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デジタルネイティブ
デジタルネイティブ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1007.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2024-07-10
コメント日時 2024-07-24
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
僕は普段「詩人たちの小部屋」というサイトさんに詩を投稿させてもらっているのですが、そこではいいね!機能があり、発表すると(それなりの出来であれば)いいね!が貰えます。しかしここの投票とは違い、コメントせずとも書けるため、そしてコメントせずにいいね!だけする人が多いため、誰がいいね!してくれたのか分からないのです。いいね!くださる人には大変申し訳ない発想なのですが、僕はたまに、もしいいね!の送信者がAIだと分かったとしても、"そうなんだ"みたいに思うだけなんじゃないかと思うんですよね。 評価というものが数字という明確な指標で表される一方で、評価主体の人格というものは(人格への想像力というものは)限りなく希薄になってゆく。 こことてコメントくださる方は(少なくとも1つの作品にコメントくださる方は)ごく一部であることを思えば、似たりよったりなのかなあと。そんなサイバー空間あるあるが簡潔に活写されていると感じました。 それにしても、"行き着く先がどこであろうと"という箇所は意味深ですね。ネットで詩を書き続けて何になるんだろう…なんていう、ふとした折に包まれる疑念が甦りました(笑) しかし僕としては、最後の一行には抗いたい。詩を書くことはたしかに"曖昧な心象に酔って"いることかもしれません。でもその裏には、それをそこから汲み上げてくる場所としての、体験という名の確固とした水準があるはずです。そこをいわば拠り所とするような、溺れることなく(幻想的なものと)手を取り合っていると言えるような心のあり方はきっと存在すると、そう僕は思うのです。
1う~ん、上のはちみつさんの意見もわかるのだけれど、これは複雑な思考をもっと単純に捉えたほうがいいのかも知れない。つまり生成Aiに対してですね。人間(詩人)としてネイティブな意見を表明されている。
1ネット上では自分の姿も形も相手からは見えませんから、楽しいとこ、自分に害がないところをわたり歩ける。好きなものをみて、受け取って、その場、自分に酔えるところだと思います。だからデジタルネイティブ世代じゃなくても、それは共通に思いますね。
1デジタルネイティブだってうんこもすればマスもかく。 あまり変わらないんじゃないかな。 ただ、この世代の得なところはネットでエロ動画やエロ写真 を無料で閲覧できるところだ。むかしは おじさんなんかビニ本にかなりカネを使った。 しかし今や、中国サイトにゆくと新作のエロビデオは 全部無料で見られる。おじさんもいい歳をして利用してるよ。 ただあれだな、おじさんたちの子どものころは世田谷あたり にはまだ小川があってザリガニも貝もいた。肥たごもあって 蚊も多かったけど、おじさんの家の裏にはイチジクやザクロの 樹まであった。ビワの樹なんかからはビワをとって食べたりした。 そういう生の自然を知らないというのはちょっと気の毒だ。
1おそらくデジタルネイティブは数字の羅列に身体が変わっていくというより、数字の羅列を身体化する、数字の羅列が情報として自然に身体に溶け込んでいくって感じなんじゃないかと思います。あと、現代に生きていくなかで、デジタルネイティブかどうかって程度の問題で、デジタルネイティブって言われる世代だって、それはツールの問題なので、結局からだの問題は残るんじゃないかと思ってます。あまりコメントになってなかったらすみません。
1電子時代に進歩思想の中で、陶酔状態にある心理からこの文章は書かれているのでしょうか。 少し、海というワードから宮沢賢治の『クラムボン』を思い浮かべました。電子海洋ファンタジーなのか? ならばそこで生き物のあはれが描かれているとより深みが出ると思いますが、陶酔的なところに落ち着きをみるという感じのオチで、こらまたその浅はかな感じが、今日的かも。
1これは人間になりすましたデジタル信号でしょうか?
1デジタルの海とはよく言われることなのですが、そこにはまる人間の運命はと考えると、漂着先が夢の国とは限らないような気がします。何か「無限大」と言う言葉にはっとしました。
1デジタル、メディア(?)らは身体の拡張ですよね。遠くのものまで見たり、小さいモノまで見れる眼を持ったり、バーチャルな世界では分身ができたり。 エイクピアさんも言及していますが、どんどん心も無限に拡張していきそうですよね。色んな感情や思想にすぐアクセスできる。多様性の海に入っていって、「曖昧な心象」がノーマルになっていく。 その先、何が待っているのかですよねえ……。
1見た目が短歌のようだ。しかし、短歌ではないようだ。言葉が硬いなあ。肩の力抜きな。
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