夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験 - B-REVIEW
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ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験    

 四つ辻を過ぎるとどくだみの茂み。花が白い色を放射している。花は重なっている。 その西角、垣根の奥に、土壁の崩れた旧家が建つ。  この家は、先祖が撲殺した馬に、代々祟られているとのこと。 一族の誰一人として五十歳まで生きた者がいない。しかも、事故死や業病による最期ばかりだ、と。  先代の当主は五十歳を目前に、浴衣の紐を鴨居に掛けて首をくくった。 生涯独身であった。 家系は絶えるはずであったが、嫁いでから亡くなった妹がいて、その子どもがあとを継いだ。  数日前、床屋が僕を調髪しながら鏡の中からそう話していた。僕は散髪用の椅子の上、半眼で、うとうとと話を聞いていたのだ。 顔を剃るから首をねじってくれと言われて床を見ると、頭髪の切り屑の広がりの中に血だまりがあった。しかし、すぐにそれは光の反射による誤認だとわかった。  たぶん誤認だった。  その時の浅い眠りが未だに心身を蔽い、僕の意識は朦朧としている。  苦く臭う草むらの向こうの大きな木造平屋建。いつしかそこを垣根の隙から覗いていた。 昼下がりの直射日光。雑草が繁茂する庭と傾いた家に、暗い輝きが宿る。  風景はエロチックに穢れている。  建物の手前、人影が中空に表れ、煙のように流れ、消える。 誰でもあってもよさそうな、誰か。繰り返し、現れ、現れる以上の数で、誰かが消える。  そんな気がする。  そんなでもない気もする。  どちらでもない気もする。  混濁は快感だった。そこへ実在の核心が白い指のように僕を撫でる。眠れよい子よ。 だが、指ではない。指には見えない。  感覚と感情と思考とが、熱を持って分厚く重なる意識の襞。薄桃色の襞。  柔らかに襞を押し広げて物語の指が動いてくる。  隠された記憶の空穴が開かれ、生暖かい恐怖のエッセンスが噴きこぼれてくる喜び。浮かされて視界が濁った。  「その家、木村さんと言いますね?」と僕は床屋に聞いのだった。瞼の上あたりを剃られながら、「失礼しました。お知り合いでしたか?」と聞き返された。  二十年ほど前、僕はこの町に住んでいた。陰鬱な谷間の町。幼かった僕はこの家の先代に抱き上げられたのだ。こいつが俺の子だったらなあ。両手で高々と僕をさし上げ、彼は明らかに怒気を含んだ声で言った。僕は泣かなかった。男の顔は記憶にない。僕の背後で母が冷たい笑いを浮かべるのがわかった。この商店街の路上だった。  ほんとうにそんなことがあったのか。  僕に母などいるのか  僕はほんとうに生きてここにいるのか。  特に何ということもないが不安になる。  昔、馬を撲殺した棍棒が、血の跡を黒ずんだ染みにして、ごろんと転がる場所がある。  どこかにある。 血を吸った棍棒は黒ずみ、節々の凹凸は摩耗して滑らかである。握りには朽ちかかった荒縄が巻かれているかも知れない。鵯が留まりにやってくる。棒も飛行の可能性を持っている。  棒だけではない。記憶も飛行するのだ。  僕は僕を信用してはいけない。記憶も理性も羽を生やして行ってしまった。 「お先に失礼します」  僕もまた不信という靴を履き、絶望のバッグを肩に掛けよう。 出掛けるのだ。 この町に長くいてはいけない。  そんな気がする。  そんなでもない気もする。  どちらでもない気もする。


夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 5
P V 数 : 994.5
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2017-08-27
コメント日時 2017-09-02
項目全期間(2025/04/06現在)投稿後10日間
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閲覧指数:994.5
2025/04/06 07時05分56秒現在
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    作品に書かれた推薦文

夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験 コメントセクション

コメント数(5)
右肩ヒサシ
(2017-08-27)

四年前、文学極道に投稿したものです。

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三浦果実
(2017-08-28)

migikataさんのB-REVでの投稿作品のなかでは、「この世は終わらないそうだ」が一番好きだ。これを読んだ時はがーんときた。「この世は終わらないそうだ」でまざまざと視えた、少し歪んだ現実世界、みたいなもの。言い方を変えると、歪みみたいな影が作品に登場する人間たちの身にじわっじわっと寄り添っているのだ。で、今作「夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験 」は、まさにその歪みみたいな影がかなり出ていて魅かれそうになるのだけれども、作品にある筋書きみたないものが、イマイチ私にはガーンと来なかった。カタルシスが掴めなかったというか。皆さんはどうだろうか。

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まりも
(2017-08-30)

最初に、質問・・・「誰でもあってもよさそうな」誰であってもよさそうな、ではなく、誰でも、なのでしょうか? 全体の構成が実に巧みですね。夢と現実の層が何層にも重なっていて、しかも心の内部にまで(まるで女性器の中に指を差し入れられるように)官能ではなく、忘我を強いるような・・・〈僕〉の意識を眠らせる、〈実在の核心〉が生々しい。自身の意識を封印する(抑圧する)自意識の化身であるように感じました。 冒頭のシーンが印象に残ります。ドクダミが最初に喚起するものが、臭いではなく、無数に折り重なった〈白〉。十薬、馬に食べさせると十の効能があるとされる、十文字の草。その花が、十文字の道を過ぎたところに、繁茂している。 剃刀を喉に当てられている、という情況で見る「夢」なのか、「記憶の反復」なのか。自分は、その呪われた(祟られた)家系に属する者なのか? 〈数日前〉の床屋での夢想と、その夢想が〈未だに心身を蔽い、僕の意識は朦朧としている〉今。今、〈僕〉はその家の前に立っているのか?〈苦く臭う草むらの向こうの大きな木造平屋建。いつしかそこを垣根の隙から覗いていた。〉ここで、ようやくドクダミの「臭い」が鼻に届く。しかし、実際にその場に居た、というよりも・・・生霊のように自身の肉体を抜け出し、呪われた家を覗き見ている、という幻影に取り込まれている、と読みたいような気がしました。臭いが漂ってきている時点で、現実世界よりも夢想世界の方が「現実味」を帯びている、としても。 〈僕はほんとうに生きてここにいるのか。〉問いかける時の肉体は、床屋の椅子に腰かけているのでしょう。けれども、床屋の話(鏡の中から聞こえて来る、と言い換えてもいい)に取り込まれ、意識はすでに祟られた家、に飛んでいる。 最後まで、〈僕〉は床屋の中に居て、意識だけが肉体を抜け出して、床屋の話に触発されて(嫌でも)想起させられた、祟られた家、に飛んでいる。そんな魂の出入りを、魂の側から描写したら、こんな摩訶不思議な(一見すると入り組んだように見える)散文詩になるのかな、と思いました。 〈僕もまた不信という靴を履き、絶望のバッグを肩に掛けよう〉この一節は、型に決まり過ぎている、という印象もありました。 謎めいた家系への興味が掻き立てられ、出生の秘密にも届きそうなのに、〈僕〉が淡々としているのは、どうしてなのだろう。そこにも自己抑制、抑圧をかける白い指の力が、働いているのか・・・知りたい、のか、知りたくない、のか。その振り子のような曖昧さが、 〈そんな気がする。  そんなでもない気もする。  どちらでもない気もする。〉 と、投げ出されたようにそこに置かれている。途中で「知りたい/知りたくない」を放棄した、ということなのか。曖昧に投げ出されることによって、当人の抱いた切実な感情を訴えた「うた」、ではなく、床屋の話に喚起されて、因習に閉ざされた祟られた家の記憶の中に入り込んでみた、という体験記のような印象を受けます。 ああそうか、だからこそ、題名が 僕の「体験」となっているのか、と、今コメントを書きながら思い至ったのでもありますが・・・ 〈僕〉がそこから逃れたいのか、囚われたいのか、どちらかわからない。その煮え切らない感じが、どうにも歯がゆいように思ってしまうのですが、その停滞感というのか、揺蕩っていて、決めかねている感じ、が作品の特質でもある。個人的には「どっちなのか、決めてほしい!少なくとも、決められない自分、に対して、もっと葛藤してほしい!」と思ってしまいますが、それはそれ。 その葛藤の手前で「ゆらゆら」と体験している、肉体を出入りしている、その感覚が鮮やかに切り取られた作品だと思いました。

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右肩ヒサシ
(2017-09-02)

三浦果実さん、コメントありがとうございます。 この旧作を投稿したのは、これを書いた時が小説的な世界を最も意識していたからです。いかにもおどろおどろしくて、ちょっと横溝正史が入っているように思えませんか?そのつもりで書いたんですが……。 そういう方向でここまで作り込んだのは後にも先にもこれだけなので、皆さんの感想をうかがってみたかったのでした。 そうか、カタルシスがないですね!まりもさんの評にもそういうニュアンスがあるので気がつきました。僕自身も小説を読む時には歯切れのいいカタルシスを求めています。そこのところ、今度は考えてみますね。

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右肩ヒサシ
(2017-09-02)

まりもさん、コメントありがとうございます。 本当にいつも丁寧なコメントを頂けて感謝しています。僕のに限らず、これだけきちんと読み込んで文章にするのは非常に力がいることですね。作中の一言一言に真摯に向き合って決してそこから文脈を外さない、というのはなかなかでくることではないと思います。題名の「体験」という語の読解の正確さには驚きました。主題と主観が追いかけ合いながら、逃げ水のように読み手の理解から遠ざかっていく構成を意識していました。 〈僕もまた不信という……〉の部分はちょっと安易でしたか?少年マンガの「戦いはこれからだエンド」みたいですねw。当然あるべき、因習の場から逃れるという選択肢を否定的に出してみたつもりでした。意識と無意識と、事実と虚構とから成り立つ自分というものからの旅立ちも、厳しく見れば予定調和的自我のありようの一局面に過ぎないのだと思います。これも有り体な物言いですが。 最後になりましたが、ご質問の回答です。打ち間違いでした!ご指摘通り「誰であってもよさそうな」が書きたかったものです。すみませんでした。

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