなみに彼はイケメンじゃないです。
0丁寧に作られていると感じた。 数字アレルギーの私にはオチの「なるほどな」に行き着くまではある種の痛みすら伴うけど、きちんとほどけてドーパミンの報酬が得られるとわりと気持ちいい。 あと主人公の彼は、全然嫌な奴ではなく、むしろ個人的にはひらけポンキッキな体育会系(謎の分類)だと思った。人が自然と集まってくる作者自身のキャラにも似ている。モリッシーはこういった参加型コンテンツには欠かせないキャラだ。損失は避けたい人材
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