きみは変態 - B-REVIEW
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これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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きみは変態    

 ゐやっほーう、ゐやっほーう。  変なやつがいるな、と思った。直感と言うか、本能と言うか、そういう類のものが全力で警報を鳴らしている。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  きっと、こいつは実際にやばいやつなのだろう。姿も、動きさえも見えず、声しか聞こえないけれども、それでも強く確信する。きっと、いや、必ずこいつは変態だ。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  どこからともなく聞こえてくる声は止まず、なおも降りそそぐ。規則正しい一定のリズム、ブレのない正確な音程、そして、人を小馬鹿にしたようなセリフ。声の主はどうやら几帳面な変態らしい。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。   もう、初めて声が聞こえてから、かれこれ四時間が経つ。そのあいだ、声の主は一回も休むことなく、独特のリズムで喋り続けるというか、歌い続けるというか、まあ、とにかくそんな感じで声が聞こえ続けている。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  最初は馬鹿なのかな、とか、暇な人だな、とか、そんな失礼な感想しか思い浮かばなかった。正直に言えば、迷惑だとさえも思っていた。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  しかし、今は違う。僕は気づいたのだ。この声の主は、プロだと。己の行為に使命感と誇りを持つ、プロの変態なのだと。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  依然として、姿は見えない。声だけが聞こえている。中性的な声なので、声の主が男なのか女なのかもわからない。そう、声以外は一切どんな人であるのかわからないのだ。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  しかし、これも彼(もしくは彼女)がプロ意識を持っているが故なのだろう。彼(もしくは彼女)はプロだからこそ、見た目の奇抜さや一発芸よろしい変な動きに安易に頼ることなどしないのだ。彼(もしくは彼女)はプロであるから、“声”のみで勝負しているのだ。それが、プロなのだ。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  しかも、彼(もしくは彼女)はプロ中のプロであるから、一切の個人の特徴を出さない。中性的で、どこかで聞いたことのあるような懐かしい声は、受け取り手次第で自由に想像できる。あの人かな、この人かな……と。ましてや、初恋の人の姿を重ねて楽しむことだってできるのだ。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  僕はもう諸手をあげて応援していた。がんばれ! がんばれ! と、心の中で何度も叫ぶ。本当は大きな声を出して応援したいのだけれども、それでは声の主の邪魔になってしまうので、何とか我慢する。やはり、プロの観客たるものマナーを守った節度ある紳士でなければいけないのだ。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  声に、微かではあるが疲労が滲み出てきていた。時計を見れば、もう六時間が経とうとしている。プロとはいえ疲れが出てくるのも当然だ。が、しかし。ここで負けてはいけない! と、僕は胸が熱くなる。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  負けるな! がんばれ! と、さっきまでよりも強く念じる。ここで疲労に、自分自身に負けてしまうようでは駄目なのだ。プロなら、いや、変態なら、絶対に負けてはいけないのだ。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  一般人の理解の乏しさによる偏見や差別、身に覚えのない罪による通報など、変態ならではの苦悩は尽きることはないだろう。社会的には、ほぼ死んでいると言っても過言ではない。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  けれども、それでも、君は変態であることを望んだのだろう? 自分で選んで勝ち取ったのだろう、“変態”と言う称号を。誰もが子供のころに一度は憧れるが、みんないろんなことに負けて諦めてしまうというのに。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  それでも、君は“プロの変態”になったのだろう? 想像を絶するような、苦しい日々の先に。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  もしかしたら、家族や友人、恋人にすら秘密で活動しているのかもしれない。誰に認められるわけでも褒められるわけでもないのに、人知れず厳しい鍛錬をしていることだろう。そうした日々を経て、こんなにも素晴らしいパフォーマンスを仕上げたのだろう。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  自信を持ってほしい。それは決して運とかコネではない。君の、君自身の努力の成果なのだから!  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  よほど苦しくなってきたのか、リズムも少しずつ遅れだす。僕は強く、強く、念じる。がんばれ! がんばれ! まけるな! と。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  変態も、僕も、全身全霊をかけて戦っている。この戦いの先に何があるのかは、僕も変態も知らない。もしかしたら、変態の目指してきたものが得られるのかもしれないし、はたまた、何も得るものがないのかもしれない。これは、無駄なことなのかもしれない。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  でも、それでいい。それでいいのだ。変態に、理由なんていらない。理屈なんてない。ただ、感じてほしいだけだ。己の技を。変態と言う業を。  ゐやっほーう。ゐやっほーう。  僕は、最後まで聞き届けよう。変態の最後の一声まで。必ず。


きみは変態 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 8
P V 数 : 1148.2
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2018-01-22
コメント日時 2018-01-27
項目全期間(2025/04/22現在)投稿後10日間
叙情性00
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2025/04/22 11時47分02秒現在
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    作品に書かれた推薦文

きみは変態 コメントセクション

コメント数(8)
ふじりゅう
(2018-01-23)

拝見しました。 徹頭徹尾笑いを含ませ、かつ詩としての軽快さを踏まえたこの作品には脱帽です。注目したのは、最初は不審がっていた主人公が、気がつけば変態を何時間も眺める変態となっていくという点です。いい作品だと思いました。

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三浦果実
(2018-01-23)

投稿ありがとうございます。これは面白すぎる。私、詩の投稿掲示板で、こんなに笑ったの初めてです。

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R
(2018-01-23)

「いやっほーう」でも「ヰヤッホーウ」でも「ゐやっほー」でもなく、「ゐやっほーう」だからこそ、ここまで愉快な作品に仕上がっているのでないかと、素人ながらに思いました。 その上、最後の方はドキュメンタリーの感動すら覚えます。 ゐやっほーう。何故か言いたくなる、クセになる楽しさ(笑) 数年前に見かけたふなっしーおじさんを思い出しました。

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kikunae
(2018-01-23)

藤井龍平さん コメントありがとうございます。ちょっとずつ感化されていく語り手の感じが伝わってうれしいです。

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kikunae
(2018-01-23)

三浦⌘∂admin∂⌘果実 さん コメントありがとうございます。楽しんでもらえてうれしいです!ギャグ系の書くときには、自分の笑いのツボが他人のそれと一致するかちょっと不安になるときもあるので。

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kikunae
(2018-01-23)

Rさん コメントありがとうございます。 この作品では、変態に関する情報を極限まで減らして読み手の想像力に委ねられるように意識して書いたので、自分の中で自分だけの変態を楽しんでもらえてうれしいです。

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百均
(2018-01-27)

いやー、なんともレスしにくい作品だ! この作品を真面目に読もうとすると、なんだか「僕」になっちゃいそうで怖いしなぁ。僕も最初は変態さんの事を変態だと決めつけて素通りしようと思ったんだけど、出来なかったわけで、それが応援するまでになってしまっているという状況ですよね。僕もこの詩をギャグだと決めつけて読む子とで素通りしようとしたら、この作品の中に流れている色々な突っ込みポイント(いつのまにか僕が倒錯してしまっている所、変態の情報は「僕」による観察を通じてのみ開示されていく所とかね)があって、作りとしては真面目になっているというのか。。。とこのように、シンプルな作りでありながら奥が深いのだと、僕が言うとしたら、多分百均もまた外野からすると、「僕」みたく見られてしまうというかね。中々人を食ってしまうような作品だと思います。 話は少し逸れてしまうんですが、僕はホラーとしても読みました。なんというか、クネクネとかヒサルキみたいな洒落怖の小話を思い出します。基本的に乗っ取られる人側、つまり被害者側からああいう話って書かれないと思うんですが、本作の凄い所は「ゐやっほーう。ゐやっほーう。」によって僕が乗っ取られるまでを自然二書いちゃってる所だと思います。多分もう少ししたら僕も分析するのをやまてしまって「ゐやっほーう。ゐやっほーう。」と言いだし始めるような気がします。

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まりも
(2018-01-27)

なかなかスリリングな試みと思いつつ、半分くらいに絞った方が凝縮されて良いように思いました。 自己解説を入れていますが、そこを自身の内面のつぶやきのみにして、かみわあわない謎の対話のような、不条理劇のような方向に持っていっても面白いのではないか。あくまでも案ですが、自問自答のモノローグを傍らで聞いている感覚が残る。 謎のダイアローグを展開するのを、語り手自身も一人の目線から見守って書き留める、というスタイル。工夫の余地のある作品だと思いました。

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