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青い空(と白い雲)
こんなに晴れた空なのに 泣きそうになるのはなぜだろう 無限に広がるあの青さに 自分の行く末を重ねているから? 公園で逆上りする幼い子ども 手のひらを舐めるときっと鉄の味 あの子の瞳に映る景色は 僕と同じ でも同じじゃない あぁ いつまでも この空を眺めていたい そしてできることならば このまま吸い込まれて消えてしまいたい いつか君がくれた青いハンカチ 鳥のマークが可愛かったな 誰もいない街のビルの屋上で 昼間の満月を必死に探している 大きな宇宙の真ん中には きっと神様がいるのかな メロンソーダに入っている 赤いさくらんぼを食べるのをためらう あぁ 少しずつ 大切なものがちぎれていく 淡い夢の中を漂いながら この想いをただ守りたい
青い空(と白い雲) ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1313.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2019-10-20
コメント日時 2019-10-21
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
惜しい気がしました。詩という長い歴史の中で使い古された詩句がたくさんあり、その既視感が目についてしまいました。例えば「空を見てナイーブになる、または自己の卑小さを感じる」ことは結構一般的に使われるモチーフであったりします。かつその定義した卑小な主人公の躍動が今一つ足りない印象でした。例えば >無限に広がるあの青さに 自分の行く末を重ねているから? ここで分かることは「主人公の行く末が暗礁に乗り上げて泣きそうになっている」ことであるのですが、行く末を示唆する文面は以後登場していません。総合して薄い印象があり、もっと肉付けできる箇所がたくさんある気がします。 他方、メロンソーダのくだりや青いハンカチと青い空の色彩の統一は魅力的に感じました。色んな作品を読んで技術向上に努めてくださればもっと良くなる気がします。
0なんだろう、不思議な読後感。ベタベタにセンチメンタルなのに、なんだかすごい無色透明。サランラップみたいだ。全然味がしない。青臭い臭いさえしない。 もう一つ不思議なのは、各連での語り手のいる場所がバラバラなこと。1連目からすると語り手は外にいて、空を眺めている。2連目ではそれを引き継いで、公園にいる語り手が思い浮かぶ。で、3連目でまた空をみて感傷に浸る。ところまでは自然。だが、4連目にいくと今度はいきなりビルの屋上。そして次の5連目ではさくらんぼの入ったメロンソーダを飲んでいる。普通、さくらんぼの入ったメロンソーダは喫茶店の中で飲むもので屋上では飲まない。屋上で飲むのは缶、ペットボトル、あるいは瓶にはいったメロンソーダで普通それらには赤いさくらんぼは入っていない。入っているとしてもそれはコーンポタージュに入っているコーンみたいなものだろう。どちらにせよ、普通に読むとイメージは一気に喫茶店のなかに飛ばされる。 というふうに、場面が繋がっているようでいて見事にバラバラなのだ。だから途中で3回くらい瞬間移動を経験する。ダダ漏れになっているセンチメンタルの青臭さを嗅いでいる暇なく、次から次へとトランスポートされてなんだか目まぐるしい。 となると最終連の >淡い夢の中を漂いながら この想いをただ守りたい は本当に睡眠時の夢のことなのかもしれない。とすると、直前の >あぁ 少しずつ 大切なものがちぎれていく は目覚める過程を指しているとも取れる。あるいは1連目に「自分の行く末」とあるのは語り手が生死の境目をさまよっていて、何か走馬灯のようなものをみているのか。だとするとこのサランラップのような読後感も納得がゆく。要するに意識が朦朧としているのだ。 などと、深読みすると結構面白く読めなくもない。
0>「ふじりゅう」さん 丁寧なコメント・ご意見、本当にありがとうございます。 なんの知識も経験もなく、思いつきで書いた詩のようなもの?に、これほど貴重なコメントをいただけて、大変感激しております。 >惜しい気がしました。詩という長い歴史の中で使い古された詩句がたくさんあり、その既視感が目についてしまいました。例えば「空を見てナイーブになる、または自己の卑小さを感じる」ことは結構一般的に使われるモチーフであったりします。かつその定義した卑小な主人公の躍動が今一つ足りない印象でした。例えば >無限に広がるあの青さに 自分の行く末を重ねているから? ここで分かることは「主人公の行く末が暗礁に乗り上げて泣きそうになっている」ことであるのですが、行く末を示唆する文面は以後登場していません。総合して薄い印象があり、もっと肉付けできる箇所がたくさんある気がします。 →なるほどです。思いついたままを20分程度で書き上げただけなので、もっと推敲の余地がありそうですね。 >他方、メロンソーダのくだりや青いハンカチと青い空の色彩の統一は魅力的に感じました。色んな作品を読んで技術向上に努めてくださればもっと良くなる気がします。 →ありがとうございます。この手法も安易だとは思いますが、お褒めいただけて光栄です。他の作品もほとんど読んだことがないので、初心者でも読みやすいおすすめの詩・作者がいたら教えていただけるとありがたいです。
0>「survof」さん 丁寧なコメント・ご意見、本当にありがとうございます。 なんの知識も経験もなく、思いつきで書いた詩のようなもの?に、これほど貴重なコメントをいただけて、大変感激しております。 なんだろう、不思議な読後感。ベタベタにセンチメンタルなのに、なんだかすごい無色透明。サランラップみたいだ。全然味がしない。青臭い臭いさえしない。 →深みがないからかもしれません(笑)サランラップ、いい表現ですね。 もう一つ不思議なのは、各連での語り手のいる場所がバラバラなこと。1連目か らすると語り手は外にいて、空を眺めている。2連目ではそれを引き継いで、公 園にいる語り手が思い浮かぶ。で、3連目でまた空をみて感傷に浸る。ところま では自然。だが、4連目にいくと今度はいきなりビルの屋上。そして次の5連目 ではさくらんぼの入ったメロンソーダを飲んでいる。普通、さくらんぼの入った メロンソーダは喫茶店の中で飲むもので屋上では飲まない。屋上で飲むのは缶、 ペットボトル、あるいは瓶にはいったメロンソーダで普通それらには赤いさくら んぼは入っていない。入っているとしてもそれはコーンポタージュに入っている コーンみたいなものだろう。どちらにせよ、普通に読むとイメージは一気に喫茶 店のなかに飛ばされる。 というふうに、場面が繋がっているようでいて見事にバラバラなのだ。だから途中で3回くらい瞬間移動を経験する。ダダ漏れになっているセンチメンタルの青臭さを嗅いでいる暇なく、次から次へとトランスポートされてなんだか目まぐるしい。 →正直、全体の物語の繋がりはあまり意識していなくて、使いたいフレーズや場面をつなげただけ、だったりします。 でも、そうなると、読み手からすると、???となる部分が多くて困りますよね。 となると最終連の >淡い夢の中を漂いながら この想いをただ守りたい は本当に睡眠時の夢のことなのかもしれない。とすると、直前の >あぁ 少しずつ 大切なものがちぎれていく は目覚める過程を指しているとも取れる。あるいは1連目に「自分の行く末」とあるのは語り手が生死の境目をさまよっていて、何か走馬灯のようなものをみているのか。だとするとこのサランラップのような読後感も納得がゆく。要するに意識が朦朧としているのだ。 などと、深読みすると結構面白く読めなくもない。 →正直上記のような想定はまったく考えていなかったのですが、作者の意図に限 定されず、読み手によっていろんな意味が生まれてくる、ことも詩の良さなので しょうか。
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