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心中電話
最近、深夜になると心臓がドクドクドク!…ドクドクドク!…と鼓動を打つようになった。 それは近くに置いている携帯電話のバイブレーションと連動していた。 電話を掛けて来ている相手は私自身である。 最初の頃はそれを無視して左胸をグッと抑え、鼓動が鳴り止むのを待った。 そうしているうちに、いつの間にか寝てしまい、静かに朝を迎える。 着信履歴を確認すると、電話が鳴っていた履歴は残っておらず 私は勤め先が繁忙期という事もあり、ノイローゼになったのではないかと思い 心療内科を受診し、睡眠薬と安定剤をもらう生活をしていた。 しかし、何時も薬を飲んで寝ようとする度に私自身からの着信が鳴る。 私自身だから全てを把握されてしまっているのだろう。 とうとう、私は我慢する事に耐えられなくなり電話に出た。 「あなた、私の名前を名乗って毎晩着信を寄越して来るけど!いったい誰だ!」 散々着信を寄越して来ていたのに怖気づいたのか、嫌がらせなのか、終始無言だった。 私は電話の向こうにいる私自身に意識を集中したが、環境音も無く、呼吸音も感じなかった。 何となくではあるが、向こうに気配があるのを感じたので私は、罵詈雑言を浴びせた。 「迷惑だ!もう掛けて来るな!」電話の向こうの私自身は反論する事もなく 黙ってその全てを聞き入れた。 こんな生活を毎日、毎晩繰り返していると ゴミ捨て場で隣の部屋に住んでいる大学生から声を掛けられた。 「どうしたんスカ?なんか最近、怒鳴り声が聞こえているんスケド?」 心配をしてくれているが、迷惑もしているという表情と声だった。 「聞こえてしまっていたか…大変申し訳ない。ちょっと最近うなされてしまっていてね…。」 「なんスカ?もしかして相手でも出来たんスカ?」とニヤついた顔で聞いて来た。 「別にそんなんじゃないよ。仕事で忙しいだけだと思う。」と言った時に、何かが引っ掛かった。 これが何なのか分からないまま、大学生にはなるべく静かにする様に努力すると伝え 私はパンパンに詰まったゴミ袋をドスンと置いて出勤した。 いつもは今晩も来るのかとうんざりしていたが 今日は不思議と待ち遠しい気持ちだ。 だが、早く寝るつもりはサラサラない。 普段通りお酒を飲みながらテレビを見て、湯舟にジックリと浸かり そして、次の日を迎えようとする前に敷きっぱなしの布団の中に入った。 ドクドクドク!…ドクドクドク!…と心臓が携帯のバイブと連動して鳴り出した。 いつもだと怒ってばかりだが、大学生から注意されたのもあるし 罵詈雑言を浴びせるにしても、もう私には語彙が残されていなかった。 「あの、いつも俺に電話を掛けて来てくれるけど、あなたは…私なのか?」 静かに、落ち着いた声で、私は電話先の私自身とやらに話し掛けた。 電話の向こうにいる私自身は、何の反応も起こしてはくれなかった。 私は正体を知りたくて、幾つかの質問を繰り返した。 「私の身長は何センチか知っているか?私の勤めている職業を知っているか?」 だけど、うんともすんとも言わないし、ゴソゴソと動く音すら聞こえなかった。 それでも感じる向こう側の気配に私は質問をし続けた。 だが、何も起こらないので「今日はもう寝るとするよ…。おやすみ。」と着信を切った。 その日、私は夢を見た。若い女が水に浸かった花畑に立っている。 そして、身体を金魚に変えて深い森の方へと泳いでいく夢だ。 目覚めた私は、これで何なのか分かったような気がした。 今すぐにでも答えが欲しい私は、家に着くと直ぐに布団の中に入った。 そしていつもみたいに携帯が鳴り、心臓が鳴り出した。 「今日も話したい事があるんだ。実は私、最近すっかり忘れていたけど。あなたと生きているんだった。」 「もしかして、____さん?」すると、頷くように心臓がドクンと鳴った。 私は若い時に重い心臓病を患っていた。何も出来ず、病室の天井を眺めて死ぬことばかりを考えていた。 そんなある日、心臓の提供者が現れたのだ。その人は___で年齢は_歳。名前は____。 出掛けた先で交通事故に遭い、不幸にも亡くなってしまった。 だけどそれで私はドナーを受けることが出来て、今もこうして生きている事が出来ている。 当時の私は貰った命を大事にしよう。生きられなかった分、生かされた自分がしっかり生きよう。 そう思って生きて来た筈なのに、いつの間にかあなたの存在を忘れてしまって生きてしまった。 「申し訳ない…忘れてはいけないのに…粗末に生きてしまって…。」と私は涙を流し謝った。 すると電話の向こうから微かに声が聞こえた。私は意識の全てを受話器に集中させた。 「それ…で…いい…の…私…は、あな…たの…中…から…もう…いなく…なるの…」 「待ってくれ、行かないでくれ!もう一度、一緒に生きて!」 「このまま…あなただけの…人生を…生きて…私は…もう…_________________。」 「待ってくれ!行かないで…」そこで私の意識は途絶えて、朝になっていた。 その日から電話が鳴る事はなくなった。 こんな出来事があったのに、次第に私はその事を忘れていき 最期まで思い出す事は無かった。
心中電話 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1921.4
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 17
作成日時 2020-05-01
コメント日時 2020-05-11
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 3 | 3 |
エンタメ | 3 | 3 |
技巧 | 5 | 5 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 4 | 4 |
総合ポイント | 17 | 17 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1.5 | 1.5 |
エンタメ | 1.5 | 1.5 |
技巧 | 2.5 | 2.5 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 2 |
総合 | 8.5 | 8.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
お読み頂きありがとうございます。 確かに表示されてないですが 受けた側も提供側も 年齢も性別もバラバラだから 詩に繋がり感を出してるのに 繋がりはドナーってテーマだけかい!ってなると思います。 妥協したとかではないですが 書いてるときに気付けなかったので このような展開を書きたい時には気を付けたいと思います。
0バカなコメントですみません。 冷静に内容を考えたらホラーで怖かったです。 明るい時間帯に読んで良かったです笑
0お読みいただきありがとうございます。 別にライトなコメントでも私は嬉しいですよ。 なんか、ほん怖って番組の最後にやるような話だなぁと我ながら思ったりしています。
0心臓のドナー提供という伏線は文章冒頭からしっかり書かれていて、非常に丁寧に物語を構築されている印象を受けました。「私自身」からの電話、という非現実性の高い話の展開であるにも関わらず、主人公の反応や生活感が読者の距離と非常に近い位置に存在していますので、読者をストーリー展開へ引きずり込む力に溢れているように感じます。 >粗末に生きてしまって…。 少し気になったのは、「粗末さ」を涙して謝る展開でありながら、粗末さを表す描写がはっきりと表れていない点です。「ゴミ袋」や「出しっぱなしの布団」から、「恐らく自堕落な生活が内在しているのだろう」ということは読み取れるのですが、それを「粗末」と言い切れるほどではなく、また「仕事に打ち込む」ことも決して粗末な生き方とは言い切れないことから、引用箇所の力が今一つ弱いと考えます。 >最期まで思い出す事は無かった。 他方で、本作の最も優れている点としては、結局この出来事を主人公が忘れてしまう点と考えます。忘れてしまう、それは最後に心臓の意識が消滅し、主人公と一体になったことに起因するのかもしれませんが、少なくとも記憶には留まるであろうことが想像される出来事でありながら「忘れてしまう」という儚さは予想外であり、行間を考えさせる力があり、つまるところ本作は「詩的センス」が多分に含まれた作品であると考えます。
0お読みいただきありがとうございます。 粗末の部分は、あなたの心臓があっての私の人生なのに ありがたみを感じないで生きてしまったって意味ですが もうちょっと粗末の部分の補強 または粗末って表現を変える必要があったとご指摘されて思いました。 最期の部分は記憶からも消えて 完全な主人公の人生になったみたいなのを出したくて書きました。 この終わりはどうなのだろうと迷っていましたが 入れて良かったなと想えました。
0最初の三行まで読んだところで、これ絶対面白いから最後まで読もうと決心するぐらい引き込まれました。長い物語に対する「今北産業」になっていて、内容の要約がイメージの広がりとともに書かれていて引き込まれます。ここまでくるとお話のオチ自体はもはや意外性があるものではなかったのですが、最終連、何もかもが一瞬で過ぎ去って死んじゃったところで、うまく言えないですが、ああ、これは詩だな、と思いました。
0よく考えると「しんじゅう」と「しんちゅう」もしゃれてて面白いタイトルです(よく考えなくても気が付くべきでした)
0この作品は曖昧で好きです。詩と小説の境界線をさらに歪まして欲しいです。
0読んでいただいてありがとうございます。 長いのは私も苦手です。あ、長いわ…ってなって作品から離れる事も多いですし この長さも私は書きなれていないから、取り組みながらもうわぁ~辛いってなったりします。 色々と不慣れな取り組みでしたが、いすきさんには読ますことが出来たみたいで嬉しく思います。
0そうです。 しんじゅうとしんちゅうを組み合わせています。 心配停止もそうです。
0読んでいただいてありがとうございます。 よくポエムと詩、詩と小説というハッキリとした区切りがあって その中間は良くない、出来損ないと言われたりすることがありますが 私はそれが新ジャンルとして存在しても良いと思います。 中途半端じゃなくて、中途半端ねぇものが産み出せたらと思います。
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