グリンピースのぜんざい~南仏紀行 ※ - B-REVIEW
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ことば

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花骸

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すごい

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グリンピースのぜんざい~南仏紀行 ※    

 突然住むところがなくなった。学校も寮も完全に閉鎖になる年末年始の一ヶ月近くは、各自知人の家に行ったり、旅行をしたり、帰国したりするのだという。私は授業料も寮費も、一年間の契約をしていたので、これは寝耳に水だった。偶然そのことを知ったのは、休みに入る一週間前、日本人の留学生との何気ないやりとりからだった。  彼等は計画を立てて休校日を待っていた。私は何とか寮に残れないか事務室に頼みに行くと、学校近くのアパートを二つ紹介してくれ、翌日大家さんが迎えに来た。最初に見た部屋は、深い木立に包まれた湖が眼下に見晴らせる美しい場所にあった。途中に暗い道を延々歩かなければならないので、惜しみながらもう一つの国道沿いの方を借りた。そのアパートには、日本を発って以来望めなかった浴槽がついていた。  休日明けも寮に戻らないと決め引っ越しをし、部屋に落ち着くと同時に車の音が気になりだした。信号とカーブがあるために再発進する振動とエンジン音が、窓を閉めても旧式の冷蔵庫の中にいるように伝わってくる。道路から一番遠い玄関のドアの下まで逃げて、耳を塞いでうずくまった。食べたものを嘔吐し尽くして、夜はようやく眠ることができた。静かになる気配をみせたのは深夜の3時頃、早朝にはまた始まった。  私は学校に残っていた警備の人に、寮の一室に置いて欲しいという手紙を託し、返事を待つ間、道路から奥まったところにある隣の高層ホテルを3日間だけ借りた。フランス人は年末年始は自宅で家族と過ごすので、ホテルはがら空きだった。とにかく一番静かな部屋をとフロントで訴えると、海に面した最上階の端の部屋に案内してくれた。部屋は静寂そのものだった。小さい荷物をおいて設備を見、最後にバルコニーから海を眺めようとガラス戸を開けた。  椰子の並木の向こうに地中海のブルーが水平線まで広がっている。バルコニーには白いテーブルと2脚の椅子があった。ふと部屋に入る冷気が気になって、外からガラス戸を閉めた。カチ、と小さな音がした。その瞬間、私は地上何十階の孤島のような空間に閉め出されたのであった。  押しても引いても叩いてもドアはびくともしなかった。階下にも隣室にも人の気配はない。 内側で自動ロックするバルコニーの戸などがあっていいものだろうか? これは常識なのだろうか? 日本でもあるだろうか? いや、日本人はそんなことは絶対にしない・・・。 美しい海と空の境に目を凝らしたまま、次第に恐怖心にとらわれていった。 椅子やテーブルを放り投げて知らせようか、然し、眼下の鬱蒼とした庭に吸い込まれてしまうだろう。 だれかが気づいてくれるまで寒暖の差の激しい何日かを、ここで乗り切るしかないのだと考えて呆然とした。  そのとき、コートのポケットの携帯電話に手が触れた。日本でも携帯はめったに使わず、フランスで所持したものの使うことはなかった。唯一数日前かかってきた日本の女の子の番号が履歴にあった。彼女は隣町のアパートを借りていて、偶然にも、私のいたホテルのチラシが部屋にあるとのこと。電話番号を教えてもらいフロントを呼び出すと、何とか事情を飲み込んでもらった。私は救い出された。中に入ってドアを見ると、引き手のところに小さい紙片が貼ってあり、フランス語の説明書きがあった。その後の3日間を、バルコニーに出ては外から戸を閉めたい恐怖と闘いながら過ごした。  最初のアパートに戻ると、ショック療法のためか、あれほど耐えられなかった騒音が我慢できるようになった。旅行者には寂しい季節を、私は命の恩人の女の子といっしょに暮らした。彼女は美人で口数は少ないが魅力的な会話をする。周りにいつもたくさんの日本の男女がいたが、なぜか太い筆の墨でなぞったような孤独の輪郭線を持っていた。私たちは手に入る乏しい材料で日本料理らしきものや、小麦粉を練ったお餅とグリンピースで緑色のぜんざいを作って、フランスのお正月をささやかに祝った。                16/10/7作 ※Bレビュウ杯不参加作品


グリンピースのぜんざい~南仏紀行 ※ ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 4
P V 数 : 980.2
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2018-03-18
コメント日時 2018-03-26
項目全期間(2025/04/06現在)投稿後10日間
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閲覧指数:980.2
2025/04/06 10時47分18秒現在
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    作品に書かれた推薦文

グリンピースのぜんざい~南仏紀行 ※ コメントセクション

コメント数(4)
fiorina
(2018-03-18)

イカイカさんへのレスに書きました、自分の文体を見直すための「希望の丘」のリライトは、このシリーズが完結した後に掲載します。

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まりも
(2018-03-19)

〈部屋に落ち着くと同時に車の音が気になりだした。信号とカーブがあるために再発進する振動とエンジン音が、窓を閉めても旧式の冷蔵庫の中にいるように伝わってくる。道路から一番遠い玄関のドアの下まで逃げて、耳を塞いでうずくまった。食べたものを嘔吐し尽くして、夜はようやく眠ることができた。〉 これほどまでに生きることを堪えがたくする騒音・・・他者が引き起こすものであり、人の気配である、はずなのですが・・・そこから逃げ出すために得た静寂が、不安と恐怖にすり替わる。しかし、語り手は(この作品の場合、フィオリーナさんご自身と読んで差し支えないような気もします)パニックなどを起こすこともなく、非常に沈着冷静。様々な三段を練りつつも、数日を乗り切る覚悟までしている。逆に言えば、それほどまでに(人の暮らしの結果としての)騒音が耐え難く、人の気配のない、静寂を愛していた、という事なのかもしれないと思いました。 〈その後の3日間を、バルコニーに出ては外から戸を閉めたい恐怖と闘いながら過ごした。〉再び、一人きりで締めだされる恐怖を味わいたい、ということなのかもしれません。心は、刺激を求めたがる。たいがい、孤独に耐えかねて、喧騒という刺激を選ぶ人が多いのですが、ここでの主人公は真逆。 救出してくれた女性の〈周りにいつもたくさんの日本の男女がいたが、なぜか太い筆の墨でなぞったような孤独の輪郭線を持っていた。〉という一行がいいですね。ルオーの絵のようです。 自らの内に、深く孤独を秘めていて、それを大切にしている人同士なら、他者の抱え持つ孤独にも思いを馳せることができるのでしょう。『うたげと孤心』という名著がありますが、詩は、喧騒の中から刺激を受けることもあるけれど、一人で孤独と向き合う中から生まれてくるもの、のように思いました。

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fiorina
(2018-03-26)

まりもさんへ レスが遅れ、すみませんでした。 火攻め、水攻めとありますが、音攻めも匹敵するかもしれません。 戦国時代、24時間、カネや太鼓を鳴らし続けるというのは、戦術としてあったでしょうか。 相当有効だったと思いますが、味方も疲弊しますね…。 牢獄の責め苦に、バケツから水を滴らせる音を聞かせ続けるというのがあったそうですね。 大抵の人が、すぐにとりあえず自白したのでは? 知り合いのおばあさんが、長い間寝たきりになって県道沿いの部屋に寝かされていたのですが、 亡くなるとき「ああ、うるさかった」と言ったそうです。 音への恐怖は今もどこかにあります。 でも自分の好きな音だと半日でも聞いていられるのですから、不思議です。 それを迷惑だと感じている人もいるかもしれず…。 >戸を閉めたい恐怖 あの絶海の恐怖は二度と味わいたくない思いでしたが、 冷気が部屋に侵入するので、何度か本能的に外から戸を閉めそうになって。 最終的に、バルコニーに出るたび何かを間に挟んでロックがかからないようにしたのでした。 それでも出ずにはいられない素晴らしい眺望でした。 >なぜか太い筆の墨でなぞったような孤独の輪郭線を持っていた。〉という一行がいいですね。ルオーの絵のようです。 私もほんとにそう思いました。ルオーは好きで、「流れ星のサーカス」という版画が、あるんですが、 夕暮れの丘の上で流れ星を見ている人、麓の村に巡回販売の屋台 買い物をする母親と傍らに少年、 少年は頼りない細い首を回して丘の上の人影をみているーー あのなつかしい孤独の輪郭を生み出したルオーも、孤独の好きな人だったのでしょうか。 >自らの内に、深く孤独を秘めていて、それを大切にしている人同士 次のエッセイ「アザミの歌」にもつながるエールとして、嬉しく読ませていただきました。 <『うたげと孤心』という名著>…タイトルに孤独の華やぎを感じますね。 読んでみたいと思います。 いつも、ありがとうございます!

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fiorina
(2018-03-26)

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投稿作品数: 1