清い夜半過ぎの散歩
いつも夢に出てくる無邪気でかしましい娼館と
短い橋のたもとの交番が重なる
淫猥さはせせらぎに乗って流れ去る
闇の中に人間の生という事柄が充満している
そして忽然と浮かぶ考え
みんなが姓名を持っていることに思い当たる
なんと愛おしいことだ
眠る人々に夜の粉がまとわりついているだろう
山やマンションや幹線道路が地上から
低い夜空に何かを尋ねるかのよう
こんな時間に現象のいわれを知りたいのか
運命に努力を嘲られてもそれがどうした
時間が経つことを考えるな
喜びのある間が最も本質的な時間なのだ
そしてどんな行為も終わることを決して惜しむな
多くの観念が下達されてきて
私の小さな頭脳を圧迫する
ちょうど夜空に描かれていた黒い絵も
黒色の重みに疲れてその画料を洗い落とし
今度はその黒色が重く私の上に降りかかるよう
目覚めている者にも夢のような
様々なことを必然さをもって語る夜
なるべくどんなこともやさしく語ろうとする夜
その技法はきわめて実用的だ
白み始める空が星々の光を滅してゆく
星々の心にも私の心にも幸福な諦念がある
今夜も己の勤めを無事に終えることができそうだ
本当の苦悩はこれから始まるのだけれども
愛は初め狭隘な地帯に生じ
当分の間そこから出ないか
ずっとそこに留まるもの
人間の幸せの範囲はなんと小さいものだろう
そこにもう東からの光のざわめきが
またぞろ何か私の心に新しい固執を帯びさせるようだ
胸のうちの計器の示度も
わずかに上昇してゆくように感じるのである
ほとんど何も分からない時は
最も分かるところから入るべきだ
見えないところにある穴から入ってはならない
でも不思議にも
どこから入っても出口はたった一つしかないと思う
作品データ
コメント数 : 9
P V 数 : 1450.0
お気に入り数: 2
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2021-10-15
コメント日時 2021-11-01
#現代詩
#縦書き
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2024/11/21 23時37分35秒現在
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お読み下さりありがとうございます。 いつも夢に出てくる無邪気でかしましい娼館、やはり気にされましたか。人は時に好色な、あるいは性的な夢をみるものです、それは避けられないことだと思います。真実です。でも、私は人のこういう面が好きではないんですよね。こういう面をつきつめていくのも文の一つの道だとは思いますし、それをしている書き手もいます。ですが、私は好きではないが故に、避けたんですよね。それに、夢って、覚めてからちょっと経てば消えてしまうじゃないですか。なので早めに場面を切りかえたのです。淫猥さはせせらぎに乗って流れ去るのです。 性は、人にとって、人そのものであると言えそうなくらい親しいものです。でもこれを書くのは難しい。露骨に書くと、文を傷つけてしまいますし、遠回しに書くと真実から乖離してしまう。永遠の難問だと思います。
0拝読しました。 夜に魅せられ、夜にいざなわれた、という印象です。 ご自身で仰られておられたように、夜が持つ猥雑なイメージはそこそこに、 人々の安息した姿にイメージを馳せ、憩い、逍遙。 夜の森閑に、日頃の些事を忘れ、茫洋。 明日に迫る〈何か〉もポケットに突っ込んで、拳には覚悟。 白む空に思いで話。そこにある一重の優しさ。 いつしか、お散歩をやめた主人公はこれからなにかを決起するようだ。 それは知る由もないけれど、きっと家族や仕事幸せを守るなにかだと思う。 わたしもどうしても夜のイメージというと汚濁していて、 あらゆる思惑が交錯する邪悪な時間 と思ってしまうのですが、こういう夜もまたいいものですネ。 失礼します。
1コメントありがとうございます。 この作は或る日の夜中に実際に出かけて得た感覚と思いを綴ったものです。その夜はたまたまこのようにやさしい感じで綴られるべき夜だったのでしょう。違う日だったら、詩文は違っていたはずです。それを書く気になるかどうかは分かりませんが。書く気を起こさせない夜というのもありますので。 何事も、一概には言い得ないですね。私も夜に苦しめられることがあります。そういう夜が私をして筆を執らしめることもあります。物事は多様ですし、人間の心もそうですし、言語もまた、困るほどに自由です。
0yasu.na様 夜半過ぎから夜明けまでの、その散歩は清くて... 作者は時の経つのも忘れてしまうほど、心の旅をしていたのでしょうか... 5連目の "黒い絵" が印象に残りました。 yasu.na様の中の、綺麗な緑色をふっと思い出したのと同時に、今現在の筆者の心が、夜空の黒なのかなと想像しました。 自分の内側からあふれ出る、どんな思いもけっしてなおざりにしない、その一つ一つを非常に丁寧に見つめ、あたためながら書き上げた詩なんだと、感動いたしました!
1お読みくださりありがとうございます。 『夜はやさし』、そんな題名の小説もあったかと思います。『真昼の暗黒』、そんな題名の小説もあったかと思います。後者しか読んだことがありませんが、夜も昼も、人の心のコンディションで、ときどきによって性格を変えるものですね。 今回はどちらかというと、夜のやさしい面を書きました。黒色も、澄むことがあるんですよ。 詩としては多くのことを盛り込みすぎたように思いますし、おおかた、読者の方々もそういう感想を抱くと思われます。そんな内容の中に、一つ二つ、意味のある文字列が見出されたならば、それで私は良かったと思います。詩の道も、どこまで行っても険しいものです。なんでも書けば良いというわけではないですね。詩、この閉じられていると同時に開かれてもいる世界! コメントありがとうございました。
1眠れぬ夜の思索でしょうか。散歩を通じて。夢の中の出来事、夢うつつ。姓名の神秘。現象のいわれ。哲学的思考が現実の具体性に触れて、突出する、生命の賛歌が、星々の光、多くの観念、東からの光に反映していると思いました。
1コメントありがとうございます。 生命の賛歌、これを読み取ってくださり、とてもうれしいです。いろいろ書き連ねた作ですが、 >みんなが姓名を持っていることに思い当たる >なんと愛おしいことだ ここが私としては一番好きです。最も自然に口から出たフレーズです。欠点の多い私にも、こんなやさしいことが言えるんだなと、自分でちょっと驚いています。
0どこから入っても出口はたった一つしかないと思う 印象的な詩句ですね。
1お読みくださりありがとうございました。 届く詩句があって良かったです!
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