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傘の来歴
よく晴れた日だった。 巻かれた雨傘の柄を握り、そして放した。 傘の来歴を思えば、黒ずんだ時の細流が 過去からいくつもの筋を引いている。 光る。明るい。光らない。暗い。 ものの様態と人の有りようが 時系列の中で形を変えながら 有為転変の震えを掌に伝えて やまない。 傘に貼る布の太縞模様に 紅色があり縹があり薄紫や黄色があった。 生成と製造と流通と販売、買い入れと消費。 それぞれの来歴を 春夏秋冬の光と影が裏付ける。 手から手へと渡る傘。 その手からこの手へと移るとき 一一〇センチの全長が人と人の間を転回し 縦横の位置を入れ替えながら 所有と非所有をリズムよく波立たせ 寄せては引く汀の音律。 (いかがですか)(ああ、いい具合だね) 溢れてやまぬ日の光の中で 傘の影と手の影が重なり、そして離れていくのを見た。 この一連をひとつの羽虫も見ていた。 (それから飛び立ち、しばらくの間浮いていた) 傘は自らの存在を感知しない 傘にとって傘はいつでも所在不明である 傘の来歴を認知する客体がない限り 傘の主体は無明の闇を漂う未完成の概念であり続ける 傘は今、ショッピングセンターの自動販売機の陰に倒れ込んでいる 誰もそのことを知らない 光る。明るい。光らない。暗い。 昨夜の雨は降り終えた。 降るべきものはみな降った。 ここで、ここから遙かな海上で、あらゆる水が穏やかに気化し昇天している。
傘の来歴 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1315.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 5
作成日時 2020-01-23
コメント日時 2020-01-26
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 3 | 3 |
総合ポイント | 5 | 5 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1.5 | 1.5 |
総合 | 2.5 | 2.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
とてもリズミカルで心地よい詩ですね。 緩急というか、stop &goが巧みというか。 さらに、 光る。明るい。光らない。暗い。 で、傘の移ろいをうまい具合にサンドイッチした後、 昨夜の雨は降り終えた。 降るべきものはみな降った でブレーキをかけ、 最後の二行で一気に解放し、傘に存在を期待させる。 読みの響きからも、言葉の意味からもリズムや移ろいを感じさせ、二重の意味が重なり、また心地よさが増す、そんな詩でした。
0奥間空さん、コメントありがとうございました。 リズムや響きに注目してくださって、心地よさを感じて頂けたとのこと。幸いです。 過剰な自意識の表明を避けて、自意識というものが形作られる前の感受性をミクロな次元で書こうとしたらこうなりました。 人の意識の内実は価値的には均等な、同質的なものの展開だと思うので、その穏やかな日常も、言葉と意味のリズムにさえ注目すれば詩になるのかな、と思えます。
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