別枠表示
つながる表面・表層的に
つながる表面・表層的に ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2591.1
お気に入り数: 3
投票数 : 2
ポイント数 : 12
作成日時 2021-04-14
コメント日時 2021-05-08
項目 | 全期間(2025/04/06現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 3 | 2 |
前衛性 | 1 | 1 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 5 | 3 |
音韻 | 1 | 1 |
構成 | 2 | 1 |
総合ポイント | 12 | 8 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.5 | 1.5 |
前衛性 | 0.5 | 0.5 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2.5 | 2.5 |
音韻 | 0.5 | 0.5 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 6 | 6 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
朝起きると体がばらばらに散ってるような感覚、私もたまにあるので、判りみ。。。となりながら読み進めました。中盤以降少し説明的になるけれど私には読み取りにくかったのですが、自分というものと世界というものの作者なりの理解・解釈かなと感じて面白かったです。そこから「あなた」へ、そして再び「わたし」へと進んでいくのも好み。いつも文もいめーじも綺麗で、個人的に気になって居る作者様の1人です。
1Yamabito さん、コメントありがとうございます。 また嬉しいご感想ありがとうございます。 作者の性別はヒミツです。数多ある性別のなかでどれなのかはご想像にお任せします、、、 わたしという言葉を平仮名で使うと女性らしさが出ますよね。 私の作品が高度かどうかは分かりませんし、詩の達成が得られているかも分かりません。 しかし、こう書くしかないという切迫感を持って書きたいと常々考えています。 自分としては、どう書けばいいか分からないけれどこう書くしかないからこう書いているという気持ちです。 今のところ私の能力ではこの心はこう書くしかないのである意味では直情的だと思ってもいます。 ただ改めて読むと雑に入れている箇所もある気もしてきてまだ過不足がないとまでは言えないな、なんて思う次第です。 難しいですね。
0門さん、コメントありがとうございます。 静謐と熱情、素敵なご感想です。 確かに静かななかの熱情を書きたいと思ってこの詩を作った気もしてきました。
0詩の技術が優れている人って字面というか視覚的に見て文字の並びが綺麗なんですよね。この詩は身体感覚と五感の喪失またその蘇生そして自我の確認が描かれていると一見して思いましたが、また別の解釈は多様にあるでしょう。表意文字のこの国に住むからこそ意味だけでなく美しく綺麗な文字の配分をしたこの詩に一票です。
1白犬さん なんてありがたいお言葉。 嬉しく思います。 中盤以降、たしかに少し説明調かも知れません。 特に第四連あたりは書き換える余地がある気もします。 より読み取りやすく、しかし解釈が多様に出来る綺麗な詩を目指していこうと思いますので、 またお読みいただければ嬉しいです。
0stereotype2085 さん お褒めいただきありがとうございます。 この作品は配列をかなり意識したものなのでそのお言葉はとても嬉しく思います。 また肉体感覚の生生しい描写、好きなんです。 それが少しでも伝わっているならそれ以上なにも求めることなんてないように思います。
1白川さん こんばんわ。百均です。 本作を読んでいて思う事ですが、改行についてでしょうかね。 一旦ここら辺は僕なりの答えというよりは、酷評ギルドの目的みたいな部分もありますけど、なぜこのような改行のリズムにしてみたのでしょうか? と敢えて白川さんに聞いてみたいですね。(変に勘ぐって答えてしまうのはあんまりよくないなと思うので)よかったらお答えください。 >日曜日の朝に >目が覚めると >からだが散っていた >完全に 最近西脇順三郎の「詩学」を読んでいるのですが、その中でポエジーっていうのは、言って仕舞えば詩作品を読んだ時に感情を揺さぶられる事、感情が揺さぶられる時に必要なエネルギーみたいな事をポエジーと読んでおり、そのために詩作品が媒介として必要であると言っています。また、感情を揺さぶられるためには想像力を喚起させる必要があって、喚起させる手段っていうのは、さまざまな言い方ができるのですが、例えば穂村弘という歌人が、想像力を喚起させるために指示語を使うといいよとか、端的な説明で終わらせないで含みを持たせた言葉を使うと、読み手がその表現について考えるので、想像力を喚起しやすくなるよね。みたいな事を「はじめての短歌」という本の中で述べています。 と言ったときに本作の始まりっていうのは、日曜日の朝に目が覚めると、までは普通なんですよね。「次にからだが散っていた」「完全に」と論理的にはありえない事を書いています。これを一連目に持ってくるというのは、先ほど書いた通り、想像を喚起させるフックを役割をもっていて、そこから先が気になる読み手にとっては読み進める原動力(ポエジー)を引き出している訳ですね。 >しばしば起きることである 後面白いのがこの一文で、これを挟む事によってこの出来事はよくある事だっていうのを提示する事により、語り手の焦燥感みたいなのを制御していますね。よくある事だから、客観的に言って仕舞えばありえない事態であったとしてもそれを受け入れる事のできる土壌がある訳ですね。 >ふたたび集める >よりしかたなく >ひとまず >再建した >薬指 >で硬い床材を握りしめる >しずかな圧力が >わたしの頭頂まで >伝播する >肉体が >触発され >やはり >ほんのすこしずつ散ってゆく >散りゆくものは >いつも >わたしからほんのすこしだけ >離れて >ただよう >目を閉じる >鳥肌が立っている >うごく度に >散っていく >瞬間毎に >わたしが更新される >散っていった >ものたちに >肌感覚を集中する >肉体の境界面に >散っていった >ものたちが >蓄積し続けている >らしい >どうやら >そのようだ わたしが更新されるときというのは、これを読んで思いつく事ですが、皮膚って更新されていきますよねって話でしょうか。私を構成する細胞というのは、長くても一年周期くらいで入れ替わるみたいな話であって、自分というのは絶えず破壊されては新しい物に切り替わっていく一つの循環したシステムであるという事ですね。それが言って仕舞えば過敏な肌感覚として湧き上がってくるのが、日曜日の朝の寝覚めから覚醒に至るまでの時間であるととらえる事ができます。そういった所で改行のリズムを解釈する事もできるでしょうし、言って仕舞えば突拍子のない感覚というのが、自分の肉体が言って仕舞えば垢として切り捨てられ切り替わっていく瞬間の感覚という物に対してフォーカスをあて、湧き上がってきた言って仕舞えば気づきであると言えば納得がいきます。 >地球上の淡水が >残らず蒸発しても >大気に満ちる窒素の群が >高い熱量に変換され尽くしても >骨を伝わり放たれた響きが >私の概形に沿い生きている >皮膚と外界の曖昧な境界で >震えながら漂っている > >響く振動がわたしを散らせていくのだろう > なので、世界が循環する関係性と私の在り方というのが接続していきますね。 >我々が保安灯に照らされた一対であった頃 >締めたあなたの首筋に残したわたしの砕片 >それは >きらびやかな首輪として >今もあなたを戒めていますか > >左手の甲で >剥き出しの右胸を >なぞっていく >変化し続ける >わたしの境界面の >たったいまを >咀嚼する >ただよう温度が >一 >塊 >の >獣としてのわたし >の >手 >を >導く というところから、言って仕舞えば人間の関係性みたいな話に飛んでいくのですが、ここがある意味読み切れていない箇所になりますね。ぱっと読んだ感覚としては、循環する私がいるという知覚から感じる事として、循環した事によってわたしの破片を残した相手の首筋も循環されたのかみたいな発想だと思いますね。 保安灯という寄る辺なき夜道を照らしていた一対の存在同士が、互いの関係性を保証するものとして残していた首筋の傷というのが、頻繁に壊れる私という存在にはおそらくなんですけど、あまり残らないような気がします。ただ、相手は循環の速度が遅いため残るのかなみたいな心配というんですかね、悲しみかもしれませんし、感情はないのかもしれませんが(昨日あった出来事のように)そういったものを夢想しているのかなとおもいますね。言って仕舞えば、「つながる表面・表層的に」というのは身体に傷を付け合った相手同士の繋がりであって、それは時が経ち、人間というシステムが孕んでいる循環の規則に従って消えてしまう物であるという事ですね。みたいな感じで読みました。 「咀嚼する」という所で、最後の締め方はちょっとエッチだなと思いながら最後読んじゃったのですが、手というのは今一読み切れてないかもしれない。薬指から復活させたのはなぜかみたいな所の問いや、導く手の存在ですね。手というのは手を握るだけで関係性が生まれるように、言って仕舞えば表層的なつながりを表現するために一番手っ取り早い身体の部位だと思いますね。指輪を付ければ婚姻の証になるなど、指輪の跡を首輪と読み替えてもイメージの繋がりとしては問題なさそうです。(人間の首輪は指輪であると)
0百均さん いつも精読ありがとうございます。 確かにちょっとエッチな詩にしてみたつもりなのでそれが伝わっているようで少し満足です。 質問への回答ですが、直接的には改行は朗読する際の息継ぎのポイントなんです。 朗読目的で作った詩ではないのですが読むならこうしたいなと思って感性で突っ走りました。 なので理屈がかっちりある訳ではありません。これが偽らざる答です。 ただなんとなくの感性の説明はできるので下に記します。 第一連と第三連は女性的な美しい連にしたくてこういった形式にしてあります。 ひらがなを多くした分だけ改行で明示的な区切りを増やしたつもりです。 改めて読むともっとひらがなを増やしても良かったな、と感じました。 第二連と第五連はただの事実を描写する連にしたかったので詩的な書き方をしませんでした。 第四連は力強さは出したかったのです。世界まで広げるときにはやはり強さがあるだろうと。 となると漢字を目一杯使い字面の密度を上げるべきだろうと。 ただこういう連を書くのが私は好きなので改行に関してもこれはもう私の手癖ですね。いつも通りです。 もう少し意図的にやるべきだったなと反省しています。 第六連は少し怖いセリフっぽくしたくて、淡々と話しているリズム感の演出のために一行を長めにとってあります。 最終連は基本的には第一連や第三連と同様に女性的にしたいなと思って最初はそれらと同様の改行リズムとしていました。 ただなにか印象に残らないなと感じて修正しました。 前提として仰る通りそこはかとないエッチさを本連では出したつもりです。 そのエッチな美しさを > 獣としてのわたし が受けたいなと思ってそれをフォーカスするにはどうすればいいか?と考えて変化球を打った次第です。
0良いです。
1自らの肉体への解離感がリアルに響きます。
1表面、境界、分散(散ってしまうこと)といったモチーフが好みなこともあり、楽しく読ませていただきました。 眠り、意識が途切れ、目覚めた時、人はすぐには再編成されず、しばらく散ったままということは現実でも(感覚的に)あることかと思います。私もあります。 が、本作は詩なので、その分散の気づき→再編成→それでも散ってゆく〜という過程や進行において、身体感覚に関する詩が書かれていきます。 それは最初の段階だと個人的だったり、個的だったり、肉体的な話だと思うのですけど、その後もっと広い、地球感覚?とか、生物全般の感覚?を、「私」から始まった、「境界、変換、変化」といったテーマの詩に発展している感じがします。この流れの中での、(流れをナンセンスにしない)詩としての言葉遣いに、私的な好みをたくさん感じた気がします。 ちょっとここまで当たり前かつ大雑把なことばかりを書いてしまっている気がして申し訳ないのですが(詩の批評って難しいですね)、視覚的に見た時の詩の形がきれいなことも相まって、その、展開の仕方(個からの発展→再び個への収束?)という流れのよさが、詩の初心者である私にはとても上手に思えて、すごく読後感がよかったです。
1