逃げ水 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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逃げ水    

もう居ない人が置いていった 一度も開いたことのない本の山に 見下ろされるベッドの上 春待ち顔 埃を被った子ブタの貯金箱に 毎日ひとつずつ  こびり付いた思い出を入れてさようなら ちゃりちゃりと泣く腹の中 いつか金づちで割られる家畜の涙 意味もなく溜め込んだ500円玉を いずれ捨てる日の天気予報 雨よ降れ しかし きっとその日は 雲ひとつない快晴の 天晴れ 散らばった風景のポラロイドを セロテープで大切に貼り付けた 白い壁の向こう 隣人の笑い声 薄い壁  水を流す音、歩く音、扉を閉める音 吊るしたドライフラワーから こぼれ落ちる枯れた花粉に くしゃみ レースのカーテンが無風に靡いて  ふわり 隙間からチラと覗く 腐った杏が溶け出したような 橙色の黒ずんだ空 あれは朝日か、それとも夕日か、 今となってはもう分からない せっかちなメジロがピィと鳴く 真似してピィと鳴いてみる 母のおさがりの目覚まし時計が 無音でぶるぶる震えている そうだね そろそろ起きる時間だ 金づちを手に取って 目覚まし時計を叩き割る 身震いする時計の針 午前0時を指す 暖房の消えた部屋で 子ブタは静かに目を閉じる ひんやり冷たい陶器の背中に 頬を寄せ 熱を移していく 息はどこまでも白く  瞼はどこまでも蒼い 鬱陶しい陽の光を払いのけ 薄い毛布を頭まで被る 死んだ命とふたりきり そこは永遠の宇宙


逃げ水 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 3
P V 数 : 435.7
お気に入り数: 0
投票数   : 1
ポイント数 : 0

作成日時 2025-02-16
コメント日時 2025-02-16
#現代詩
項目全期間(2025/04/16現在)投稿後10日間
叙情性00
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閲覧指数:435.7
2025/04/16 22時39分31秒現在
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    作品に書かれた推薦文

逃げ水 コメントセクション

コメント数(3)
おまるたろう
おまるたろう
作品へ
(2025-02-16)

この詩には、すでにこの世を去った者の「不在」が、空間のあちこちに微細な振動となって反響しているようですね。 その反響は、ベッドを見下ろす未開封の本の山や、埃をかぶった子ブタの貯金箱、無音で震える目覚まし時計といった静物のなかに潜み、目に見えない声として語りかける。 しかし、その声は亡き者の存在を蘇らせるのではなく、むしろ「残された側がなお生きている」という即物的な事実を、ひりひりとした違和感とともに突きつける。まるで「生存報告」のように。死者の気配に包まれながらも、それでも呼吸を続ける語り手が、沈黙の中で「私はここにいる」と自分に言い聞かせる。 とはいえ、その声に生への執着や前向きな意思は感じられない。代わりに漂うのは、いつかその反響さえも止まり、同じ静けさに溶けてしまう自分の未来への冷ややかな予感だけです。 豚の貯金箱に思い出を詰め込み、いつか捨てる日のことを想う。母のおさがりの目覚まし時計を金づちで叩き割る。それらの行為は、過去との訣別というより、遺伝子的自殺者としての儀式に近いような気がします。 生命の系譜を受け継ぐ「命の物語」を、自らの手で「軽やか」に断ち切るその姿勢には、観念的な決意よりも、もっとドライな感触がある。この死生観には、堀江敏幸の小説にも通じる独特の不穏さが漂っています。登場人物が唐突に、あっけなく亡くなっていく。死は重々しい悲劇ではなく、生活の隙間にすっと忍び込み、心に波紋を残して去っていく。 この詩にも、そのような不穏さがある。死はここでドラマティックに語られることはなく、埃っぽい部屋の片隅で、「吊るしたドライフラワーからこぼれ落ちる枯れた花粉」とともにしずかに舞い落ちている。

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砂柳
砂柳
おまるたろうさんへ
(2025-02-16)

あまりに素敵なコメント、本当にありがとうございます。何度も読み返してしまいました。 仰る通りで、人の不在は決してドラマティックなものではなく、ただ淡々とした「不足」の感覚が、じわじわと心に根を張るようなものだと感じております。部屋の中には、かつてここに居た人の不在と、自分の在が同時に存在し、それは己の心の中と同義であり、他者からは窺い知ることは出来ない。頭で理解はしても、心が追いつかない。止まらない時間から目を背け、止まったように生きること。死の隣で眠るような言葉さえ噛み砕き易くなるのは、詩という形式の懐の深さ故だなと思います。

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紅茶猫
作品へ
(2025-02-16)

最近ハン・ガンさんの「別れを告げない」を読んだばかりなので、その世界観にちょっと似ているなと思いました。 小鳥の場面など。ただ >そこは永遠の宇宙 ここに違和感がありました。 それまでの流れを断ち切ってしまうように私は感じました。 でもとても丁寧な作品ですね。

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投稿作品数: 1