雲に乗って - B-REVIEW
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ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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雲に乗って    

 無常と感情の戦いに打ち敗れたので、しばらく古着屋の主人は何も考えずにいた。空しさに取られた心も、動揺によって壊された人間性も自然とは復活しなかった。  僕はたまたま古着屋に通っていたので、必然と恋仲になった。恋人に恋人を紹介すると、必然と恋人とも恋仲になった。そんな感じで国ができて、五周年。その国でサミュは生まれてきた。  彼は雲に乗ることができた。だけど、性欲がなかった。日照りが続く日も、出航日和に不向きな日も、サミュのおかげで天気を操作できたのに、彼は礼の一切を拒んで不思議がられるようになった。サミュを愛していた皆、それがサミュなんだねと受け入れ、人によってはそれがサミュの性欲なんだと喜んだ。  サミュは中学生になって、出席番号が近かった恋人に訊いた。恋愛以外でうれしいことってなにがある? それはいっぱいあるよ。外国人は国民同士が恋人じゃないから「友達」っていうのがいるんだけど、僕もSNSでカレー研究の「友達」ができて、カルチャーショックじゃないけど、うれしいのに、恋愛のうれしいとは違うのかもって。「友達」の国ではありがとうって気持ちでセックスしないから、あ、ごめん。でもサミュみたいな人も多いよね。恋愛ってセックスだけじゃないし。まぁ、なんていうか僕にとっては愛してるだから恋愛ごとかもしれなかったね。でも外国だとこの気持ちは恋愛じゃないみたいだから、恋愛以外のこととも言えるんじゃない?  そう言って頭を撫でられる。この恋人はサミュの直毛が好きだった。  雲に乗っているとどうしても静電気が体に溜まってしまうからか、物心ついた頃には既にサミュの髪の毛はツンツンしていた。撫でられるのは、そんな自分の小さな悩みを包んでくれる愛だからうれしかった。昔は礼を拒むのも悩んでいた。それでも恋人に嘘をついてはいけないという教えだけは自然と心に根付いていて、それを守っていたから今もやさしい世界で生きていられるのだと思っていた。  たしかに人が言うように、自分の性欲が少し変わってるだけなのかな? そう考えながら、次の夏休みの短期留学、応募を出してみようかなとつぶやいて帰った。  初めての空港で、サミュはたった二週間なのにと思いながらも、恋人によって時間の感覚は様々だよなと思い直して、数回だけキスを許して出国した。雲に乗って行けばとか言われたけど、飛行機に乗ってみたかったからこれでよかった。  サミュは到着したら、母国のルーツでもある古着屋跡地に観光で案内してもらう予定でメールをもらっていた。恋人のいない世界がこの線を超えたらあるんだと思うと、さびしさとわくわくで胸がなんだかいっぱいだ。印刷したメールがくしゃりと音を立てて、自分の手に力が入っていたのに気が付いた。  機内のテレビが、海外の文化についての注意をしていた。世界的に見ても自分の国は変わっているというのは知識で知っていたけど、サミュは少し心配になった。  サミュが初めて恋人でない人に出会ったのは厳密には飛行機内だったのだけど、サミュは空港で待っていたステイ先の人たちをそう思った。彼らが初めての「友達」なんだ。それはなんだか恥ずかしくてうれしかった。  本当に静電気バンドを五つ付けてるんだね。第一声で茶目っ気たっぷりで微笑んできた高校生くらいに見える彼に、あぁ性欲が変わっててよかったなとサミュは早速考えていた。ありがとうと言う時、サミュなら指先で自然と鼻の頭をぽりぽりと掻ける。  彼と彼のお母さんの二人で迎えに来てくれていた。彼はいきなりキスされるかもと思っていたと車の中でサミュを茶化してきた。これが愛情表現じゃないなんてうれしい。この人たちのやさしさの原動力が恋愛でなく友情というものなのだと俄には信じられなくて、まだ緊張も半分していた。  最初は絶対ここにしてるんだ。お母さんがそう言うと車が止まった。サミュがぎこちなく会話しているあいだに古着屋跡地に到着して、三人は車を降りた。青空に雲も五つ。  古着屋って言うからもっとこじんまりしたのを想像してました……。こんなに広いなんて。いや、ここは国家建設と友好五周年を記念してつくられた平和公園だよ。跡地はあっち。  平和公園……。  その夜、夏の大三角が見たいという要望に応えて、サミュは雲に乗ってみせた。喜ぶ家族を見て、サミュの緩やかなカルチャーショックはやさしい気付きに変わった。  国家五十周年の頃、サミュは科学者として成功しながら、外交官としても活躍していた。サミュはそれでも、人間であることにこだわり続けていた。  ついぞ一度も射精をしなかった。  それでも僕をはじめ国民は皆、サミュを愛し続けていた。  この国の平和公園には銅像が多すぎる。


雲に乗って ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 3
P V 数 : 1328.7
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 6

作成日時 2019-02-05
コメント日時 2019-03-07
項目全期間(2025/04/16現在)投稿後10日間
叙情性33
前衛性00
可読性11
エンタメ11
技巧00
音韻00
構成11
総合ポイント66
 平均値  中央値 
叙情性33
前衛性00
可読性11
 エンタメ11
技巧00
音韻00
構成11
総合66
閲覧指数:1328.7
2025/04/16 19時19分49秒現在
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    作品に書かれた推薦文

雲に乗って コメントセクション

コメント数(3)
かるべまさひろ
(2019-02-28)

沙一様 コメントをありがとうございます。 「不思議な読後感」 僕も友人もこの詩を読んだあと、また今までと違う不思議なものを書いたね、と感想が合いました。 この読後感は、味覚のようにうまく言葉にまだなっていません。 人のピュアな部分だけで性欲を描きたかったのが出発だったのですが、 結果的に言葉の意味量に対して、言外の意味量が深くなったかな、と感じています。 ありがとうございます。

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エイクピア
(2019-02-28)

サミュとの友情でしょうか。雲に乗れるサミュ。世俗的にも成功している。僕とサミュとの友情。古着屋の主人、古着屋の跡地。サミュを取り巻く人が魅力的に思えました。

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かるべまさひろ
(2019-03-07)

エイクピア様 コメントをありがとうございます。 優しい人に囲まれて生きていくことも、また可能なのだと感じて、優しさのかたまりで書きました。魅力的な人に、実際囲まれている気もします。ありがとうございます。 ◆◇◆◇◆ 鈴木 海飛様 コメントをありがとうございます。 名前の呼び間違いは、直近の過ごす時間が濃い人がいたらよく、それはもうよく間違えます。 サミュは確かにどちらの帰属でもないと思います。ただその中に自分の場所をうまく見つけた、あるいは、つくらざるを得なかった。 ポジティブでもネガティブでもなく、ただそのように生きてるのかもと読んでて思いました。 人類が皆、銅像にならないことを、揶揄ではなく、何かの寂しさと強さで示したくなって最後はふと、こうなりました。 サミュはきっと銅像になるんですけど、サミュは雲に乗ってると思います。 素直にうれしいです。 ありがとうございます。

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