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シグレタ
昨日降った雨がまた降り始める。階段を下りるようにつま先を出す。手のひらから唇が溢れる。火がつく。うつくしい薔薇が咲き乱れる。花びらの刺身を瞼に添えて炙る。鎖帷子が外れて、鎖骨が露わになる。手のひらに小さな悲しみが宿る。唇が重なり、クロワッサンがもげていなくなる。どこにもいなくなる。 どこにもいなくなる。どこにも。 電車の中に置き去りにされたライターをひろってしまったので、左手にはいつも真っ黒に燃えたマッチが握られている 。それは光り輝いている。母が、浅い唇を楕円形のテーブルの上に並べながら弁当をこしらえている。私は、母親の作った弁当を食べることができない。だから、昼過ぎの腐りかけた弁当の中身は黒く燃えてもう食べることができない。たべることができない。たべることができない。わたしは何も食べることができない。すると、わたしのながいながい菜箸が食卓から落ちてしまう。それを拾い上げた時に、唇と唇と空気が重なる。 箸で唇をつついている。唇は箸のように二つに分かれている。上唇は下唇と重なり合うことで性行する。すると新しい命が生まれる。そのようにして右手に持たれた割り箸は手先で絡まり合うように肉をつまみ合う。私は左手にライターを持つことでいつでも燃やしてしまおうと考えている。唇を二つ箸の上にならべて。今もやしてしまおうと思う。 だってもう、どうにでもなればいいんだから。 わたしはしぬの 新しい棺を用意しよう。君が入るために。わたしが入るために。遠い海に送り出してあげよう。こわくないから。もうなにもたべなくていいから。昨日降った雨がゆるやかにペニスと重なり、そして天気とキスしている。ぼくたちはゆるい馬車に引かれて丘の頂上を目指す。まっくろい丘を。だんだん雨の飛沫が積み重なり、海と陸の見境がつかなくなり、やがて黒い丘は住処を荒らされた事に気がつくと、溶岩を吹き始める。幾億もの星に作られた瞳がこちらを凝視している。そして羽根が咲き乱れる。 雨の羽根が、蝶の羽根が、蜻蛉の羽根が、やがて鳥になる。巣箱に薔薇が咲き乱れ、花は火を噴く。口紅は唇に三日月を描き、描かれた唇はひび割れてクロワッサンになる。層を重ねたグルテンを、私はもう食べることができない。電車の中に置き去りにされた棺、真新しい私の棺、今日ここに、あなたと一緒に入るの。そしたら、手をつないでくれるしら? 雨が降り始める。 ながいながいあめさ どこまでもつづいていくなだらかなあめさ うねりをもったあめさ 「どこまでもどこまでもつづいていくのでした」 はてしなくはてしなく 梨をかじると、みずがあふれだすように 干からびた家鴨の羽根 斬首されたホトトギス 鳶の肉 今? 暇? 君は暇? ねぇ、暇かい? ずっとずっと、 唇を擦り合わせてなにしてるの? 疑問符が静かにわらっている 紫陽花がしずかに花開き また、新しい季節がくちびるを開く やがてもう一度巡った後で 昨日降った雨が降り始める
シグレタ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 982.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-04-15
コメント日時 2018-04-17
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
面白かったです。摂食障害的なイメージもあるけれど、どちらかというと食欲(性欲のメタファーとしての)障害? いわゆる「綺麗」な画像・・・雨、薔薇、鎖帷子、馬車、このあたりのイメージは、中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジーアドベンチャーゲームの世界がオーバーラップしているような印象でした。 火のイメージが伏流のように潜んでいて、溶岩、火を噴く花、という感じに時折、突出する。感情の噴出のイメージなのだと思うけれども・・・虫や鳥がモチーフとして現れるのは、自由になりたい、ここから飛び立ちたい、脱出したい、というような願望が無意識的に形をとったものか・・・。 イメージの流れを追うのに忙しくて、未整理のまま出してしまっている印象が残りました。(それから、意図的な改行の「ずらし」なのか、改行ミスか不明のところが一か所。性行?は意図的な用法なのか、誤用か。「~かしら?」の「か」が抜けている、など・・・詰めが甘い読後感を与えてしまうので、要考だと思います)
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