逆さの象 - B-REVIEW
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逆さの象    

町の図書館で、連れてこられた子供の騒がしい声に辟易して、僕は思い余って非常口のドアらから外に出てみたら、そこは草原だった。なだらかな丘陵の青々とした草原がどこまでも続き、所々に雑木林が島のように点在して、暑くも寒くもなく穏やかに晴れて、大地の緑と空の青と雲の白との対比が絵に描いたように鮮やかで、微風が頬を撫でていた。 気がつくと空のそう高くないところに、一頭の象が上下逆さまになって浮かんでいた。その象は完全に静止していて、微動だにしなかった。象は耳の大きさからアフリカゾウのようであった。「アフリカゾウが逆さになるとウゾカリフアだな」などとくだらないことを考えながら、象の真下へと歩いてゆき、そこで仰向けに寝そべってみた。「これで象が落ちてきたら即死だな」と思っていると、まるで、空を映した浅い水溜まりに象が立っていて、自分が空に浮かんで象の背中を真下に見下ろしているような錯覚に陥った。 人には、頑張れる人と頑張れない人の二種類がいて、頑張れる人は頑張って結果を出せばいいのだが、頑張れない人が無理に頑張っても病気になって、結果は出せない。そんな病気には頑張らないことが一番の薬で、それはもうどうしようもないことで、人間が鳥のように空を飛んだり、魚のように水の中を泳いだりできないのと同じで、さらに言えば、筋ジストロフィーや糖原病の人に100メートル走を強いるのと同じで、極端な例を引き合いに出すなと言われそうだが、障害と健常の間は、非連続なときもあれば連続的なときもあって、それについて多くの人は、粗雑なカテゴライズしかできていないようだ。 それを頑張れなければ生き残れないのだ、などと言うのは野性動物の生存競争と同じで、そのことに僕達が違和感を感じざるをえないのは、やはり僕達が野性動物ではなく人間だからであって、でもそのことを突き詰めてゆくと、とてもデリケートな領域にまで踏み込んでしまって、優生学やら生命倫理やら侃々諤々の議論の末、なんの結論も出なかったりするので、あまり深くは考えられなくて、僕は真上の象の何の変哲もない灰色の背中を、ただぼーっと見詰めるだけだったのだが、ただ一つ確かなことは、アフリカゾウは空に浮かぶことはできないということだった。  あぁ、僕が今まで一生懸命になって自分の人生に求めてきたものは、こんなふうに象が上下逆さまになって、そう高くない空に浮かんでいるような、そんなことだったのかなと、今、この瞬間そう思った。


逆さの象 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 11
P V 数 : 1074.0
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2017-11-12
コメント日時 2017-11-20
項目全期間(2025/04/09現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
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閲覧指数:1074.0
2025/04/09 10時07分07秒現在
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    作品に書かれた推薦文

逆さの象 コメントセクション

コメント数(11)
森田拓也
(2017-11-13)

こんばんは。 とてもなんか不思議で哲学的な面白い詩ですね。 読後、何かとても大切なことを考えさせられて、良い意味で取り残されたような、 そんな心地良い空虚感があったんですよね。 それで、第三連の「極端な例を引き合いに出すな」っていう部分で笑いました。 そんなユーモアもあって、深い思想性もあって、とても個性的で独創的な詩だなって。 高階杞一さんとか、四元康祐さんの詩の感覚に近いかなって感じました。 とても魅力的な詩ですね。

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m.tasaki
(2017-11-13)

森田拓也さま 初めまして。 「極端な例を引き合いに出すなと言われそう」という点については、実は私は重要なことだと思っています。 極端な例とそうでない例との線引きをどこにするのか、ということは、それに関わる当事者にとっては、その後とても生きにくくなるかもしれない、非常に重要なことだからです。 コメントをありがとうございました。

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右肩ヒサシ
(2017-11-13)

tasakiさん、こんにちは。 抑制の効いた筆できちんと書いた作品ですね。主人公の抱えている「障害」についても客観的に、距離を置いて描ききっています。 ここで展開する思索には、ギリギリ深みを見せない程度にまとめられていますが、敢えてそこで留めておくことで、読み手の側にその深みを委ねているように思えます。計算されたマージンがとられているんですね。 いいなぁ、僕もちょっと前だったらこんなふうに書けていたかもしれません!一方的で申し訳ないですが、親近感を持ちました。

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m.tasaki
(2017-11-13)

Migikataさま 障害と健常との間に関すること、そのカテゴライズについて、自分の考えをダイレクトに詩に書いていいものかどうか、そのようなものを詩と呼べるのかどうか、しばらく迷ったのですが、思いきって投稿してみました。 コメントをありがとうございました。

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カオティクルConverge!!貴音さん
(2017-11-13)

これは夢のような詩だなと思いました。 夢で人なり物が超現実的な事になっているのに、変に達観している自分がいることがあります。 その時の自分が何を考えているのか、分からないですけど 恐らくはこう言う事を考えているんだろうなと思いました。

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m.tasaki
(2017-11-14)

カオティクルConverge!!貴音さん♪� さま 初めまして。 夢に出てきそうな(もしかしたらもう見たことのある)光景を表現してみようと思い、こんな詩を書いてみました。夢には潜在的にある想いや感情が出てきます。それを拾い上げてみたいと思いました。 コメントをありがとうございました。

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m.tasaki
(2017-11-14)

花緒さま 視点、と面白さは変わらないと仰有っていただき、安心しました。 今後も文章をより洗練させてゆこうと思います。 コメントをありがとうございました。

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杜 琴乃
(2017-11-19)

再読した際、象と像を空見してあらたなイメージが浮かびました。逆さの象は逆さの像かもしれない、と。人生なにがあるか分からない。頑張れる人が何かのきっかけで頑張れない人になるかもしれない。 「人間が鳥のように空を飛んだり、魚のように水の中を泳いだりできないのと同じで、」その反面、「障害と健常の間は、非連続なときもあれば連続的なときもあって、」とあり、そうかもしれないし、そうでないかもしれないという考え。「障害と健常の間」という難しいテーマについて考えはじめると果てしなく、私という小さな存在のもどかしさ、のようなものを感じました。 序盤でアフリカゾウを逆から読んだり、「空を映した浅い水溜まりに象が立っていて、」という優しい雰囲気で引き付け、難しいテーマに持っていくところがすごいです。

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m.tasaki
(2017-11-19)

cotonoさま すごいと仰有っていただたき、非常に恐縮です。 健常と障害の間や、生存競争と人間性について突き詰めて考えると、やがて答が見えなくなってしまい、思考が停止してしまいます。そんな状態が、逆さになって宙に浮いている象をぼんやりと眺めているように感じたので、こんな詩を書いてみました。 コメントをありがとうございました。

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くつずりゆう
(2017-11-19)

m.tasakiさま わたしにとって、とても新しい感覚を得ました。 笑いが漏れたり、ふーむと考えさせられたりする中で、読みやすさの中から投げかけられる沢山の問い。 大切なことは、こんな風に空を見上げて、ふとした瞬間に気づかされる温かなお味噌汁の湯気みたいな事かもしれないと思いました。

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m.tasaki
(2017-11-20)

くつずり ゆうさま 新しい感覚と仰有っていただたき、嬉しく思います。 幻想と現実をあえて繋いでみようと思い、このような詩を書いてみました。 「ふとした瞬間に気づかされる温かなお味噌汁の湯気みたいな事」というご感想、とても新鮮に感じました。 コメントをありがとうございました。

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