彼は悠々と身体をくねらせ泳ぐ
軽やかなジャンプ、私にウインクをしてくれる
きっと私の愛すべき友に違いない
種を超越した情愛、私たちの穏やかなひととき
―背後に滲む黒影
それは、次の瞬間に起こる凄惨の、気配、
黒く分厚い尾鰭の一撃が彼に突き刺さる
丸みを帯びたフォルムが不細工に折れ曲がり
海上へ跳ね上げられ、不自然に宙を舞う
陽に晒され、ダイナミックに乱反射する鮮紅
親愛、畏怖、悲哀、高フレームレートの錯乱
彼の瞳のハイライトが生命を発散させながら
私の両目を覆う指の隙間をこじ開けて
一直線に語りかける
ワタシを愛すな哀れむな
ショーのフィナーレを黄色い声で彩るな
レインコートを脱いで血飛沫を浴びろ
愛憐の間も置かず、唐突に幕は下ろされる
ワタシはこの上ない喜びを感じているのだ
シナリオ通りの曲芸に生かされるよりも
非情の牙に身を裂かれてもがき苦しむ喜びを
愛や哀れみがオマエの澄んだ瞳を潤わせるのなら
やがて海の濁りとなるワタシの姿を
干涸びるまで目に焼きつけて
オマエは
野に生きて
野に死ね
作品データ
コメント数 : 6
P V 数 : 345.2
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2024-09-10
コメント日時 2024-09-10
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
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閲覧指数:345.2
2024/11/23 19時03分12秒現在
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野生の価値観が表されていますね。野性的躍動、それを思う情愛、それらが堕落とされ、 血しぶきの喜びに、野に戻る。ですが、飼われたペットは、野に戻ることを望むでしょうか。 元々あった野生であれども、鳥の子育てを見ればわかる通り、殺すだけではなく、 生き育てることの重要性は、全ての現代人が持っているものです。高らかに歌われる 野とは、いっときの錯覚ではないでしょうか。戦争によって明らかにされる野蛮の、 行き着く先を、憂いていらっしゃるでしょうか。飯が食えねば死んでしまう。その、 厳しい条件を、現代ではさらに、精神病と言ったものが苦しめる。時代の鬼子か、 幸福の導き手か。哀しみの涙の上に、打ち立てた伽藍、王を引きずり下ろす精神、 争いという手段によって達成される、平和。平和の典型が、江戸時代だと思います。 犠牲にされたものも、その時代にもおりましたが。全ての矛盾を解決するAIによって、 やっと人々は答えを見出したよう。現実に刺さっている毒矢を、抜かなければ死んでしまう。 要請される社会の変革は、いよいよその真価を知性、理性に対して、要求している。 それは、文明の明かりです。人間は、文明によって、苦しみを解決してきました。 それによって、心的なるものは覆い隠され、二の次にされる。そうした矛盾に、非を となえるのが、野生でしょうか。人間的なるものを超えたものは、つまり、より根本的である ところのもの、すなわち自然であり、自然を征服したようでいても、自然は常に人間の 味方です。そうした有難さを、常識にして、社会を建設していかなければなりません。 私の生きてきた世間では、そのように言われており、見て取れる範囲のものが、一部異常になり、 非の判決を下しますが、日月の輝きの中で、恐ろしい公害を乗り越えた我々に、できぬことは、 ありません。
1熱意のあるコメントありがとうございます! 内容が難しい部分があり、適切な返信になっているか分かりませんが、この詩への思いをお伝えしたいです。 ある動画サイトで、イルカがシャチに襲われる映像へのコメントに、「かわいそう。自分がシャチならイルカを襲わないであげようと仲間に呼びかけたい」みたいなコメントがあり、なんかイラッときたことが書いたきっかけです。 私は特に飼い犬なんかの可愛さを信じていなくて、喉元に噛みついてきたら勝てないだろうな、いつ野生のスイッチが入るか分からないから油断してはいけないな、とか考えてます。なんだかそれが動物に対するリスペクトだとも少し感じています。私は自然を味方として考えるよりも、畏怖することが敬うことに繋がるという考えです。また、心的なものが覆い隠されているというよりは、犬をなんの躊躇もなく可愛がるなど心的なものが軽々しいフェイクで満ちてしまっているのでは?みたいな思いです。 そういったことから発展して、ペットやかわいいと言われる動物を守ったり愛したりするべきだという意識への批判と、私たちもまた平穏なエンタメの中で生きているのでないということを描いたつもりです。実は戦争は意識していないところではあったのですが、そういったメッセージ性は詩のなかで表現したいことではあるのでありがたいです。
1すいません、さらに返答をさせていただきます。野生の筋肉や爪、牙の力を、否定するものではありません。 しかし、人間は、傷害をしなくても生きて行ける生き物です。家畜を殺すことに、非常に 悪はありますが、それなしでは、やはり社会は動かないでしょう。人間は、雑食であるからこそ、 高等生物です。地球上の全生命の多様性を、守らなければいけません。人が介在しない 地球であるとしたら、絶滅しない生き物もいるでしょうが、逆に、里山などの環境の方が、 生き物は住みやすいと聞いたことがあります。動物も、人間抜きであっても、生きるのに 命を賭けていますね。ペットにして大人しくなった動物は、愛護されますが、人間こそを、 人間が守らなくてはいけない、というのは、正しいでしょう。地球環境を乱し、 核技術まで使う人間と言うのは、さらに強い法で規制されて、やっと自己中心ではなく 生きて行けるようになるでしょう。レンジャーや、国立公園などの動物保護区で働く人、 そういった人も、強い力で、平和を守っています。人間の、物理的力には限界がありますが、 文明には限界がありません。私は、仏教徒なので、全ての生命にある仏性を大事にしないと いけないと思います。そのためには、無傷害、忍辱を心掛けています。人間には個性があります から、より力強い人が、力強さを良いとみて、オリンピックなどに熱狂するのも、素晴らしい 文化です。そして、人間が知を究めようとするならば、行き着くのは、さとりであります。
0ぼくなんかめっちゃ人間をやめられないのでこの作品はよくわからなかったです。想像ができないと言った方がしっくりくるのかな。
1いえいえ、否定されたとは全く思っていませんよ! なるほどー仏教的な視点があったのですね、それは頭になかったです。興味深く思います。 全然考えたことがなかったので、そういった視点を取り入れることも今後、詩を深めることに繋がると思います。ありがとうございます。
1コメントありがとうございます! そうなんですね、私はアニマルとしての人間性みたいなものを考えることがしばしばあります。 逆に、ペットを過剰に可愛がるような内容の詩も書いてみたくなりました。
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