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ゲシュタルト崩壊
ゲシュタルト崩壊という現象がある。 わたしも若い頃経験したけど、あれ、ほんと不思議 なもので、ひとつの漢字をずっと集中して見続けて いるとバラバラになって何がなんだかわからなくなる。 あまり深く考えることもなくこのことをスルーしてき たのですが、吐白さんの詩「拡大図のとなり」をみて 詩文というのは恣意的なゲシュタルト崩壊が少しある のではないかと思われてきた。 ある文章のゲシュタルト崩壊を阻止しているのは 助詞と、行を読む順序の原則である。しかし 日本語の「漢字」そのものは実は阻止を無化する必然性 をもっている。というのは漢字が象形文字だからである。 例えば「形式」という文字の〈形〉という文字をじっと 見つめていると人によってはゲシュタルト崩壊が生じる。 それは鳥居のようなかたちと、さんずいのようなかたちが 文字にあてられた意味を超えて新たな意味とイメージを つくりだすからではないだろうか。いや、しらんけど。 「形」は、分解すると、『开+彡』になります。 开の元の字は『井』ですが、 この字は『木で井の形に組んだ井戸のふち(井桁 いげた)のデザイン』を表し、模様や形を表す『彡』 が加わることで、「形」は木の枠を組んだ『鋳型 いがたの外枠』となります。(産経国際書会) このように「形」という漢字は「开(かい)」と 「彡(さんづくり)」で出来ており、ある図柄を表す。 ところで最近の子どもたちは何故か漢字が覚えられなく なっているらしい。これはひょっとするゲシュタルト崩 壊と関係あるのじゃないかと個人的には思っているのだけ ど、ようするに最近の子どもたちは 漢字を記号として覚え、象形つまり絵柄として覚えな いらしいことがわかっている。だからすぐにそのかたちを 忘れてしまう。 一部では漢字が覚えられないのは発達障がいであると いわれているがどうやらそうじゃないらしいのである。 記号として覚えることは理知的かもしれないが漢字のも つ絵画性が失われる。だから漢字をじっと見ていると 記号としてしか覚えていないから次第に何がなんだか わからなくなるのかもしれない。 ところでこのように漢字を使う日本語の助詞を無視し、 読む順序を好き放題にすれば 当然といえば当然どんな文章にもゲシュタルト崩壊のよう な混乱と無意味が生じる。読む順序は人間の宿命のよう なものでだれもこれを変更することはできない。 が、しかし、 人が死ぬ間際に走馬灯のように浮かぶ想念もまたゲシュ タルト崩壊のひとつではなかろうか。 とすればひょっとするとこのような詩もまた人間の ある境地における自然な情念の表出かもしれない。 わたしにとってこの詩はめちゃくちゃ面白くはないが かといって幼稚なポエムよりはよほど面白く読める。 たとえば次の一行。 多分そこにある糞あり都あり、白。 これにはわけもわからず吹き出した。 これを分けてみると 多分そこにある 糞あり 都あり、 白。 こうなる。 わたしたちは順序の原則通り上から読んでいくが、 多分これらは、ひとつひとつ独立しているのである。 本来、つながってはいない。 それを読む人が恣意的に組み立てていく。 こういうのは実は身近によくある。たとえば マッチ擦るつかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司の有名な歌ですがこれ上と下まったく関係 ないですよね。でも歌だからなんとなくつながる。 いや、読み手がつながらせているのです。 これがもっと徹底されると吐白さんのような詩になる のじゃないだろうか。 余談ですがわたしが思うに寺山修司という人の歌の 特徴はこの つながらないものをつなげる という ところにあったのではないかと思うのです。 つながらないものをつなげるには天才的な感性が必要 になる。たとえば次の歌などふつうならゲシュタルト 崩壊してしまってもとも子もないはずなんですが凄い 歌になっている。 大工町寺町米町仏町 老母買ふ町あらずやつばめよ 『田園に死す』(ハルキ文庫)) 日本語の詩においてことばを記号化せずしっかり 漢字の形象を掴んでいた。そう思われます。 詩においてもしこの技法を皆伝してある水準に達すれば とてつもなく斬新な 近未来詩になりうるのじゃないでしょうか。 わたしごときにはとても真似が出来ないかもしれない ですが。ゲシュタルト崩壊した言葉が集塵されてなにか 面白い意味をもつようなものを読んでみたいですね。 ※固苦しい勝手気ままな感想コメントご容赦。 夜間、ふと目が覚め、これを閲覧して急に思いついたこと を書き留めました。 それと運営のミスかどうかわたしは何故か「イイネ」や五 項目評価ができないのでこれにてイイネ に代えさせていただきます。
ゲシュタルト崩壊 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 590.3
お気に入り数: 0
投票数 : 1
作成日時 2024-02-18
コメント日時 2024-02-19
あ、良い読みをなされているこちらの方が正解かも
0知らないあいだに自分が受けれてるコロケーションも実は当たり前じゃないし、意味も決められらいってことが、詩を読んでて気づくってことがあります。でもそれを気付かせるにはただ無意味な連なりを作るだけじゃダメで、なにかその人にとってのリアルな感覚を埋め込んでいけるかどうかなのかなと、読んでて思いました。
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