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雨に溶ける
雨が降っている。ぼやけた景色から、潮の匂いが、むわっときた。霧吹きで汗を掛けられている気分になった。立ち眩む。デジャヴという言葉が、ブラウン管のノイズのようだ。アニメで見た、液状になった人類の交合。魂の限りない平衡を、主人公は拒んだのだっけ。 空いっぱいの暗さが、目に映っていたものたちに伝う。雨が色を流す。いや、色が雨に流れていくのか。シンナーを吸っていた同級生がいたな。あの子の化粧はピエロのようだった。わたしのあげた香水、付けてたのかな。 透明に黒ずんだフィルムが、まわる。幾筋もの影が交錯している。安物のピンク映画のように思えた。父の部屋は暗かった。窮屈だった。これ、いつの靴だっけ。こらえられなくなって、蹴とばすように脱いだ。実際、転がっていった。母もあんな風に倒れた。すぐに、くつ、という綴りだけになって、色や形なんて跡形もない。ほんとうに見えなかったんだ、蒸気は。 香りがする。痺れるような甘い香り。頭の奥に稲光がはしる。どこに落ちたかな。 〈いいえ、あなたが、かえったの〉 懐かしい声がする。背にしたドアが冷たい。あの子がなおも囁く。 〈あの香水、覚えてる?〉 白い花が揺れている。水仙。ああ、甘い香り。鼻をつけて、大きく呼吸を繰りかえした。もげてもいいと思った。脳が熟れた果物だっただなんて、知らなかったな。 〈あなたのお父さんだって、咲き誇っているわ〉 雨が降っている。摘みに行かなきゃ。いやだ。一歩でも踏み出せば、どうなるの。土に還るの? 〈ちがうわ、あなたはまだ知らないだけなの〉 〈そうだ、お前はあいかわらず馬鹿なんだな〉 〈お母さんもそう思うわ、さぁいらっしゃい〉 雌しべと雄しべから、数え切れない水仙が咲いた。鼻が痒いと思えば、目が弾け飛び、発酵しすぎた脳が飛び散った。水仙は、けれど白いままだった。極彩色! 狂女がわたしの体へ放尿する。蛆を勃起させた父が、青白の母と交わる。骨と皮が擦れて喧しい。わたしは茎を膣に突っ込んで、処女膜をなぐさめた。(そゆなものがあったっけ!) 仰け反って頭は天を仰いだ。静かに、雲が蟠っていた。稲光がわたしへ抱きついてきた。 色が褪せていく。雨は止んだ。灰色。ただの灰色。灰色だけの空。頭を横にたおす。花が落ちていた。いや、泥まみれの靴だった。笑ってしまった。土はすこし苦かった。起き上がろうと手をついて、水仙を握っていたことに気がついた。もう、ぐちゃぐちゃだ。これじゃあ、もう嗅げないなあ。どうしようか。また取りに行けばいいか。きっと父の上に咲いているんだもの。一、二本でも手折って、母さんのところに行こう。きっと喜ぶだろうな。 空が晴れてきた。起き上がって靴を履く。そういえばこれ、香水のお礼だったっけ。人肌の泥は気持ち悪かった。潮の匂いがして、わたしはよろめき、足を挫いた。無性に悲しくなって、水仙を食んだ。やはり香りはしなかった。ただ、口いっぱいに不快感がひろがっただけ。 でるだけの唾を吐き捨てた。苦い、臭い! こびりついている。 空が青い。当分、雨は降りそうにもなかった。
雨に溶ける ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1158.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-11-21
コメント日時 2018-02-08
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
花緒さん ご指摘の部分は、わたしの内面の混乱を独白調によって表す、という目的があった箇所です。しかしそこが浮いているということも事実であります。 ありがとうございます。
0新染因循さん、こんにちは。 >わたしは茎を膣に突っ込んで、処女膜をなぐさめた。(そゆなものがあったっけ!) 仰け反って頭は天を仰いだ。静かに、雲が蟠っていた。 ここの部分がとても好きです。あとの部分はどこか定型的で、整いすぎているように読めてしまいました。
0Migikataさん こんにちは。整いすぎ、ですか。もしかしたら陶酔、とするには理論的な語の力に頼りすぎているから、そう感じるのでしょうか……。 ありがとうございます。
0ビート詩ですね。時代背景は今の感じはしなかったのですが、シンナーのあたりとか、しかしながら雨の中のモワッとした感じは伝わりました。 良かったです。
0暗さから灰色へ。 香・・・というよりは、匂い、臭いが喚起する官能、身体的な表現を多用することによる迫真性。 意欲的な作品だと思いました。 純白のものを汚していくというイメージ、靴が醸し出すフェティッシュなエロスをかなぐり捨てつつとらわれている(とらわれにいく)ような能動性。 作者が男性か女性か不明なのですが、男性視点で、女性に顕著と言われる身体感覚や生理感覚を縦横に駆使して、死(あるいは死に至る官能)に犯される母、未だ死に侵入されていない自身を、あえて死にさらしていくような能動性。 実際の死を望むということではない、死に匹敵するような官能を激しく望みながら、どこか醒めた視点で見つめている(見定めている)精神の有り様を感じました。 陶酔と混乱の世界に「行ったっきり」にならず、現世に帰還してくる筆力にバイタリティーを感じます。
05or6(ゴロちゃん。)さん ビート詩、たしかに陶酔によるからそうでしょうか。シンナーはわたしもあってないなぁと思ったのですが、以前天王寺でコンビニの袋をすーはーしてる人を見かけて、あ、まだ有機溶媒は現役なんだなぁと思ったので用いました。もっとも時代背景はあまり関係ないのですが。レスありがとうございます。
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