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神様のシュークリームのはなし
「神様が作ったシュークリームは、この世のものとは思えないくらい本当に美味しい」と言っていたのは、最近政治にも介入し出した新興宗教の代表が口にした台詞で、そんな存在しないものについて話をして、何の意味があるのかなと思った記憶がある。目に見えないことについて話すのはとても難しい。ましてや、人から人へそれが伝えられるとき、どこかで色がつき、いらぬヒレがつけられ、謎の生き物となってついには海へ帰るのだろう。今、目の前にはぺちゃんこに潰れたシュークリームがある。わたしが作ったものだ。神様のシュークリームって何だろう。作ることができるなら作ってみたいけど、わたしは神様じゃないから一生作れないに違いない。 今年、勤め先の洋菓子店で新商品のシュークリームを出した。まだ商品名が決まっていないときに、どんな名前がいいと思う? と店長に聞かれたので「わたしたちは、職業的関係や立場を認識し、いかなる事情の下でも同僚または関係者への精神的・身体的・性的いやがらせ等人格を傷つける行為をしてはならない」というのはどうですか? と言うと、とても良い名前だね、本当にその通りだ。それはもちろん遵守しなければいけないことだけど、僕は「神様のシュークリーム」にしようかと思っている、という返事が返ってきた。店長は今度出すシュークリームをどういう気持ちで作り、どんな商品にしたいと思っているのだろう。 先日、常連客の金子さんから「正義」が足りないとクレームがあった。うちのシュークリームは「正義」が入っていることが自慢で、シューにクリームを入れ終わったあと、必ず右手と左手を合わせて、手を三回叩く。そうすることで「正義」が入るそうだ。金子さんが言うには〝いつもとは違って本当に美味しくなかった。「正義」が入っているとは到底思えない″ということだった。「正義」を入れることができるのは店長だけで、さらにスタッフはその日試食をしていなかったため、本当のことは何もわからなかった。すると店長は「あのお客さんは在日朝鮮人なんですよね。」と言いながら、ため息をついた。 次の日以降、常連さん以外からもシュークリームに対してのクレームが入るようになった。それでもわたしは店長が「正義」を入れていないとは思えなかった。店長はなかなかシューが膨らまなかった新人のわたしを、根気強く励ましてくれるような人だったからだ。さらに、クレームを言ってくる人はなぜか在日朝鮮人が多いらしいという噂も聞いた。そんな中、先輩の佐々木さんがもう「正義」を入れるのはやめて、「コンプライアンス」を入れたほうが良いのではないかと提案した。なぜならわたしたちには一切悪意はなく、何ら法律に違反していないのだから、それをクリームに込めた方が良いのではないかということだった。 あくまでクリームについては店長の問題だったので、わたしはいつも通り「コンプライアンス」入りのシュークリームを販売することに努めた。そのうち事は収まるかと思ったのだけれど、5ちゃんねるでもお店の悪評が書かれるようになっていた。それはあること無いことめちゃくちゃで、見ていてとても悲しい気持ちになる内容だった。ある日、後輩の吉田さんが店長に呼び出され、「5ちゃんねるに書き込んだのはあなたですか?」と質問されていた。店長とスタッフの信頼関係にまでヒビが入っていることは分かったが、これはわたしの問題ではなかったので何も言うことはできなかった。次の日、吉田さんは退職した。厨房には手紙が置いてあった。 ※ 皆様へ このたびは、突然辞職する運びになり、大変申し訳ありませんでした。仕事に穴を開けるのは非常に無責任だと思いましたが、もうこれ以上、厨房に立ち続けることはできませんでした。 私たちが販売していたのは、「神様のシュークリーム」ではなく「人間が作ったシュークリーム」でした。もしかしたら皆さんはそんなこと初めから分かっていて、わたしだけ必死で神様のシュークリームを作ろうとしていたのかもしれません。 まず、妙な違和感を感じ始めたのは「コンプライアンス」をシューに入れた時です。それはまるで「わたしたちは悪くない」ということを必死に主張しているようでした。「悪意がない」ということは自ら主張することではなく、他者が判断することです。それはいかにも人間的で、あまりにも神様が行うこととはかけ離れていました。 さらに、わたしは在日朝鮮人がどういう人達なのか知りません。日本人とどう違うのか、具体的に何も分かっていません。それは店長や他のスタッフも同様なのではないでしょうか? わたしたちがしなければいけなかったことは、クレームの原因を「在日朝鮮人」ということに重きを置くのではなく、「わたしたちが販売したシュークリーム」が本当はどういう味だったのか、またそれを口にした金子さんがどういう気持ちになったのかを考え、意見をくれた方々が想像していた「神様のシュークリーム」とは一体何だったのか、追い求めることだったと思っています。 今、当店のシュークリームは誰もが口にできるお菓子でなくなってしまいました。食べた人がどういう気持ちになるかという配慮に欠けたスイーツは、商品として絶対に認めたくありません。今まで大変お世話になりました。皆様のご多幸とご健康をお祈りいたします。 ※ 手紙を読んだあと、辞めた人は好き勝手なことを言えて良い身分だなと思った。店長や他のスタッフも怒りを露わにしていたし、何より吉田さんはお店を含め、私たちのことを何一つ変えようともせずに辞めていったことがとても悲しかった。結局は、うちのお店のことなんてどうでも良かったのだ。 神様や正義、人種や病気のような、目に見えないことを言葉にすることは難しい。えいえんに形にできないそれを、わたしは何て名付け、思えばよいのだろうか。神様のシュークリームに自分がつけようとしていた名前を思い出す。もう絶対に私たちが真実を語ることができないとしたら、わたしに残されているのはみんなが聞きたがるような嘘をつくことだけだった。「店長も、常連さんも、同じ調理場を分かち合った同僚も、みんなみんな大好き。」と小さな声で言ったあと、自分で作ったぺしゃんこのシュークリームをほおばった。 人間の作ったシュークリームはこの上なくひどく甘ったるくて、自分のついた嘘ですらいつかは本当のことになるんじゃないか、と錯覚するほどだった。このまま手にヒレがつけば海にでも帰れるのに、と思ったけれど、五本もの指はきれいについており、何でも作れそうで、何も作れない形をしていた。
神様のシュークリームのはなし ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2328.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 74
作成日時 2019-09-23
コメント日時 2019-09-28
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 22 | 22 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 15 | 15 |
エンタメ | 21 | 21 |
技巧 | 8 | 8 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 8 | 8 |
総合ポイント | 74 | 74 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 3.1 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2.1 | 2 |
エンタメ | 3 | 3 |
技巧 | 1.1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1.1 | 0 |
総合 | 10.6 | 8 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
文章としてのレベルの高さは花緒さんのご指摘の通りだと思う。ただ、私にとってこの作品は、その読みやすさとは裏腹にハイコンテクスト(つまり文脈依存)すぎて、非常に「読みにくい」作品であると感じる。もし文脈がない作品であるなら、「言葉遊び」ならぬ「物語遊び」ではないか、とそんなことを考える。もし「物語遊び」であるならば「何かしらのテーマ」の臭いがしてしまっている時点で「物語遊び」としては私の好みではない。というよりもそれが臭ってしまっている時点で「物語遊び」として読む選択肢は自然と消滅してしまう。それゆえにやはり文脈依存なハイコンテクストな作品として扱わなければいけなくなるが、私はこの作品の臭いが放つ問題についてあまり深く考えたことがない。つまり非常に敷居が高い。もっとくだけた言い方をするならば、私はバカなので、正直意味がわからない。バカに寄り添った文体でバカを徹底的に拒絶しているという点において、この作品が持つ捩じくれた精神構造は個人的に非常に好みである。
0はじめまして。本当に個人的なコメントになるかもしれませんが、違ったらごめんなさい。 何回も読んでいくうちに、全ての人が「神様のシュークリーム」だ、と美味しく食べることは難しいことなのかなと感じました。 「お店の店員さん」を思い出します。相手を満足させるには、相手をよく見て、相手の気持ちになって接客する、それは店員自身のスキルなのかなと。店長が指示したから動くわけではない。 店長が何かしらの理由で、「正義」を入れなくなったことは、私たちのせいではない。せめて、コンプライアンスだけは遵守しようと、マニュアル化した接客は、「神様の作った」といえるほど満足できるものではない。 店長に恩があるほど、店長がおかしなことを言い出しても、「そんなわけない。」と信じてしまう。 など思いました。 以前いた会社で、企業理念を社員で泊まりがけで作ったことがありました。それは、自分達の思いや熱意を込めたものでした。 朝礼で、自分達が作った企業理念を皆で唱和する度に、みんな心から頑張ろうと思ったことを思い出します。 しかし、時代が流れて若い社員が入ってくる度に、その思いはだんだん薄れていきました。 自分達の思いって本当に大切だと思いました。そんなことを気づかされる詩でした。ありがとうございます。
0シュークリームの甘みで抱えている問題の答えを出さないのが好みです。社会風刺的要素もありますが、とても高い俯瞰の視点で描かれているので単純に作品を楽しめました
0はじめまして、私は シューの中にクリームを注入するという作業を仕事としていた時期のある読者です。社会的な含みのことをシュークリームに例えるという視点が素晴らしいです。魅力的な着眼をしておられるなあと、想いました。文章の全体も なかなか、納得性のある内容でした。 ただ、すこしだけ残念に感じた点があります。この物語の語り手のキャラクターや 登場人物のキャラクターが、もうすこし 引き立つ書き方があったのではないでしょうか? おもうに、第一連の文章に 問題があるように感じます。 第一連では、宗教を教える人の言っていた神様のシュークリームの例えから始まっています。シュークリームの教えはリアリティがあます。そして、{神様のシュークリーム}と、いう商品名も、キャッチィで 商品として 普通にあってもおかしくないと感じました。それに ひきかえ、語り手の提案した商品名って、商品名としてふさわしいの長さの言葉ではではないですよね。そんなことを やぶからぼうに店長に言う店員って、かなり性格悪くないですか?この書き方では、私の個人的な意見ですが、語り手に共感がもてなかったです。そして、それに対して店長が、「とても良い名前だね、本当にその通りだ。それはもちろん遵守しなければいけないことだけど、云々」って、有り得ないと思います。だって、商品名のプレートに書けない長さの名前は、まず つけないです。だから、普通の店の店長ならば「いや、君。寿限無じゃないだらね」などと言った内容の台詞で 店員を たしなめるのが普通ではないんでしょうか? もしも この詩が、店長が新興宗教のようなモノにはまっているキャラクター設定が示されていたものだとします。店員より先に「{神様のシュークリーム}って名前にしようと思うのだが、どう思うか?」と尋ねたあとで、店員である語り手が 例の長くて嫌味な商品名を提案したとしたら、お話の流れが 私にもスムーズに理解ができるのです。 もしそうだとしたら、語り手の性格は悪くはなくて、この店には なにかしらの問題があるようだ。私も感じたはずだと、思うんですよ。 私は、この詩で表現したかった内容自体には、魅力を感じました。しかし、物語の冒頭には 若干の難を感じたのが素直な感想です。長文のコメントになり失礼しました。
0花緒さん、こんばんは。 なるほど、花緒さんは吉田さんサイドから作品を読んだということですね。その目線だと確かにお店側に理念の欠落があったと読めるかもしれない。ただ、店側もネット上で悪口を言われたり、本当に正義が入っていたかどうかは作中書いていないんですよね。つまり、金子さんが悪かった可能性も十分ある。共感できる主人公を不在にしたのは、この作品のテーマが「偏見」だからです。 ただそこから、花緒さんの個人的なエピソードを引き出せたのは、ある程度作品として上手く機能していたのかなと感じています。 >ビーレビューというサイトに参画しようかなと思ったのは、いつも間にか神様がコンプライアンスという言葉に堕しているような不可逆な欺瞞の流れを文学極道というサイトに思ったからです。 当然ながらプラットフォームは運営している人によって方向性も変わってきます。確かに、文学極道にダーザインさんの理念が現在受け継がれているかどうかは正直わかりません。だからと言って、そこに神様がいなくなったかと言えば少し疑問があります。仮に文学極道が当初の役割を失ったとしても、また別の役割を担っていると思うんです。それはビーレビューにも言えることではないでしょうか。花緒さんもわたしも運営者ではなくただの参加者です。場を作っていくのは運営だけではありません。プラットフォームには、参加者が右手にたくさんの感謝と、左手に愛情を持った叱咤を、それ以上に推敲された良質な文章を両手いっぱいに投稿することが必要であると考えます。ただ、それを参加者がするにあたっては、魅力的なプラットフォームであるということが条件ですが。 survofさん、はじめまして。 ごめんなさい、survofさんの言っていることがよくわからなかったです。上記にも書いたのですが、この作品のテーマは偏見を取り扱ったものになり、それはどこでもありふれていることのように思います。ただsurvofさんがこのテーマに対して関心が持てなかったのは、わたしの力量不足だったのだなと感じています。次はぜひ関心のもてる内容を書こうと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
0つつみさん、はじめまして。 読んでくださってどうもありがとうございました。 まず、作品を読んだときに思うことって「誰しもが納得する的確なコメント」である必要ってまったくないと思っています。また、作者が思う意図通りに読者が読まなかったとしたら、それは単純に作者の力量不足だとも思います。ですので、つつみさんが個人的なコメントをくださることは本当に貴重なことですし、わたしが聞きたいのは個人的なことであるとここに記しておきます。 >何回も読んでいくうちに、全ての人が「神様のシュークリーム」だ、と美味しく食べることは難しいことなのかなと感じました。 つつみさんのおっしゃる通り、それが真理だと思います。だからこそ、神様のシュークリームを作りたい、と余計思ってしまうのですが、神様などこの世にいないことに気がついた今、どうすればいいのか、わたしにも分かっていません。またコメントをくださるような作品を書こうと思っています。どうもありがとうございました。 sunano radioさん、はじめまして。 作品読んでくださってどうもありがとうございます。 楽しんでいただけたようでよかったです。次回も楽しんでいただけるような作品を書けるよう、精進いたします。 るるりらさん、こんばんは。 作品読んでくださってどうもありがとうございました。 >それに ひきかえ、語り手の提案した商品名って、商品名としてふさわしいの長さの言葉ではではないですよね。そんなことを やぶからぼうに店長に言う店員って、かなり性格悪くないですか?この書き方では、私の個人的な意見ですが、語り手に共感がもてなかったです。 わたしの書きたかったところをきちんと拾っていただいてとてもうれしく思っております。この語り手に、読者にはなるべく共感させないようにしたかったからです。るるりらさんのおっしゃる通り、この語り手って、店長に嫌味も言うし、金子さんの話も聞かず、店の皆にも愛想をつかしており、自分では何もできない、無能な役割を担わせています。狙い通り読んでいただいたにも関わらず、腑に落ちないという風に感じさせてしまったところは書き手としての能力不足を感じております。真摯に読んでくださってありがとうございました。
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