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愛果の恋
滑らかな白のクリームが、くるくるゆるりと巻かれていくのを見ながら私は、生クリームはまるで無に巻きつきつづけているようだなんて、ちょっぴり哲学チックなことを考えている自分に軽く酔いながら、昼食後の作業をうつらうつらとこなしていた。たかがバイトよ、そう思うやしかしなんだか、可愛いらしいケーキたちに申し訳ない気がした。なんだか、彼らが整然と並んでいることそれが彼らの健気さの証のような気がした。 バスに揺られて帰ると遠くの電灯がタヌキの目に見えて田んぼは森になっていた。雑然としたタヌキちゃんたちねと思う。でも彼らは潜んでいた。潜むことによって逆に自己を際立たせていると思う。でも私は。でも私はその逆に、スケスケになることで逆に自己をどこまでも薄めていると思う。だから私は〈彼女〉が欲しい。その眼差しで薄まってしまった自己をふたたび凝集させてくれる恋人が。幾百もの半端な視線へと散ってしまった私を強い瞳で抱いて。 「おかえり」とあったかくおばあちゃん。「ただいま」と言うや自分が、家を抱くようにそびえる深緑色に溶け込んでしまったような気がした。おばあちゃんは洗い物をしているけれどおばあちゃんは生ぬるい水のようだ、でも私は透き通るよな水のようでかつちょっぴり火的でもあるよな、そんな凛々しい女(ひと)に見つめてほしい。腰が魚のよにただ泳ぎきたる夢を見たくて2人で、一つになってベッドでの位置がズレていたとあとで分かるような泳ぎもし。からかい合いたい互いに、相手をいわば撫で放しつつ胸陰に、自分をそれとなく隠すよな悪戯笑いで。 翌朝私は神社に散歩に行った。すると、完璧なプロポーションの白人女が目に入った。観光客だろう。傍らには彼女より少し背の高い男がいた。 彼女から離れると私はふたたびタヌキに想いを馳せた。神社を覆う森ではタヌキもキツネもヘビもみないきいきと跋扈することによってその存在を強固にしている、健康的だと思う私だけで、薄まってくのは私だけで十分と思うと雫が目から落ちそになって自分がだらしなく広がった水たまりのよな気がして―「ねぇおばあちゃんも、昔は胸に熱い火を宿してたの?」「ほーほっほっ!いまは消えたロウソクみたいな枯れ具合ってこっちゃな」「ねぇ私火が、ごく小さなものでいいから火が欲しいわ」「気合いで灯したりゃあいいばい」と九州弁が飛んできた。「薪がないわ」「男に貰いいな」「止めてってば」 また外に出た目を瞑って歩いたあの女(ひと)のマンゴーみたいな胸が毛むくじゃら(だった、そうだ彼は毛むくじゃらだった)男の丸太のよな腕(だった、そうだ彼の腕は丸太のように太かった)のうちに蠢く様が豊かながら小さく見える情景を、やはり私は見ているしかしなぜ、なぜ"やはり"なのだそれじゃあまるで女が小さく見えるのが当然みたいじゃない、"それは当然っちゃうか"とたしなめるような父の声の、そのトーンはあまりになごやかであるようにも思い……ねぇ父さん、私、なだらかな坂道に凛と立つ女でいたいの― うららかな朝に微睡みながらクルクルと魚たちがバケツの水のなかを回り泳ぐ"〈情景〉"…と気づけば胸のうちで呟いていた自分は「〈情景〉だなんて、私らしくないわね…」と1人気取ったようにごちる。パシャパシャと川面を幾重にも割り続ける〈わたし〉を父が少し離れたところから見ている―「愛果ちゃ〜ん、もう大学とちがうん〜?」「あのね私、きょうはお休みしようと思って」「またどうしてえ?」「乙女の森林浴に行くのっ」「愛ちゃん男でもできたんか!」「ちょちょっとあんまりデリカシーってやつが、なくってよ?」「ごめんよぉ、でも愛ちゃん最近、ますますキレーになっとるでなあ」そう言われるや自慢の腰つきが誇らしくなる自分にも、"やれやれ"― …だったら、よかったのになーッ!―くびれすぎないキュキュッとした締まりを鋭角的に魅せられれば、四方八方に〈私〉をキリッと浮かべられるのに…そうよ、私鋭くありたいわ……ハハッ、おじいちゃん私、結局あなたにとって最後まで、お行儀のいい娘でしかないかもねぇ! ねぇ〈あなた〉の、夢見るような腰使い魔法使い……〈あなた〉は、〈あなた〉は大都会の灰色の風に、そっと目を瞑ってはゆるりと、ゆるやかにまるで、自分だけがこの街でホントのホントに大切なことを知ってるのって顔して、軽薄な男どもに視線を流しかわして去っては、靄に包まれた高い部屋で、晩秋の雌ギツネのよに悩ましげに触れるその、はかなげな胸で、たゆたう青(あお)を、夢見るのでしょう?""ふふっ。愛果ちゃんって面白くって、可愛いよ" 気づけば神社の森が目前にあった。ザーッという葉擦れに包まれていた。私夢を見てたんだと、じいんとした。風は徐々にゆるやかになっていった。どこでもないような雨上がりの丘が静かに、胸に満ち広がってきた。遅れて遠くにビルが見えた。"〈あなた〉に逢いたい"と、私はそっと口にしていた。
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愛果の恋 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 149.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-04-01
コメント日時 2025-04-01
項目 | 全期間(2025/04/07現在) |
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叙情性 | 0 |
前衛性 | 0 |
可読性 | 0 |
エンタメ | 0 |
技巧 | 0 |
音韻 | 0 |
構成 | 0 |
総合ポイント | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
おはようございます。 ちとせの森でまよう「森っち」かにゃ? また後で。
1コメントありがとうございます♪ 迷いの果てに希望を見出す―そんな感動物語を目指しましたが、振り返ると、やはりちょっとごちゃごちしすぎかなあと(苦笑)。とにかく、素朴な詩情を瑞々しく描く、ということをしたいんです。 今回、散文詩と小説のあいだで僕なりに必死にバランスをとる中で、そのためにはむしろ逆に、愚直に小説した方がいいのかなと、そう気づくことができた気がします。 この作品こそ橋渡し的な作品だったのだ―そう振り返ることのできるよう、がんばりたいです☆☆
1ふむ。 前半は男性的な思考を、わざとなさってますね? それが、どんどん少女へと変化し、 最後は成熟した女性になっていると感じました。 とても興味深いです。 ありがとうございます。
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