●本来ならば●シェイクスピアがいるべきところに●地球座の舞台の上に●立方体の海を配置する●その立方体の一辺の長さは●五十センチメートルとする●この海は●どの面も●大気に触れることがなく●どの面も●波が岸辺に打ち寄せることのないものとする●もしも●大気に触れる面があったとしても●波が打ち寄せる岸辺があったとしても●立方体のどの面からも●どの辺からも●どの頂点からも●音が漏れ出ることはない構造をしている●海は●いっさい●音を観客たちに聞かせることはない●空中に浮かんだ立方体の海が●舞台の上で耀いている灯明の光を●きらきらと反射しながら回転している●回転する方向をつぎつぎに変えながら●他の俳優たちも●シェイクスピアと同じように●立方体の海に置き換えてみる●観客たちも●みな同じように●立方体の海に置き換えていく●劇場は静止させたまま●すべての俳優と観客たちを●立方体の海に置き換えて回転させる●その光景を眺めているのは●ぼくひとりで●ぼくの頭のなかの劇場だ●しかしまた●その光景を眺めているぼく自身を●立方体の海に置き換えてみる●ぼくは●打ちつけていたキーボードから離れて●部屋のなかでくるくると回転する●頭を振りながらくるくると回転する●息をついて●ペタンと床に坐り込む●キーボードが勝手に動作する●文字が画面に現われる●海のかわりに●地面や空の立方体が舞台の上で回転する●立方体に刳り抜かれた空●立方体に刳り抜かれた地面●立方体に刳り抜かれた川●立方体に刳り抜かれた海●立方体に刳り抜かれた風●立方体に刳り抜かれた光●立方体に刳り抜かれた闇●立方体に刳り抜かれた円●立方体に刳り抜かれた昨日●立方体に刳り抜かれた憂鬱●立方体に刳り抜かれたシェイクスピア●あらゆることに意味があると●あなたは思っていまいまいませんか●人間は●ひとりひとり自分の好みの地獄のなかに住んでいる●そうかなあ●そうなんかなあ●わからへん●でも●そんな気もするなあ●きょうの昼間の記憶が●そんなことを言いながら●驚くほどなめらかな手つきで●ぼくのことを分解したり組み立てたりしている●ほんのちょっとしたこと●ほんのささいなことが●すべてのはじまりであったことに突然気づく●きのうの夜と●おとついの夜が●知っていることをあらいざらい話すように脅迫し合う●愛ではないものからつくられた愛●それとも●それは愛があらかじめ違うものに擬装していたものであったのか●いずれにしても●愛が二度と自分の前に訪れることがないと思われることには●なにかこころ穏やかにさせるところがある●びっくりした●またわたしは●わたし自身に話しかけていた●吉田くんだと思って話してたら●スラトミンっていう栄養ドリンクのラベルの裏の説明文だった●人工涙液マイティアも●ぷつぷつ言っていた●音が動力になる機械が発明された●もし●出演者のみんなが黙ってしまっても●ぼくが話しつづけたら●テレビが見つづけられる●どうして●ぼくは恋をしたがったんだろう●その必要がないときにでも●一度失えば十分じゃないか●とりわけ●恋なんて●電車に乗っていると●隣の席にいた高校生ぐらいの男の子が英語の書き換え問題をしていた●I’m sure she is Keiko’s sister.=She must be Keiko’s sister.●これを見て●ふと思った●どのように客観的な記述を試みても●書き手の主観を拭い去ることはできないのではないか●と●死の味が味わえる装置が開発された●人間だけではなく●動物のも●植物のも●鉱物のも●なぜなら●もともと●人間が●他の動物や植物や鉱物であったからである●では●水は●もっとも必要とされるものが●もっともありふれたものであるのは●なぜか●水●空気●地面●重力●人間は砂によって移動する●人間は砂のなかをゆっくりと移動する●人間は直立したままで●砂に身をまかせれば●砂が好きなところに運んでくれる●砂で埋もれた街の道路●二階の部屋にも●五階の部屋にも行ける●砂で埋もれた都会の街●しかし●砂以外の街もある●といって●チョコレートや納豆やミートボールなんて食べ物は陳腐だし●ミミズや蟻や蟹なんて生き物もありふれてるし●汚れた靴下や錆びついた扇風機やどこのものかわからない鍵束なんてものも平凡だけどね●瞬間成型プラスティック・キッズ●火をつければすぐに燃え尽きてしまうし●腕や首を引っ張ればすぐにもげてしまうけど●見た目は●生身のキッズといっしょ●まったくいっしょ●笑●ニーチェは●自分の魂を●自ら創り出した深淵のなかに幽閉する前に●道行くひとに●よくこう訊ねたという●わたしが神であることを知っているか●と●ぼくは●このエピソードを思い出すたびに涙する●たとえ●それが●そのときのぼくにできる最善のことではなかったとしても●それがぼくにできる最善のことだ●と●そのときのぼくには思われたのであった●父親をおぶって階段を上る●わざと足を滑らせる●むかし●父親がぼくにしたことに対して仕返ししただけだけど●笑●博物館に新参者がやってきた●古株たちが●あれは贋物だと言って●いじめるように●みんなにけしかける●ところで●みんなは●古株たちも贋物だということを知っている●もちろん●自分たちも贋物だっていうことも●階段を引きずって下りていくのは●父ではない●母でもない●自分の死体でもない●読んできた書物たちでもない●と●踊り場に坐り込んで考える●隣に置いたものから目をそらせて●発掘されて掘り出されるのはごめんだな●親は子供の死ぬことを願った●子供は死んだ●子供は親が死ぬことを願った●親は死んだ●どちらの願いも簡単に実現する●毎日●繰り返し●恋人が吊革だったらうれしい●もちろん●自分も吊革で●隣に並んで●ぶらぶらするって楽しそうだから●でも●首を吊られて●ぶらぶらする恋人同士っていうのもいいな●会話のなかで●ぜんぜん関係もないのに●むかし見た映画のワン・シーンや音楽が思い出されることがある●いや●違うな●ぼくが思い出したというより●それらが●ぼくのことを思い出したんだ●賀茂川●高野川●鴨川の●別々の河川敷に同時に立っているぼく●年齢の異なる複数のぼく●川面に川原の景色が映っているというのは●きみの姿がぼくの瞳に映っているとき●ぼくがきみの姿を見つめているのと同様に●川も川のそばの景色や空を見つめているのだ●雨の日には●軒先のくぼみに溜まった汚れた水が見つめているのだ●雨の日の軒下にぶら下がった電灯の光を●汚れた水が見上げているのだ●憧れのまなざしで●動物のまねばかりする子供たち●じつは●人間はとうの昔に滅んだので●神さまか宇宙人が●生き残った動物たちを人間に作り変えていたのだ●じゃあ●やっぱり●ぼくが海のことを思い出してるんじゃなくて●海がぼくのことを思い出してるってことだ●呼吸をするために●喫茶店の外に出る●喫茶店のなかは●水びたしだったから●店の外の道路は●市松模様に舗装されている●四角く切り取られた空●四角く切り取られた地面●四角く切り取られた川●四角く切り取られた海●四角く切り取られた風●四角く切り取られた光●四角く切り取られた闇●四角く切り取られた円●四角く切り取られた昨日●四角く切り取られた憂鬱●四角く切り取られたシェイクスピア●見ていると●それらは●数字並べのプラスティックのおもちゃのように●つぎつぎと場所を替えていく●シュコシュコ●シュコシュコ●っと●シュコシュコ●シュコシュコ●っと●なんだミン?
作品データ
コメント数 : 6
P V 数 : 584.0
お気に入り数: 0
投票数 : 4
ポイント数 : 0
作成日時 2024-09-01
コメント日時 2024-09-08
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:584.0
2024/11/23 18時33分30秒現在
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この作品は**上位1%**に位置すると評価します。 ### **評価と分析** **1. 作品の構造と技法** この作品は、**実験的で前衛的なスタイル**を持ち、読者に挑戦的な内容を提供します。詩と散文が融合した形で書かれており、言語表現とイメージの複雑さが際立っています。作品全体がコラージュのように異なる要素を組み合わせており、独自のリズムと流れを生み出しています。 - **リフレインと断片的構成**:作品は「立方体」「四角く切り取られた○○」といったリフレインを中心に構成されており、読者の視覚的な記憶に強く訴えかけます。リフレインが反復されることで、詩のリズムが生まれ、視覚的・聴覚的なイメージが強調されています。 - **視覚的および聴覚的イメージの使用**:作品は「海」「空」「地面」「風」などの自然要素を「四角く切り取られた」という人工的なイメージと組み合わせています。これにより、現実と非現実が交錯する独特の空間が作り出され、読者に対して現実の枠を超えた新しい視点を提示しています。 - **内的独白とメタフィクション**:作中には「ぼく」という語り手が登場し、現実の出来事と内面の思考が混在しています。語り手自身が舞台の上に立つ「立方体の海」に変換されることで、自己認識の変容が示されています。また、語り手が自身のキーボードから「離れて」「部屋のなかでくるくると回転する」という描写は、詩そのものが自己言及的なメタフィクションであることを暗示しています。 **2. 作品のテーマと意味内容** この作品のテーマは、**現実と非現実の境界の曖昧さ、人間の存在の不確かさ、そして知覚と記憶の操作**です。言葉が持つ意味の不確かさを追求し、現実と虚構、主観と客観の境界線を崩そうとしています。 - **非現実的な世界の構築**:作品全体がシュルレアリスティックなイメージを使用し、読者に現実の制約を超えた異次元の世界を提示しています。「四角く切り取られた○○」という表現が繰り返されることで、現実の物理法則から解放された世界観が構築されています。 - **自己と他者の曖昧な境界**:「ぼくが海のことを思い出してるんじゃなくて、海がぼくのことを思い出してる」という逆説的な表現が、自己と他者、主観と客観の境界の曖昧さを強調しています。これにより、読者に対して固定された自己認識を超えた新しい視点を提示しています。 - **時間と空間の歪曲**:作品は「四角く切り取られた昨日」「四角く切り取られた憂鬱」といった時間や感情の概念を空間的なものとして扱うことで、時間と空間の歪曲を試みています。これは、読者にとって現実の感覚と論理の限界を問い直す機会を提供しています。 **3. 言葉の選び方と表現** 作品の言葉遣いは、**非常に実験的で挑戦的**です。独創的で時に難解な言葉選びが、読者の想像力を刺激し、詩の深層に隠された意味を探るよう促します。 - **多層的なメタファーと象徴**:作品は、多層的なメタファーを用いて深い象徴性を帯びています。「立方体の海」や「四角く切り取られた○○」といったイメージは、読者に対して現実のものごとを再考するように誘導します。 - **詩的なフレーズの重なりと意図的な曖昧さ**:「愛ではないものからつくられた愛」「恋人が吊革だったらうれしい」など、意図的に曖昧でシュールな表現が多用されており、それが作品全体の不確かさと混乱を増幅させています。 **4. 改善点** - **読者の理解を助ける焦点の強化**:作品全体の視覚的および聴覚的なイメージは非常に強烈ですが、テーマやメッセージがやや曖昧になる部分もあります。焦点を少しだけ明確にすることで、作品の深みをより強く読者に伝えることができるかもしれません。 - **冗長な部分の整理**:一部のイメージやフレーズがやや繰り返されているため、冗長さを感じる部分もあります。詩のリズムと流れを保ちながら、冗長な部分を整理することで、詩全体がより洗練されるでしょう。 **5. 作品の意図と解釈** この作品は、現実の常識や感覚を超えた新しい視点や感覚を探求することを意図しているように思われます。固定された認識や価値観に対して挑戦し、自己と世界の関係を再考する機会を読者に提供しています。 ### **結論** この作品は、非常に実験的で独創的な詩的表現を持ち、読者に対して強烈なインパクトを与えます。多層的なメタファーと象徴を通じて、現実と非現実の境界を曖昧にし、人間の存在や知覚についての新たな視点を提示しています。詩全体の構造と技法は非常に高い水準にあり、上位1%に位置する作品として評価されます。
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0わからないが、ただ美しい。
0貧弱なコメントですみませんが、すごすぎます。
0楽しい、、
0お読みくださり、ありがとうございました。 ご感想のお言葉もいただけて、うれしいです。
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