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あるいは、愛のこととか
ほら、早くしないとキッチンタイマーが鳴るよ。こどもの蜘蛛が、窓のサッシに新しい糸を引いた。ちょっと違う。今度は大きく違う。弟が何度もアメリカ合衆国をスケッチブックに描いている。やけに大きなフロリダ州、消えたオクラホマ州、そしてわたしたちの生まれ育ったカリフォルニア州。吐いた量が少なかったのか、蜘蛛の糸はぷつんと切れた。LINEを開くと、いつかの恋人の利用明細が届く。長く誰かと付き合えないわたしにとって、それは大切な愛の記録だった。 20190811 20190911 20191021 20191022 20191023 20191122 20191213 20200111 読むのと読まれるの、どっちがいい? 最近は、いくら書いてもひたすら文字を拾っているみたいにしか書けなかった。自分の書いたものはちゃんとここにあるって信じていたけど、自分で考えていることも、日本語も、図形も、けっきょく誰かから教えてもらったことだらけで、オリジナルのコピーでしかなかった。それと同じで、わたしたちも拾われてきた何かの集合体でしかないように思う。わたしたちは性行為によって誕生すると信じられているけど、それは生物学的、つまり目に見えることとしての論理であって、ほんとうはその行為よりも、もっと前からわたしたちは形作られているような気がする。母がいつか食べた冷凍ミートパイや、父がかつて打ったパチンコ玉の輝き、ハリケーン・ジョニーの吹き飛ばした黄色い屋根、日曜日のダウンタウンにすわる黒人ホームレスの鋭いまなざし。ねえ、思い出せた? あなたは一晩で作られたんじゃない。名前なんかつけられちゃうから、自分はオリジナルだなんて勘違いをして、調子に乗って詩を書いたりするけど、もう無理して自分のことなんて書かなくていいって気がついたの。けっきょくは世界のゴミの寄せ集めを読むか、読まれるかの二択しかないし、工夫できるとしたらゴミの組み合わせをちょっと変えるぐらいだ。それでも、美しいゴミの掛け合わせを探してしまうのだから、ほんとうにバカみたいだよね。それでもわたしは、あなたの詩が好き。 20181209 20181215 20181224 20181231 20190106 20190114 20190126 20190201 拾う、拾う、棄てる。付き合っては別れて、そのたびに何かを拾い、棄てていく。ちょっと違う。今度は大きく違う。昨夜は必死で除菌シートを探す夢を見ていた。拾う、拾う、棄てる。どんな顔をしていたか、どんな顔をしていけばいいのか。気がつくと、いつの間にか泣いていた。だからその顔は棄てることにした。弟はアメリカを描くことにもう飽きていて、いびつなフロリダ州が出産をする物語を書いていた。ひっひっふー、ひっひっふー。産業医のふりをした弟は叫ぶ。ほら、フロリダの奥さん、あともうちょっとだよ、ディズニー・ワールドの頭が見えている! もう一呼吸で、シンデレラ城だ。だけど奥さん、早く産まないと! 時間が無い。さあ、ひっひっふー。キッチンタイマーかけたの、もしかして忘れてる? ダメだよ、今度は奥さんが生まれる番なんだから。ああもう鳴る、タイマーが鳴ってしまう。 20170114 20170129 20170228 20170410 20170518 20170625 20170808 20170921 タイマーは鳴らない。なぜなら、電池が切れているからだ。寝坊して、気がついたころにはとうに出勤時間を過ぎていた。勤務先に連絡をしたあと、いろいろと諦めてもう一度眠ることにした。さっきまで、変な夢を見ていた。昨日と同様、また除菌シートを探す夢。やっとドラッグストアで買えたのに、中身は白いシートではない、灰色のコットンの布だ。それもかなりの大判。わたしは、部屋を出て、家を出て、それから街も出た。それでもひどく長いウェディングベールのように、自分の後ろを布がどこまでも続いていた。その布を空高く掲げ、あてもなく走ることにした。そうしているうちに、この布が何で出来ているのかだんだん分かってきた。これは、あの日あなたの右肩を濡らしたユニクロの真っ黒なTシャツ、フジロックのオフィシャルマフラータオル、処女を失ったときに履いていた花柄のスカート、七ヶ浜で履いた泥だらけの長靴、白雪姫の七人の小人たちの何体かのフィギュア。わたしが選んで拾って、だけどふいに棄ててしまった、そういうものたちで織られた一枚の布だった。 20160312 20160404 20160503 20160707 20160915 20161010 20161125 20161225 蜘蛛が部屋を出ようとしているとき、わたしはベッドの上で微動だにしなかった。隣には恋人が寝ている。彼とは変な出会いだった。新型のウイルスが蔓延して、世界中が大騒ぎになっているときに、とくべつな免疫ウイルスを持っているとマスコミに報道されたのが彼だった。互いの粘膜をこすり合わせることで、彼の体内の免疫ウイルスを自分のなかに取り入れることができるらしい。一回五万円という高価格だったけれど、いつも予約でいっぱいだった。その日、わたしが最後の客だった。彼は、きみだけはキスだけの関係でいたいんだ、と言って、どうしても服を脱ごうとしなかった。そして彼はワンワン泣き出した。だからわたしは優しい顔を拾って付けた。口座には手数料も含め五万円がきっかり返金されており、おそらく免疫は獲得できなかったのだろうけど、その代わりお互いのLINEを交換した。そのあと何度か会って良い雰囲気だったので、付き合う? と聞くと、きみの自由にしていいよ、とだけ言うのだった。 20131018 20131119 20131216 20140110 20140202 20140305 20140505 20140810 世界中のハーモニカは、だいたいビートルズのプリーズプリーズ・ミーを覚える羽目になるし、わたしが人生で口にする言葉もおおむね決められている。クローゼットには大量の除菌シートが保管されていて、これでしばらくはドラッグストアを駆け回らなくて済みそうだ。弟は、流産したディズニー・ワールドに対して、弔いの言葉を唱えている。そういえばフロリダのこどもってなんていう名前だったの? と聞くと、俺はもうあいつらに名前なんてつけてやらねえんだ、と言い放った。雨が降ってきて窓を閉めようとしたら、蜘蛛はもういなかった。その代わり、か細い糸だけが残されていて、風に乗って自由に揺れている。それは何だかわたしたちより生き物っぽくて、思わず、お誕生日おめでとう、なんて言ってしまうのだった。
あるいは、愛のこととか ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2050.5
お気に入り数: 2
投票数 : 0
ポイント数 : 10
作成日時 2020-07-22
コメント日時 2020-07-31
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 3 | 3 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 3 | 3 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 10 | 10 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0.3 | 0 |
前衛性 | 1 | 1 |
可読性 | 0.3 | 0 |
エンタメ | 1 | 0 |
技巧 | 0.3 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0.3 | 0 |
総合 | 3.3 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
おそらく僕の投稿の仕方か、あるいはブラウザが悪いんだと思うのですが、 スマホ(ブラウザ:Safari)だと表示されない箇所があるようです。 PC(ブラウザ:クローム)だと表示されています。 別枠表示だと全文確認できているので、 もしお読みくださる方がいらっしゃれば別枠を開いていただけると嬉しいです。 また、運営の方々もお忙しいと思いますので この作品に関して修正はしないでいただいて構いません。 もしビーレビュー全体的な、僕以外でも発生するバグであれば、 コロナが収束して落ち着いたころにでも ご検討していただければと思います。
0トマス・ピンチョン的なニュアンスを感じた詩でした。アメリカのちょっと気の狂った小説の一節のような。この文体で物語を紡いでいって小説を作ったら、とっても面白いものになるのではないかと、思った次第です。 個人的には落ちそうで落ちない感じと言ったらよいのでしょうか、とても好みでした。
0白目巳之三郎さん、コメントありがとうございます。 トマス・ピンチョンは読んだことがないですね。 音楽はそれなりに聴くんですが、本は全然読まないもので、 良い機会だと思って検索したら、電子書籍が見当たらずちょっと残念でした。 白目さんの小説も面白そうですよね。 もし書けたらぜひ教えてください。
1おしゃれな構成と文章のスタイルですね!真似したいくらいですが、到底できそうにありません。笑 最初の段落?でこの作品に出てくる全てのモチーフが紹介され(除菌シート以外)、その後モチーフが絡む象徴的な一場面の連続で構成されています。段落の区切りが遡りながらも進む日付になっているのも意味深ですね。この日付は何があった日で、半年間のギャップとかに意味があるのか、妙に気になってしまいました。 日付と歴史と除菌シートのモチーフから「拾うか棄てるかのようで、日々の積み重なりである書く営み」というテーマを導く流れが秀逸です。2連目の「最近は、いくら書いてもひたすら文字を拾っているみたいにしか書けなかった~それでも、美しいゴミの掛け合わせを探してしまうのだから、ほんとうにバカみたいだよね。それでもわたしは、あなたの詩が好き。」の下り、そして4連目の「それでもひどく長いウェディングベールのように、自分の後ろを布がどこまでも続いていた。....そうしているうちに、この布が何で出来ているのかだんだん分かってきた。...わたしが選んで拾って、だけどふいに棄ててしまった、そういうものたちで織られた一枚の布だった。」が特に好きです。除菌、つまり消すことに半ば強迫的にこだわりながらも、除菌シートだったはずのものが、夢の中では消すことができない思い出の品でできたウェディングベールになってしまう。村上春樹の小説に出てくるような、興味深いシンボルですね。棄てられてしまう日々の中で必死に拾ってきた言葉で詩を書いていたけれど、そんなことをしなくても日々は積み重なっていることへの安心感と滅私性?を感じました。シンボルの使い方、勉強させてもらいました!
1ariel さん、こんにちは。 とても丁寧に読んでいただいて、とても恥ずかしくなってしまいました。 もっときちんと書けばよかった、そんなことを思いました。 ぼくは村上春樹がとても苦手で、 ねじまき鳥は2年、1Q84は1年ぐらいかけて読み終えました。 そしてそんな時間をかけて読み終えても、残念ながら面白いとは思えませんでした。 そして今は村上春樹を自らに取り込もうと模写している段階です。 彼のように文章はまったく上手くありませんが、 シンボリックで心理的な何かを描けるように精進していきたいです。 お読みいただき、どうもありがとうございました。
1こんばんは、運営のafterglowです。ご指摘のバグに関してですが、後日修正致しますのでお時間をください。宜しくお願い致します。
0afterglowさん、こんにちは。 わざわざご連絡ありがとうございます。 この作品に関して自分自身まったく気に入っていませんので、急いで修正する必要はありませんよ。 こんな暑いなか作業をするのも大変でしょうし、世の中はお盆休みです。 ぼくは今からアイスクリームを食べてぼーっとする予定です。 afterglowさんも是非ゆっくりお過ごしください。
0こんばんは、運営のafterglowです。 先日こちらへ伺った時は、はもさんだったと思うのですが、返信を見たら、らっこさんで、今日こちらに来てみたら、ぽっぽさんになっていました(驚) ぼくはあなたをどの名前でお呼びしたらいいのか戸惑いました。頻繁にアカウント名が変わるとわかりにくいので、どれか一つに固定して頂けますと助かります。 宜しくお願いします。
0afterglowさん、こんにちは。 ころころ名前を変えてしまって申し訳ないです。 これからはパワフルぽっぽとして生きていきます。
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