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空蝉の
長いこと探してんだ。 ここへ来たのもそのためだ。 段ボール暮らしで前歯が折れてよ。 角瓶が飛んできて、ゴチンと。 直撃だったよ、目覚ましかって。 ポッポッポーって、そりゃあ 豆なんぞ食えば挟まるに決まっとるがあ。 でもなあ、くわえ煙草にゃ丁度良いのよ。 駅前、公園、体育館。 とにもかくにも壁よら、まずあ屋根がねえとな。 アタマを守るの。 それが二十歳か。 そんでじきに、車上暮らしを始めてよ。 よく笑う、仙台の女と知り合ったのよ。 メンツは四人だ。 サニーのシートを倒して、雀卓なんか持ち込んじゃってさ。 食卓ってやつだ。 顎まで毛布にくるまっちゃあ お腹をズンズク突っつくの。 運転席で笑うとな、ぶうぶうクラクションが鳴ってよ。 そいでまた大笑いするわけ。 ただまあ、そのかわり。 割に合わねえ家族ごっこが始まってなあ。 ほいでマチに居れんくなって、長野の農家さんに住み込んだのよ。 白菜なんかを作りにさ、暗いうちから畑に通うの。 よく聴いたのは歌うヘッドライト。 途中の国道で、鹿の親子を見たっけ。 台風が来るなら水路を掘ってよ。 日照りが続けばでっかいタンクだ。 ちめてえ水をざぶざぶ溜めてさ、何度も往復したっけね。 白菜にも変わりモンがいてよ。 葉っぱが丸まんねえで、畑の真ん中で万歳してんのがいるわけ。 でもな、愛嬌だけじゃあ売りモンにならね。 八ヶ岳につば吐くぐれえ、毎日まいんち出荷でなあ。 数にして四百、ひとケース十五キロだ。 トラクターに五段積みにしてよ。 ウィングのトラックにコンパネ渡して フックをかけたらズリズリーッと一気に、腕の見せどころよ。 しかもよ、おい兄やん、おまいは荷台の後ろで押さえてろってんだ。 山ん中ころがす四トンの後ろだよ。 うずたかいコンテナのすき間に踏ん張って、必死に押さえてなあ。 カーブのたんびに重ったい箱が、飛んだり跳ねたりしちゃうのよ。 それまで苦労してねえ手だと馬鹿にされたけんど。 ほら見れ、 いつの間にやら節くれだって、バネ指になってな。 もらった指輪も抜けなくなってね。 恋人にゃときどき、川のほとりで電話もしたけどよ。 灯りなんてねえよ。 まっくら、真っ暗。 そんでかなあ。 ある日、火事が起きちまって。 コンテナ置き場がまるごと燃えちゃった。 プラスチックの黄色が みんな溶けだしてズルズルよ、 ガードレールの端っこまで流れてた。 ユンボウで穴掘ってる横で、オヤジに鼻をヒン曲げられた。 でもなあ、煙草なんざ吸ってねえんだ。 あすこで。 二十二の夏が終めえよ。 そいでもマチはさ、あいも変わらずなの。 おり立った深夜、ロータリーにはタクシーのランプと。 ブタっ鼻の交番。 酔っぱらいどもがブクロの、池袋のシャッターに締め出されてってなあ。 ちくちく青ひげを撫でながら。 鶏糞くせえボストンバッグにまたがって。 黒人ふたりに手え振って、それから 恋人と飯食って、三回抱いた。 耳の穴が、どおりで苦いとおもったよ。 次の日の便でマニラに帰るんだと。 見送りなんか行かねえや。 そのまた次の日、とうとう声が出なくなってよ。 ぱくぱく、ぱくぱく あぶくを吹いてばっかし。 指輪も金には成らねえし それっきりだよ、鶯谷。 生まれはどこだ そんななあ忘れた。 でもなあ、 食うなら米つぶひとつ残さず。 帰る場所なら命がけで守らあ。 なんてえか、そいつが 俺のキガイなのよ。
空蝉の ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 951.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-03-04
コメント日時 2018-04-02
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
おはようございます。 通常の会話と同じような感じの、質感を持った声で 再生されました。 息遣いまで聞こえてきそうです。 いますね、こういうおじさん(?) 不器用だけど、限りなく優しい人。 このおじさんに、ワンカップとスルメを 差し入れして、もっと詳しいお話を聞きたいです。 そんな妄想ができてしまうような、生々しさ。 素直に、すごいと思いました。
0こんばんは、よろしくおねがいします 長い文体ですね、半分まで読んで小休止を挟み残りを読みました ややおやっさんチックなお兄さんのしゃべりのような軽快な語りで 実際こういう方を前にしたらやっぱり私なら途中「小休止」をいただいてから お聞かせいただくであろうと思いました もちろんお話好きな男性は好きです、ただ長くは難しいですが。
0「空蝉」とは、この世に生きている人、あるいは、蝉の抜け殻。そして、この二つから派生した色々なイメージ。本体がなければ殻は存在しないが……けっこう濃ゆいようで、中身がないのか、人生、空蝉……ああ、無情。とは終わらない、確固たる存在感。 物語の引力もさることながら、 題が巧いなぁ、と。嫉妬しそうです……。
0仲程さま コメントありがとうございます。 一貫して話し言葉なので、リアリティと語りのリズムを大事にしたつもりでいます。
0鹿さま コメントありがとうございます。 読者に一方的に語りかけるスタイルなので、声として伝えられたことを嬉しく思います。 この男の印象は読み手によって全く違うのだろうと思っていますが、差し入れなどいただいたら調子に乗ってリミット3000字まで語り続けるのだろうと思います。
0李沙英さま コメントありがとうございます。 語り手のちょっと長い身の上話にお付き合いいただきありがとうございました。 わたし自身、お酒の席ではちょっとご遠慮願いたいタイプの人かもしれません。 口調の訛りが変に混ぜこぜになっていて、なんだか胡散臭いのですよね。
0Rさま コメントありがとうございます。 これは一度書いたものを思い切って、独白スタイルとして全編書き直したものです。 登場人物を、一心不乱にしゃべり続ける人とそれを黙って聴くしかない人(ここでは読者)のふたりに絞ったことで、よりタイトルが際立ったと思っています。
0特に農家のくだり、リアリティーがあって、一人語りの舞台を見ているようでした。 もっとも、「割に合わねえ家族ごっこ」の様子とか、その時の心情、それぞれの行き違いのようなもの・・・が、気になったというか、そこをサラッと過ぎてしまったので、そこが消化不良、という感覚です。
0投稿時一二度読んだのですが、語り口にひっぱられてあまり入っていけなかったのですが、いま読んでみて、内容まで入っていけました。 コンパネ、ユンボ、歌うヘッドライト。土、埃、汗、そういうものを思い起こさせる細かい部分が活きてる。個人的に好きなのは「毛布」の部分。 街(マチ)の賑やかさと、その一方で這い蹲るような生活を懸命に生きている人たちの対比も表れています。 まるで蝉たちが、幹にしがみついて、熱いひと夏を鳴いて落ちるのを見るような作品ですね。主人公は気概だけが頼りだったのか、ひと夏が終わって落ちたあとでも気概だけが残ったのか、どちらだろうとしみじみ考えました。
0まりもさま この語り手は情景を交えて語る一方、「割に合わねえ家族ごっこ」だけは曖昧に濁しています。 二十歳で路上生活をしていた語り手の家族観とはどのようなものか。 行きずりの人間の集まりに何を期待していたのか。 感情的な部分をあまり表に出さない彼の心情を、浮き彫りにできないかと思ったのです。 ですが導入からのバランスの悪さ、思わせぶりな書きぶりが、読み手にそのように感じさせてしまったのだろうと省みることができました。ありがとうございました。
0藤一紀さま 歌うヘッドライトが通じるのはなんだか嬉しいです。 人それぞれの生き方があり、苦労も人それぞれかと思いますが、その体験をどのように糧とし生きた経験へと昇華するのか。 そんなことを思いながら書きました。
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