別枠表示
なきむし
頭が取れたアシナガバチ 蜘蛛の糸くらいの細い線だけが胴体とくっついていた状態で必死にもがいている もがいては体がひっくり返りを繰り返し その度に糸は捻れて 死を嗅ぎつけた一匹の小さな小さなアリが ハチの体にまとわりついた ハチは必死にもがいて払いのける すでに首は千切れていると言っていい 胴体から頭まで一センチくらい 透明な線が伸びている 払いのけたアリがまた体についてくる その度に激しく暴れる 重たい扉のアゴ この状態でまだ生きてる 最後まで抵抗した 権力なんて好きなだけ批判しろ この国で殺されることはないから 誰も俺の欲望を望んでいない 本当は自分の孤独に怒り狂っている FMラジオ独特の低音から 虫のついたわらいが鳴り響く
なきむし ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 875.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-05-03
コメント日時 2017-06-04
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
「誰も俺の欲望を望んでいない 本当は自分の孤独に怒り狂っている」 頭が取れかかっているハチ、考えることが失われようとしている、或は放棄してしまおうかと思っている。 蜘蛛の糸は芥川龍之介の小説を想起します。 「重たい扉のアゴ」扉という表現が面白いなと思いました。最後までこの重たい扉の前で格闘した、それは伝えることの困難さでしょうか。 権力を前にして、虫けらのような自分の存在、そこへ死ぬのを待つ自分よりさらに小さな虫、そして本音を吐き出したら虫のついた笑いが返ってきた。 タイトル「なきむし」に現状打破をしなければという思いが少しだけ滲みます。
0写実的な連から、その前段を隠喩として、ストレートなアジテーション。勉強になりました。二作目の投稿有難う御座います。
0読み返してみてこんな見方もできるかなということを思いついたので書かせていただきます。 頭は体に救いを、体は頭に救いを求めている人間の有り様といいましょうか、細い蜘蛛の糸は救いをイメージすると思うのです。 聖と俗は表裏一体であって切り離せないものである、両方背負って生きていく訳ですね。 何にせよ最初のレスがあまりに狭い視野での書き方でしたので、付け加えさせていただきました。 あと最初のレスで抜き出した箇所、これはすべての世代に突き刺さる言葉だと思います。
0という状態、とか、と言っていい、というような叙述は・・・クールな、客観的な叙述である、という感覚を与えたいのかな、と思ったのですが・・・言い切り、断定の形にした方が、臨場感が出るかもしれない、と思いました。 後半の展開が面白いのですが、いささかストレート過ぎるかな、という印象もあります。
0上記のレスはまりもです
0みなさま、丁寧なコメントをしていただいて、本当にありがとうございます。 たいへん勉強になり、また癒しをいただいております。 自分としては「鳴り響く」はいらなかったと思っています。
0再読して、なきむし(泣き虫)と、〈虫のついたわらい〉虫のついた笑い、の対応を発見。虫は無視でもある・・・ 初読の時は、後半が急展開過ぎる、と感じたのですが、いつまでたっても延命していて、どれほど国民が騒いでも生き延びているA政権こそ、アシナガバチなんではないか。そのしぶとさを、怒りを込めて笑う、社会風刺の詩なのではないか、という気がしてきました。
0頭が取れたアシナガバチ 蜘蛛の糸くらいの細い線だけが胴体とくっついていた状態で ここまではとてもよかったのに。こういうものには感想も解釈もいらないんじゃないかな。 言葉によらず直接に自分を成り立たせている情報、というものはあると思います。 そこに言葉で触れるのは並大抵のことではありませんね。
0読んでくださったみなさま本当にすみません、どうも有難うございます。 最初の連はこれを書いた日に見た光景です。 なんでその場でそうなっていたのか知る由もありません。(多分自分が踏んづけたんだと思います。) でも本当いうと実際には頭と体は2センチは離れていました。 蜘蛛の糸一本で繋がった頭と体がもがいていました。 紅茶猫様、仏様の蜘蛛の糸と読んでくださりありがとうございます。 最初ガチガチ言ってたけどだんだん動きが鈍くなっていった重たいアゴは、新たな世界や時代、進歩や希望、あるいは野性や修羅が開けていく門でした。アリはそこから入ってきたように思うことができました。(現実は自分が踏んづけたハチにアリが寄ってきたのかもしれませんが) ここまで見ていた限りまだ生きていたんです。(蚊に刺されるので完全に死んだな、というところまで見ませんでした。) まりも様、アシナガにしぶとさを読んでいただいてありがとうございます。 2連目はこれを書いたときに思ったことです。 この頃ニュースでは北朝鮮のミサイルとか共謀罪についてやっていました。 共謀罪の成立で警察の監視範囲の拡大や、自由な言論の萎縮や自粛が起こることを想像し、権力への批判が許されない北朝鮮を連想しました。あの国では殺されることがあるんだろうなと思いました。 さっきのハチに関連付けると、蜘蛛の糸はミサイルの煙のように思うことができました。 次の連を意識して僻みっぽく、また共謀罪推進者の気持ちを勝手に忖度して嫌味っぽく書いてみました。 3連目はある程度普遍性があるのかなと思い、使ってみたかったフレーズというのが先でした。北朝鮮のニュースで独裁者を想像し、また共謀罪のニュースで権力や法改正について思い、権力者の憤りを想像して使ってみました。 あえて理想と欲望を混同し、感情的であることと下劣さを強調し、また本能と欲望を混同し、息も絶え絶えであるアシナガバチに叫んでもらいました。同時に、自分自身の下劣な憂さ晴らしでもありましたので、顰蹙を買ったと思います。 最後の連は自分の思いとは関係のないFMラジオの笑い声が、くっきりした質感で耳の中にへばりついてきた体験を思い出して書いてみました。この世界に取り残され、あるいは放り出され、それを別の世界から嗤われているようでした。笑うことに嗤われているのではなく、無関係で無関心な、虫の鳴き声のような笑い声そのものに嗤われているような感じが孤独感を際立たせたので、前の連からの流れで使ってみて、タイトルをなきむしにしてみました。 まりも様、タイトルとの対応を読んでいただき、また権力に向けた笑いと読んでくださってありがとうございます。社会風刺とは好意的な解釈で、実際には権力者や見知らぬ他人や自分自身の孤独を嗤ういやらしさであり、下卑たひやかしやあざけりや中傷であり、自傷行為でした。 Migikata様、二行目の途中まではとてもよかったと言ってくださり本当にありがとうございます。仰るとおりこういうものには感想も解釈もいらないと思います。大変失礼いたしました。
0