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かなC
蛍光灯が切れて、世の中の事がどうでも良くなった朝に、リストカットする勇気はなく、代わりに髪を切って、そのまま登校するのが怖いから、ニット帽をかぶって電車に乗った。揺れる床を見ていると、足音が段々近づいてきて、隣の席に座った途端、電車が走り出した。山並みの向こうから顔を出す朝陽、斑状になった坊主頭がジリジリと焦げ始める。本を開き、ページを見つめている内に電車がトンネルに入る。窓に映る猫背と、ニット帽と、その隙間からほんの少しだけ見えるまつげの太さと、私の顔が、トンネルを過ぎると、川が一瞬で遠ざかり、田んぼが遠くまで見えて、その空には鳶が見えた。電線が波を打ち、その上を鴉と雀達が歩き回り、追いかけ合いながら空を飛んでいく。教室に入ると誰もいなかった。そのまま腕を枕にして寝ていると、級友が入ってきて何があったのか問いただしてきた。そのまま教室にやってきた先生に呼ばれて生物室に連行され、そこから小さな騒ぎが校内に広がっていった。一度、保健室に連れて行かれ、担任に促されながら、ニット帽を外す事になった。その後、直様親が呼ばれた。髪を切ったのは昨日の夜の風呂場だった。鋏を風呂に持ち出して、鏡を見ながら自分の横髪に鋏を入れたのだ。それを繰り返している内に、排水口から汚い灰色の水が吹き出してきた。頭をぬるま湯で流し、髪を排水口から拾い集め、ゴミ箱に捨てると、頭をタオルで巻いて二階に逃げた。((そのまま進路相談室で軽い事情聴取が行われた。(何をどう聴かれても仕方がなかった、ただ髪を切ってみたくなっただけ。)そのまま親に連れられて学校を早退する事になった。家についてすぐに、親から渡された3000円をポケットに入れて、小学生の時からの馴染み床屋に向かった。自分で切り刻んだ凸凹な髪の毛を、バリカンで剃り上げられる間だけ、久しぶりにちゃんと眠った。顔を剃っていると、後ろから小さいラジオの声が聞こえた。県の中央にある小さな植物園の取材が行われていた。ニュースが流れ、民謡が流れる、わざとらしい声のCMが流れる。入口の鐘がなりハゲ頭の爺さんが新聞を持って入ってくる。頭を洗い終わり、ドライヤーをかけ、整髪料をかけてもらう。そのまま歩いて家に帰る。自分の部屋に戻り、机の上に置いているまっくろくろすけのぬいぐるみを掲げた。机の引き出しを開けて虫眼鏡を取り出し、部屋のカーテンを開けると。虫眼鏡を太陽にかざし、まっくろくろすけに向かって光を照射した。すると、一階のドアの開く音がして、次に、二階を上がってくる足音がした。慌てて虫眼鏡を引き出しにしまい、まっくろくろすけを所定の位置に戻し、部屋の窓をあけて換気した。親が部屋に入ってくる。タバコの臭いがじゅうまんしていた。誤解である。
かなC ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 888.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-03-11
コメント日時 2017-03-13
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
その昔、のりピーこと酒井法子は「うれピー」という言葉を普及させました。そんなことを憶えている世代にとっては違和感のない「かなC」というタイトル。そして内容もかなC。というか、残念すぎる。 まず冒頭からかなC。蛍光灯が古くなって点滅する部屋ほどかなCものはありません。私は織田信長より長生きしているので、これまでの経験からあらかじめ予備の蛍光灯を準備しております。それはともかく、語り手は何で蛍光灯が切れたくらいで髪を切ったのか。女の子なら失恋して切るというお約束もありますが、おそらく語り手は男の子です。蛍光灯が切れたくらいで世の中の事がどうでも良くなるとは、いったい彼に何があったのでしょうか。でも世の中には太陽が眩しいとか月曜日が嫌いという理由だけで人を殺す連中もいるくらいですから、彼の中にも人々の想像力では解読できない感情が芽生えたのかも知れません。 それにしても残念すぎるラストシーン。虫眼鏡で黒点を炙るのは、もっと早く卒業すべきでありました。もう40年くらい前の笑福亭鶴瓶の「オールナイトニッポン」で、男の子が風呂場で自家発電をして発射した直後に親が入ってきた時に、「これ、リンスでんねん」と苦しい言い訳をしたというエピソードを思い出しました。がんばれワカゾー(何から何まで古い
0髪を切る、ということの凶暴性と自傷衝動(実際には、今現在のどうしようもなさ、が万が一改善されれば・・・億分の一、ほどの希望かもしれないけれど・・・生の衝動へと転化するはずのエネルギー、であるはずの)から出発する作品であるのだから、いっそ女子になりきって書いた方がよかったかもしれない、と思いました。 まつ毛に目がとまるあたりも、繊細な女子目線が感じられるので・・・なおさら、「床屋」ではなく「美容室」にしてみるとか。 読点の打ち方の多さ、この細切れ感は、意図的なものでしょうか。散文体でさらさら流していきたくない、のであれば、体言止めや言い切りの形、唐突に断裂する文章、そういった形で、文体そのものにリズムをつけるというのか、空隙を作って行く方法もあるかもしれない。あえて散文体にするのであれば、読点が多すぎるのではないか…という印象があります。言いよどむ感じ、語りをデコボコにしたい、そうならざるを得ない、という心境を描くのであれば、またそれなりの読点の打ち方もあるだろうな、と思いつつ・・・。
0もとこさん >その昔、のりピーこと酒井法子は「うれピー」という言葉を普及させました。そんなことを憶えている世代にとっては違和感のない「かなC」というタイトル。そして内容もかなC。というか、残念すぎる。 うれピー! 僕もなんだか懐かしいですね。なんでだろう。多分母親と父親がふざけて使っていたからでしょうか。先日ニコニコ動画見てたら「かなC」を見掛けまして、なんかどっかで見た事を使ってるのかなぁとちょっと思いました。 >それにしても残念すぎるラストシーン。虫眼鏡で黒点を炙るのは、もっと早く卒業すべきでありました。もう40年くらい前の笑福亭鶴瓶の「オールナイトニッポン」で、男の子が風呂場で自家発電をして発射した直後に親が入ってきた時に、「これ、リンスでんねん」と苦しい言い訳をしたというエピソードを思い出しました。がんばれワカゾー(何から何まで古い 深刻なように見せかけて、実は全然そんなじゃないのに、という感じで、笑い飛ばすのもありかなという一方で、上手く他の方向で纏まらないかなと思いつつ書きました。つまり「かなC」なのですが、それが全面に出ていたら他に言うことはないかなと思います。長いあいだ思いついてから書けなかったテーマでしたので、これで成仏できればと思っています。ありがとうございました。 まりもさん >髪を切る、ということの凶暴性と自傷衝動(実際には、今現在のどうしようもなさ、が万が一改善されれば・・・億分の一、ほどの希望かもしれないけれど・・・生の衝動へと転化するはずのエネルギー、であるはずの)から出発する作品であるのだから、いっそ女子になりきって書いた方がよかったかもしれない、と思いました。 >まつ毛に目がとまるあたりも、繊細な女子目線が感じられるので・・・なおさら、「床屋」ではなく「美容室」にしてみるとか。 女の子を主人公にして書く、という事に、挑戦してみたいと思いました。僕は絶対に無理だろうと思っている節がずっとあったのですが、掲示板でのやり取りをへて、まりもさんから言葉を頂いて、挑戦してみようと思いました。結果的に表面的な部分の模倣になっちゃうかもしれないのですが、そうなったときは女性の皆さんに色々指摘いただけるような出来にまで最低限は仕上げておきたいと思いました。 >読点の打ち方の多さ、この細切れ感は、意図的なものでしょうか。散文体でさらさら流していきたくない、のであれば、体言止めや言い切りの形、唐突に断裂する文章、そういった形で、文体そのものにリズムをつけるというのか、空隙を作って行く方法もあるかもしれない。あえて散文体にするのであれば、読点が多すぎるのではないか…という印象があります。言いよどむ感じ、語りをデコボコにしたい、そうならざるを得ない、という心境を描くのであれば、またそれなりの読点の打ち方もあるだろうな、と思いつつ・・・。 ここら辺が僕の癖、になってしまっている部分は否めないです。作るときの下書きみたいな形で言葉の雑な部分が残ってしまうので、そこらへんの調整の仕方をいい加減学んでいかなければならないと思いました。多分僕はもう少し推敲の感覚を鍛えていくべきなんだろうと思います。こういった散文の形式を取る際にはそこら辺にもう少し意識を傾けて詩作していきたいと思いました。ありがとうございます。 クヮン・アイ・ユウさん >この描写から、悲しみがじんわりと伝わって来ました。 なんとなくキラーフレーズみたいな文を差し込む事によって目を引いていただきたい箇所を仕込んでいて、そこが読者の方に伝わればと思いながら色々と付け足しをしたのですが、そこが上手く機能してくれたのかなとホットしています。今後もそこらへん上手く文章に忍ばせていきたいと思います。 >はじめ、読点の多さと一文の長さは気になりました。しかし、何度か読み直す中で、本作の「わたし」の年齢(実年齢、精神年齢ともに)やその他の状況とを想像すると、この形がやはり一番いいのではないかという答えにたどり着きました。好感が持てる作品でした。 いい意味での「整わなさ」に美しさを感じました。ちょうど、思春期の子らの完成しきっていない顔にそれを見るように。 自分の文章を読み返すと、下手くそだなぁと思いつつも、それが逆に味を出しているときだとか、後々読み替えすと雑なのですが、その時はいいなぁと思ったりだとか、そういう部分を憎んだり憎めなかったりしながら書いているので、結構悩ましい問題だなぁと思っています。それが表現に少しでも繋がっていけたのであればよかったなぁと思っています。より好感につながるような書き方を模索していきたいと思います。ありがとうございました。
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