『静の嘆き(短歌十二首)』
同窓の会終へぬべし羞ぢながら彼奴と写るレンズ諾ふ
どうそうのかいをへぬべしはぢながらあいつとうつるレンズうべなふ
星々の夜空の際を行くあひだ緩慢なれど厭かず見る者
ほしぼしのよぞらのきはをゆくあひだかんまんなれどあかずみるもの
明日オープン未だ買はれぬ品々にスーパーマーケット明か明かと
あすオープンいまだかはれぬしなじなにスーパーマーケットあかあかと
草のなか芽吹くくらいの佇まひ捨て置かれたる白き自転車
くさのなかめぶくくらいのたたずまひすておかれたるしろきじてんしゃ
広場にて発泡スチロールのごと舞ひ迷はされ人とぶつかる
ひろばにてはっぽうスチロールのごとまひまよはされひととぶつかる
軽トラの狭き荷台に差す朝日うるはしきまま載せて発車す
けいトラのせまきにだいにさすあさひうるはしきままのせてはっしゃす
手に熱きスマホ時計に裏切りと秘密抱ける我を計らる
てにあつきスマホどけいにうらぎりとひみついだけるわれをはからる
玄関も通用口もなきごとき汝が心の指にささくれ
げんかんもつうようぐちもなきごときなれがこころのゆびにささくれ
情けなき水分の生ありと見ゆ熱き眸に眼鏡くもりて
なさけなきすいぶんのしゃうありとみゆあつきひとみにめがねくもりて
借り手待つ貸し会議室の窓見つ真なきやうで借りたくはなし
かりてまつかしかいぎしつのまどみつしんなきやうでかりたくはなし
砂時計よもしも汝に耳あらば静の嘆きもすべて落ちまし
すなどけいよもしもなむぢにみみあらばせいのなげきもすべておちまし
かりそめに事実薄くて文字を成す歌にならずとまたおどろかる
かりそめにじじつうすくてもじをなすうたにならずとまたおどろかる
散文詩『ロマンチシストの陳述』
目覚めたての筋肉で朝露の沈黙を踏んで歩むうちに私は思うのでした ああ夜にも雲は流れて星々をのぞかせたり隠したりしていたのだと そして今は生まれたての陽の輝きが雲を裂いて私の行く道を照らしているのでした 私の瞼はまだ夢幻の力から完全には解かれていないままでしたが 余所の人の家の壁の影は紛れもなく四角形でした 夜眠っているうちにも夢の中で私は被告人への恩愛と怨恨との混淆にさいなまれ 快と不快 幸と不幸の間を行き来したのでした ちょうど雲の流れの向こうに輝き続ける星々が姿を見せたり隠されたりするように…… 被告人への恩愛が輝き続ける真実であっても しかしこの世にある限り私は雲の妨げのこちら側に生きるしかありません 被告人への怨恨を拭う術は 現世にあってはもうこの法廷に求めるより他になかったのです 私はロマンチシストでありましょうか いやそうでないのか 私にはもう分かりませんが 私はただ真実 星々の輝きのような真実によって生きたいのです その真実の発現をここに願い出た次第です
随筆『僕と或る女性』
文学部は一年は一般教養で二年から専門を選ぶことになっていた。それで、一年の時に知り合った或る女性が自分が二年からの専門に美学を選んだ理由について言った言葉を今も僕は忘れられない。「美学って何だろうと思って選んだの」と、彼女は言った。僕は新奇なことを聞いた気がした。僕はドイツ文学だったが、それは高校生の時にすでに決めていたことだった。志望を変えることには無理があった。しかるに彼女の場合、前もって志望する専門を決めないで文学部に入り、上に引いたような理由で専門を選んだのであった。僕にはどこか浅薄で無謀なことに思えた。だがそんな彼女は美人で友人も多く心身は大いに健康の輝きを放っているようであったし、一年間、留学もした。きっと僕なんかより一般教養も専門もはるかに優秀な成績で修め、就職難などものともせずに卒業したに違いない。あの頃は彼女の語った例の言葉を不審がっただけの僕であったが、今になって思い出すと、彼女の適応能力と実際的能力の高さを思い、頭が上がらないような気さえ覚えるのである。「現実見ろよ」「大人になれよ」と、僕が自分に言い聞かせる時に頭に浮かぶエピソードである。
作品データ
コメント数 : 3
P V 数 : 1547.3
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 23
作成日時 2020-03-01
コメント日時 2020-04-20
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 5 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 5 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 4 | 0 |
音韻 | 5 | 0 |
構成 | 4 | 0 |
総合ポイント | 23 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 5 | 5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 4 | 4 |
音韻 | 5 | 5 |
構成 | 4 | 4 |
総合 | 23 | 23 |
閲覧指数:1547.3
2024/11/21 22時57分40秒現在
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スクロールできなかったので9首ばかり読んだのですが、文語定型ですね。彼奴(あいつ)とか汝(なれ)とか諾(うべな)ふなど、抱(いだ)けるなど、古風な中にも、スマホ、スーパーマーケット、発泡スチロール、眼鏡、レンズと言った最近の単語が確かな位置を占めていると思いました。
0お読み下さりありがとうございます。 スクロールできませんでしたか…… でもお読み下さった九首の中に、一首でもまあまあ良いと思われるものがあったなら、私はうれしいです。 古語と現代語をミックスするのに苦心しました。 こういうものを今さら書くことは、現代詩を目指すという趣旨には遠いとは私も思いますが、考えるよりも先に手が出てしまいました。あんまり新しいものではないかなと思います。でも、日本語の奥深さを忘れないためにも、このような形で伝えていくことには意味はあるかと思います。
0全体的に懐かしい感じの、しみじみとした一連で好きです。 草のなか芽吹くくらいの佇まひ捨て置かれたる白き自転車 は、自転車がまるで芽吹くかのような佇まいだ、という意味でしょうか。 だとすると「くらい」は「くらゐ」と書くのが正しいと思います。 この歌のもつ詩情に最も惹かれただけに、残念でした。 文語で通すなら、「芽吹くほどなる佇まひ」でもよかったかもしれません。 私自身、ふだんから文語旧仮名遣いをベースに短歌を書いていますので、ビーレビでこのような 作品に出会えたことは喜びでした。 ありがとうございます。
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