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ありふれた愛、なんて言わせない(!)
昔から、夜空に輝く星々には興味がない。というより、積極的に無関心のフリをしている。たとえばもし、1人静夜に佇んで満天の星空を見上げたとしたなら僕は、瞬く間に、この世に生を受けた不思議だとか、そういった事物について想い巡らしてしまうことになるだろう。でもそんな感応というのはそれこそいっときのものであるにも関わらず、それはその残滓のようにして、後々までかったるい優越感を―「星の煌めきに感じ入ることのできる僕」なんて優越感を―この胸の片隅に、しかししかとこびりつかせてくるのである。 それだから元木由香里が「なぜだか分からないけど(シアトルマリナーズの)マイク・ジョーンズに惹かれるの」と、彼の名前のプリントされたシャツを着てきたとき僕は、終わりのない優越感ゲームの外部へと、彼女という箱舟(と言うには少し華奢にすぎるけれど)に乗って今こそ脱出しつつあるのだという新鮮な安らぎを覚えたものだった。その突拍子もなさによって、たとえばキャラを立てようとしているといった面がまったく存在していないかは定かでないものの、その屈託のない笑顔は他でもなく、その胸のベクトルがなによりも分かち合いへと向いていることを証していた。 「わたし、マイクのお嫁さんになるのよ〜っ」と、回る回る。クルクル回る。とはいえこれは僕の胸の中の彼女のことで実際には、彼女は節度ある―少しばかりはにかみ屋の―娘なのだけど華奢なあの、ザ・アジア人な白い二の腕がアングロサクソンなマッチョ選手ユニから伸び出している可憐さ見るにつけ「抱き~っ!」って、さながら実娘みたいに抱きついてるシーンしか目に浮かばないことも事実で(汗) 「君こそは星だね由香里」って彼女の、潤んだ瞳、食事共にしながら気恥ずかしげに見つめては俯いて、そうしてまた見つめたい―その瞬間の稲光胸にキューっと抱きしめるよに。君は胸がちょっぴり小さいね―なんてイジリも愛情よ?なんなのそれって君はプンプンし出すけどその、頬を仄かに膨らませてるその塩梅はかえってどデカい風船思わせて、甲子園。球場覆う風船の群れ。その下で虎娘(タイガースファンの女の子)として共にカラフルな夜空見上げてくれる世界だってあり得たんだ…背も低い。骨の髄までジャパニーズだね―と庇護欲爆上がりしつつあらためてあの、膨らみ仄かだったほっぺ想いて由香里のその、たとえば「わたしの身体(からだ)じゃ―そうとは限らないと思いつつ―(マイクに)愛されない…」なんてしとやかな嗚咽へと想像を広げてはニヤついてしまって、僕はもう、こんなカワイイ娘(コ)を彼女にできるかもな位置にいる自分!、ってな優越感すらかなぐり捨ててただもうあの、愛おしい華奢な肩をしかと抱いてその、美しい瞳がパアアァって煌めき眼差す明日という海へと、あまねくみなを暖かい悦びの渦に包むようなたおやかな海へと、漕いで漕いで漕ぎ続けてゆきたいと希うんだ― きらびやかでありながらそれでいて、ちょっぴり毒気を含んだモスバーガーでの夜だった。彼女の背には大きな、23の数字。Tモバイルパークのセンターで、背中に羽でも生えているかのように、マイク・ジョーンズはその日の朝(シアトルは夜)もダイビングキャッチでチームを救ったところだった。「すごかったのよ」と彼女は僕に、そのスーパープレーの動画を見せてくれた。「まあでも、1番守備での貢献度が高いのは、なんといってもショートストップなんだけどね」と僕は言ったのだけど、そのとき彼女の面に兆したいわく言い難い一筋の緊張のようなニュアンスを、僕は今でも昨日のことのように思い出す。 それはまさしく仕方のない事態だった。僕らは互いに、互いの置かれた状況のなかで最善の選択をしたにすぎない。彼女はただ、悦びを分かち合いたいというあの―彼女の最も高貴な―衝動にピュアに従っただけだ。僕は僕で、彼女の関心をこの自分へとほんの僅かでも傾けるために、その悦びに水を差してやろうなんて気持ちは微塵も持たずに、ただ僕という方角へとその美しい瞳を振り向けようとしたにすぎなかった。でも反応が反応だっただけに、その反照のようにして、胸のうちに兆していた、下心と呼ぶにはあまりに繊細な揺らぎにすらそのじつ、その裏に醜悪なほくそ笑みのような暗部が存在していたのだという感覚から逃れられなくなってしまった。2人のあいだの緊張は微細ながらも続いて、"緊張をごまかすくらいなら緊張している方がマシ"という当時の僕の素朴きわまりない信念もあって、たびたび理由のないような沈黙に見舞われることにもなった。けれど帰りしな、努めて見つめたモスの看板の和やかな緑は、そんな僕の心根も、尾を引いていた緊張も沈黙の気まずさもみな、来たる明日の青空へと解き放ってあげると、そう爽やかに約束してくれているかのようだった。 モスといえば彼女に、「君はマクドできゃっきゃ言いながら女子会してる女の子たちみたいだぜ」ってからかってみたことがあったっけ。「なによそれ〜」と、やはり彼女のお決まりの頬膨らませだった。なんのことはない、それはホントに単なる冗談でそのじつ、彼女こそはまさしく真にモス的な(?)女の子だったのだ。 モスの緑を思い浮かべるたび、この胸のうちの連想は瞬く間に彼女のあの、キュッと締まったしおらしい臀部へと導かれることになる。僕らがあの日々を送っていたのは古都だというのに、そのか細くもエレガントな両脚が一歩前へと運ばれるほどに遥かなる、懐かしい海風の手に包まれるような心地がしたものだった。もちろん、彼女の腰つきはセクシーだった。しかしそこには音なき音が―耳を澄ませなければ聴こえぬ遠い海鳴りのように―響いていて、それは僕を狂おしくさせるというよりは甘美な、たとえば夜明けの浜辺に抱き合い波に洗われ続けたいといった祈りへと導くのだった。 "君は「女の子」なの?それとも「女」なの?一体全体、どっちなんだい?" "いやらしい人" "アメリカのグラビアクイーンなんかと比べたら、君はまだほんの幼女みたいなもんだな" "なら、さっさとそのクイーンとやらのところへ行ってきなさいな。カメラに収めるのがやっとでしょうけど" "なっ、なに!?"―むろん大きくなどなく、といって丘と言うにはいささか丸みを帯びた膨らみはその今、武骨な5本の指に鷲掴みにされているのだった。 "君の健気さが集約されてるような胸だ" "さっきは軽い気持ちで言っただけだったんだけどあなた、本当の本当にいやらしい人だったのね"― 振り返ればあまねく、たおやかなさざ波に洗われ続けているような日々だった。そう、それはついに航海へと至ることはなかったのだ。あの瞳が悦びを振りまくその方角へと、ひとえに手を取り合い突き進んでゆくという純真さを、それはついに獲得しえなかったのだ。祈りの静けさは気づけばあの、瞳の底の混濁を見定めるための背景へと成り代わってしまっていた。明日にはまた、変わることなく彼女に洗われることは分かっていたものの、その波形を我が物とし、内へと自らを溶かし込み、そうして1つの潮流となることが、僕にはどうしても叶わなかった。むろん僕は、―それがどれだけ淫らだったかは置いておくとして―彼女への甘やかな囁やきや悪戯を楽しんでいた。そんなおり彼女はやはり頬を仄かに膨らませながら、そうして僕という引力に引き込まれているかに見えた。しかし明くる朝には彼女は―なんてこったい―、そんな僕のささやかな試みなどはなからこの世界には生起していなかったのだと言わんばかりにあの、あっけらかんとしたデフォルトの状態に戻ってしまっているのだった。 「わたし、マイクのお嫁さんになるのよ〜っ」と、回る回る。クルクル回る。その可憐な色香は昇ってゆく。今日という日の秋空へと。あの日々の彼女の、無邪気さで。
ありふれた愛、なんて言わせない(!) ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 630.5
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2024-05-04
コメント日時 2024-05-05
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
...怖いです.......
1大切なエピソードを、輝かしい言葉で、読者の意識を借りながら、想起している。 あまりにうまく行っているけれども、それにとどまりがないという事実は、怖いくらい良い。 それは、時代が祝福している。今という時代が、コロナの悲惨を通り抜けた人々に、 代償を払ってくれている。いつまでも、二人の間を大切にされるんでしょう。 最後はみんな、ハッピーエンド。でも終わらないよって。
1うーん。 正直、そんな一言コメなんてないよって思いました。ルールにも違反してるのでは?って思います。 たしかに醜いところも出した文章で、けっこうな人は不快感感じるだろうなとは思いましたが、それでも、そんな"調子に乗った"僕はだからこそ振られたのだ(ろう)という筋立てによって、客観的な作品たり得ていると、そう自分では思っている次第です。 無邪気なままの彼女を最後に置いたことは、彼女は無傷だった(≒僕に勝った)との意味も持たせています。 浜辺の部分はたしかに心象世界ですが、その赤裸々な心象の中においてすら彼女に、"本当の本当にいやらしい人"と言わせている。そこを勘案しても自分では、露出症的な作品というよりは批評的な作品だと思ったのですが… おまるたろうさんに届かなかったこと、残念に思います。
1過分な褒め言葉をくださりうれしいです♪ 自分的には書き終わったあと、モスでの最初のエピソードが少し観念的で浮いてるかなと思っていたので、"あまりにうまく行っている"とのお言葉、少し恥ずかしくもありましたが(汗) 感想もらうもらわないに関わらず、もう毎月淡々と発表していくだけだと腹を決めつつあったのですが、やはりこうして感想いただけると本当、ごく自然に次も!ってな気持ちになれますね。 投票までしてくださり、本当にうれしかったです☆♪♪
1読んだときに、一言コメントではなく、わりと長文を書いたのですが、あえて一言コメントにならざるをえないような部分がありました。どんな人か知らなかったからです。 雪月統さんは、脳の深い部分にまで”効く”ものを書く人だなと思いました。人間の普遍的な情動反応を引き起こすような。言い換えれば、それは才能があるということだと思います。ただし、それは必ずしも、「快」の方ではないということです。 今、お返事を読む限り、その自覚もないという気がしています。 読み手がどのような感想を持つかは自由ですし、作り手は、作品を世に問うているのですから、その感想や批評を、ときには批判であっても、一度は引き受けるべきでしょう。
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