僕は人が死ぬ話をする。
今、僕は森にいる。小道を跳ね跳ぶ二羽の小鳥を見る。
二羽が続けて横切っていく。最初は鵯。やや大振りな鳥。二匹目は鶺鴒。鵯は藪の中へ姿を消す。鶺鴒は足を止め、正面からの姿をこちらへ向ける。
精密な結構に一瞬目を眩ませた。非常に小振りな個体である。体を白黒に分ける複雑な形の境目がある。ぶれずぼやけず、狭い体表の領域へ二色の境界を画している。ラウンドブリリアント・カット、五十八面体の事象から放たれる光。ダイヤの粒が強烈に結晶してみせた。
麻宮さんが「小さい石でしょう」と同期の友人に体を寄せて話すのを、近くの席で聞いた。「高いものじゃないから」「でも、小さくて綺麗」婚約指輪に嵌まるダイヤ。麻宮さんは頷き、女友だちは頷き返す。二人は小声で笑い合う。
ダイヤの輝き。鶺鴒の動作が、「精密」という言葉の連環を辿り僕の記憶にある宝石とぶつかった。世界の核心が衝突し火花が散る。
風が鳴り、天を仰ぐ。雑木の枝が青空の中で意志有るものとして光る。踊る。いや、枝に意志はない。ただ意志や意識の有りようは本来並立する主体の、それぞれ別個に成り立つものだ。樹が、鵯が、理解不能の独立する他者が踊る。それを見る。言葉にする。そのままどうしようもなく、僕が変容していく。
婚約は破談となり、麻宮さんは死んだ。柩の蓋の窓から見た顔。白い鉄砲百合の花。それが数本置かれていた。麻宮さん。色のない唇がわずかに開き、誰かにキスをせがんでいる。
学生時代見かけた墓。白い大理石の十字架。百合の花が一本、浮彫りにされていた。背面に刻む新約聖書の聖句。コリント前書十五章十三節。
「もし死人の復活(よみがへり)なくば、キリストもまた甦り給はざりしならん」
キリストが復活したから、麻宮さんも復活するのか。そうではない。麻宮さんの復活がないのなら、キリストの復活もなかったという。未来と過去の時制が乱れている。
そもそも復活とは。
イメージの波が巌頭に飛び散る。鳥が飛び、ダイヤが飛ぶ。総ての破片が純潔であった。僕は純潔に対し欲情している。欲情が破瓜を招けば純潔は消滅する。僕は死に対し欲情するのか。欲情に死が到来すれば意識の主体も消滅するのか。
天を仰ぐと風が鳴り、枝が踊り、踊る枝の間に人の眩しい裸体が釣られている。
ひと声鳥が鳴けば総て消滅する人のひと揃い。
僕は人が死ぬ話をしている。言葉は死まで届かない。
作品データ
コメント数 : 0
P V 数 : 1157.5
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 4
作成日時 2021-04-03
コメント日時 2021-04-03
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 4 | 4 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 4 | 4 |
閲覧指数:1157.5
2024/11/21 23時00分17秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。