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下流の町から
町の駅でバスに乗ると、山あいの町(というか村)への半時間の旅が始まる。ごちゃごちゃとした界隈を曲がりくねりながら抜ける。すると鼻筋みたいにしっかりとした県道が開けて、それは合間になだらかな蛇行を挟みつつ、僕をほとんど真っ直ぐに川沿いの町へと運んでくれる。 彼女はその町で降りたのだった。乗ってきた折は"早退かな?体調でも悪いんだろうか?"くらいにしか思わなかったのだけど、穏やかな円形の敷地に降り立ったその素顔には、曇天の下でもその気だるげな亜麻色の瞳が、哀しくなるくらいにくっきりと浮かび上がっていて。 駅のすぐ近くの交差点の向こうには僕の通っていた小学校があって、駅からは、写真映えしそうな程よい斜めの角度で、まるで見守られているみたいに時計を戴いた白い校舎が見える。彼女ももちろん、あの学校に、燃えるような緑の山に抱かれたあの学校に、通っていたのだろう。 バスは駅を境に右に直角に曲がり、そうして川沿いに上へとひたすら向かってゆく。乗客はもう、僕とおじいさんの2人になっていた。ちょうど故郷との中間の町(村)でおじいさんは降り、いよいよ1人になった。 残すは最後の二駅というところで、道路と川は限りなく接近し、車窓からは緩やかに蛇行する川の、その懐かしい煌めきが目に飛び込んでくる。 故郷にバスが止まった。去ってゆくバスの音までもが、僕を昔に連れ戻すかのようだった。ふと顔を上げると山は驚くほどに近くて、学校を抱いていた山の緑よりもさらに鮮明な、文字通り燃えている緑に呑まれそうになる。 燃えている、萌えている…この町(村)でもまた、少女たちは女へと向かって、その内なる切ない焔を燃えたぎらせている… 実家に着いても僕は落ち着かず、彼女はこの町に来たことがあるのだろうか?と考え出した。町外れとはいえかつては栄えた、いまも学校がありコンビニだってある下流の町と、いよいよ山間部も近づいてくる中流の、繁栄から取り残されたポツンとした集落の町。同じ川に見守られながらの、異文化交流―それはこの胸をゾクゾクさせる発想で、僕はもはやご都合主義的にも彼女と同い年になり、その「同じ」と「違う」の奇妙な交錯に酔い始める。 幼なじみではなく、といってよそ者でもない。繋がれつつ断たれているような塩梅のさなか、彼女はあの、切ない視線で僕を穿った。親近感と違和感のさなかで、少女の内の女の予感が揺れている。"君はどこから来たんだい?"と、分かっているのにあえて聞く―"下流の町から"
下流の町から ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 703.5
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2024-06-25
コメント日時 2024-06-30
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
山が隆起し、川が流れ始め、削られた土砂が押し流され、蛇行した緩やかな流れの山間部や下流に堆積していく。そしてそこに人が住み始める…そんな、時を経て形成されていく土地を背景とした描写によって柔らかな親しみというか、趣を感じました。
1私小説的な感覚がある散文詩で良いと思いました!
1良い詩です。良い詩だからこそ、まずは「ここどうなんだろう?」という気になった点を挙げたいです。 私も最近帰郷の詩を書いたことがあるのですが、「ある場所に行く意味」というのが重要になってくると思います。第八連、実家に着いて妄想し始めますが、実家である必要はあったのでしょうか? 「実家に着いた」からには何か読み手の期待が挟まってしまいます。アルバムを開いて、名前を忘れた同級生とあの娘の顔が似ている、だったり、父や母との会話だったり。この連の妄想は小さな誰もいない公園とか、山の麓とかでも展開されうるものではないでしょうか。バスを降りてからの動きにもう一声が欲しかったです。 ただ、詩の核は面白い。 「幼なじみではなく、といってよそ者でもない。繋がれつつ断たれているような塩梅のさなか」 帰郷は記憶の再描写と、かつ故郷の変化も見ることになる。しかし、そのどちらでもないような、中間者の存在に気を取られていく。あまり言語化できなくてくやしいですが、私はゾクゾクしました。 あとは、町や村全体が、たとえば「鼻筋」のような道、「見守」る、「抱かれた」といった人間味あるように描かれている、この擬人法が好きで、その人間のような町や村/少女の対比がもう少し欲しかった(切ない焔、その燃えの他にさらに)。 切ない視線って何でしょう。なんで「切」なんでしょう。「切(っても切れ)ない」ってことなんでしょうかね、哀れみを誘いすぎて。とにかく、私はこの詩の雰囲気、お気に入りです。
0河の上流にいる女を下流から遡って男が追う、河は女の成熟のように匂いたっている、そんな河のせせらぎとの男女の心の連弾を聴いたようで好ましい詩ですね。
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