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門
っていうか殺人事件で すよ、これは。アナ ザースカイを観て いながら夜の何 時かわからな いというの は、いや 半端な こと で はな い音楽 瀬という やつを潜り 抜けてきた密 閉でしかない、 渡るようなさんず いに在庫がなかった と聞き糺した他時間♪ のトバリを開閉するよ うな海兵隊の存在感 をより増し的に割 り増し的に割り 箸的に掴み取 られた空気 の流しそ うめん を啜 る ♭あ るいは 最初から 音楽への道 が存在として 閉ざされていた ということか♯支 部給付ならぬ四分休 符ならぬ渋ハウスのダ ストに揉まれた荒濤の 際に並々ならぬ存在 感を増していた♪ 増し増し増し増 しましましま しましまし た♯しま しまし まし ま しま しま島 島島樹木 樹木園樹木 医樹の休符に 浚われて(浚渫 府としての斑入り の葉に垂れ流すよう に♪わりかし面白い音 楽を聴いているね君は 聞い♪聞い♪聞い♪ 聞い半島♪紀伊半 島♪ているね♪ 統一された統 語法がわか らずにい るとい う湯 を ♯て んでば らばらな 末梢神経の こずえに攫わ れるこころをた らしたみの実のな らぬ木を♭ヘルシン キの減る神姫♪シャー ク、シー・シェパード 、エコフェミニズム 、ブラック企業 、モラハラ、 パワハラ、 テクノロ ジーハ ラス メ ント を晴ら す、♪♪ ♪♪淡々と 語るのは統率 のない分水嶺だ ということを知ら ずにして♪♪波間を 松浦ギター驟雨♯波間 の国、が匡へと変貌す る形態学の携帯学出 現の予感がした、 ♪♪♪♪♪五線 譜に五連続の ご連絡を差 し上げま す。♪ えい え んが みつか らない♪ ズダダダー ン、スーダン 、ダンス、埴輪 のそれがキリキリ 舞いに仕舞うとき、 時刻はどことなく首を かしげ氏は価値を失う 》その喪のときがど ことなく首をかし げ死は家畜を喪 う》概念は響 き渡る声の ように煩 く鼻水 を垂 ら ♪す 》と♪ いう♪こ と♪が♪馴 る♪鳴る♪成 る♪なると♪渦 ♪しお♪の♪か♪ が♪する♪いまどき 誰もかしこも詩人だ♪ どういうことなの♪ど ういうことなのか♪ 足袋♪して♪他時 間をタシュケン トする多種検 討♪♪厨房 の犒いを 見たか ♪観 音 堂の 響く様 を見たか ♪ガルボ♪ ガルフ♪シャ ンディガフ♪を のみくだすわたし だけがわたしだけで なくあまいあいまいの あじをためすのだった ということだけまで はしられないまま のみちのくであ ーぎゅめんと がさんぜん とさくれ つする さく ら つき のみじ んこにし ょーとして みせためだま やきのかるびど んいりかるぴす♪ 一首の審判が告げら れて♯おわるおわーる おわーるどわーふおわ ーふおわふおわふるひ とびとをわすれえぬ ひとびとをわすれ ずにいるだけで ♯まとりょう しかがまと りょうし かたる ため に ♭せ んげん したへい くとせんげ んした♭へる しんきもへるし んきくさい♭ささ るふらっとがササル フラットガササルフラ ットガササル♭♭♭♭ ♭♭♭♯♪ひとつの大 陸間弾道シャープに然 さるので♪はなく♪そ を♪うやま♪いたま♪ えを♪かいた♪いっし ゅの♪100Vの♪え んそくを♪♪このから だすべってころんでこ ろたんたんこぶつくる こぶしのみのだいべんの おとが♪ぷぷっと♪ふきだ すふじみのぶんかいさん♪き ょうはそこへ♪いくらもってい けばいいですか♯ディスプレイに は背中の筋肉が反映されている。送 られてくる喪失感が被曝のために悲鳴 をあげる……♪あらよっと転ぶサイコロ の謎を謎として謎するように謎る♪なぞる ♯流る♯ながる♯なぞる♯♯ながる♯♯♯な ごる♯♯♯♯なくる♯♯♯♯♯なぐる♯♯ ♯♯♯♯なく♯♯♯♯♯♯♯なる♭なぞ ながなごなくなぐなる♭なぐるふぁる ♭色彩のファンタジー♭という表現 が♪となって刺さる♪引っ掻くよ うに♪急停車♪してみせるだろ う♪♪♪♪♪四つ足動物の聖 籠に性愛を欲求するような 旦那を見ずにはいられな いイラマチオいらない 流れ作業♪1を上に 弾いて♪音符を捻 り出そうとする が楽曲はない ♪無の音楽 ♪♪無農 薬♪む のお や く♪ 無のオ ルガン♪ にふれ♪テ イル♪ずっと ♪トモダチ♪♪ ダカラ♪♪♪シバ リヲトク♪♪♪♪勅 語、はいっ!♪ぼくら はみんな認識病♪闇の中
門 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1191.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-08-06
コメント日時 2017-09-15
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
実はリーダビリティ(可読性)というやつが、私にとっては一番厄介な相手です。読めることは、つまり例えば意味がわかることは、それほど重要なことでしょうか? 例えば誰かの誹謗中傷を続けている内容の記事から、このようなフォルムで切り取ってきてもなんの価値もないでしょう。それはせいぜい「加工された」文章の「肉付け」のようなものでしかない。そのような観点から、むしろ、私は徹底的にリーダビリティを排除する方向へと向かっています。少なくとも詩の傾向としてはそうなっているものが多いです。もちろん抒情的な詩もあるわけですが、それが変に悪目立ちするよりかはこういう詩の方がいいと思いまして。リーダビリティがあることは、詩の価値をそぎ落とすように思われます。(もっとも、私が詩集などで発表している作品の中には、リーダビリティのあるものもありますが)
0ちなみに、この作品はリーダビリティという観点からはかなりリーダビリティの高い作品だと自分では思っています。少なくとも文章としてある程度成立させようとしているという点においては。そういうわけで、花緒様の仰るようなリーダビリティの定義が、是非とも知りたいところです。答えなくても構いませんが、少なくともこの作品が荒らしの類ではないという前提は共有されているのでしょうか。そうでないにしても、表現は必ず誰かを傷つける可能性を孕んでいるという《表現の狂気》のごときものがあるとは思います。
0形が、パソコンの画面にパッと全体が出る、くらいの範囲に収まっていると、一発で見えて面白いだろうな、と思ったのですが・・・前半のひとpart、ふたpartくらいまでは、形に意味を添わせながら(渡るようなさんず/いに在庫がなかった)この辺りは、ちょっと頑張ってひねり出したかな、くらいの感覚で読めましたし、〈より増し的に割/り増し的に割り/箸的に〉このあたりの、音韻が次の音を引っ張り出してくる感じも、ある種の面白さ、として読めたのですが・・・この三角partの連続が、ちょっと長すぎて・・・図形の中を埋める言葉を、無理やり引っ張り出したというのか、息切れしながら必死に埋めた、というような印象を受けてしまいました。 最後の方、ぴらぴら広がるリボンのような形にほどけていく。このパートを、もっと早めに出した方がよかったのではないか、というのが感想です。
0形と連動させる言葉、文字、その意味・・・ビジュアルポエムで、孤、という文字で正方形を埋め尽くし、真ん中を正方形に抜いて、ど真ん中に 私 と一文字置いた作品を見て、インパクトに唸ったことがあります。 まど・みちおの、階段状に階段の詩を並べた作品を、子供たちの詩の授業の時に使ったり(これは、子供を楽しませようという作品であるがゆえに、子供の食いつきがすこぶるよろしい)その時に、怒、という文字を目の位置に嵌め込んだ、母親(と思しき)「顔」を制作した児がいて、ひえー!と思ったりしました。 形を活かしていく、のであれば・・・思い切って、フレーズの意味、ではなく(そこはもう、寸断してしまって)文字の意味を活用する、という方向に持って行った方が、多くの人に、より受け入れられやすくなるのではないか、と思いました。 いまさらアポリネールの鳩や噴水、雨を持ち出すまでもありませんが・・・中途半端に「読めて」しまうところが、かえってこの作品の場合は、うるさく見えてしまうのかな・・・
0ボルカさんへ お読みくださりありがとうございます。まさに折り返し地点から、冒頭へとつながるような形式を志向していました。 花緒さん 丁寧なお返事ありがとうございます。リーダビリティについては、様々な要素が絡み合っているように思います。例えば、花緒さんが挙げられたカフカは、確かに古めの和訳こそ平易ですが、原文がそうかとはあまり思えないように思います。それを示唆する内容として、『変身(かわりみ)』の多和田葉子の新訳を引用しておきます。 “グレゴール・ザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱の果てに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっていることに気がついた。” これが読みやすい文章なのか。と聞かれると、多分そうとはいえないと思います。実は、カフカの『変身』は和訳と英訳と両方読んだことがあるのですが、ドイツ語の原文は読んだことがなくて、また読めませんから、カフカの『変身』がこんな内容だったと知るに至り、平易さとは何か、ということについてまた深く考えるようになったのですね。多分、平易さそれ自体も時代とともに変容するのではないか、というようなことを漠然と考えるのですが。例えば、逆にカフカの難解さについて考えてみると、カフカの難解さはabstractですよね。さて、ここで注釈しておきたいのが、私が志向するのは、この対義語にあたるconcreteなもの、つまり具体だということです。コンクリート・ポエトリーっていうのは、そういう意味で読まれるものだと思っています。 まりもさん なるほどー。深い。ありがとうございます。上でも述べたことですが、それをあなたの表現でいうのなら、ある種のアポリネール的なものが、私の目標と思います。実は、これはもともと空白を埋めるという『密室論』的志向のもとに書かれ、それを改行と空白でバラバラにするという手法によってできています。スマホでやったのでとても大変でした。これだけ熱いレスポンスがついて嬉しくて涙が出そうです。
0スマホで見てみたら、また形が、全然ちがう、ことに驚きました・・・ 幾何学的な形態が喚起する感情と、内容(あるいは音韻の連なり)の奏でる印象とが、 どのように絡んでいくのか・・・ひらがな多用の部分と、漢字の部分の詩面の違いとか、記号連発の部分の、奇妙にざわざわした質感などを、読者の内面で、どのようにまとめて行けばいいのか(鑑賞技法にも関わって来るのかもしれない)そんな問題を、改めて考えます。
0文字の集合の強度をわかりかつ実際に使いこなした作品だと思います。 ひらがな、カタカナがほとんどを占める一部分も、意味以外の日本語の幅を再認識させられます。 終わりのないように見えて貫き終わる、書き手としてのテンションに圧倒されました。
0まりもさま、お読みくださりありがとうございます。 スマホで読んだときの形態に、私自身も驚いていました。最近では花緒さんの作品や百均さんの作品に関して特に顕著なアーキテクチャー性が見られるような気がします。しかしながら、いくらアーキテクチャー性を重視しようと言っても詩ですから、どうしても意味偏重にならざるを得ない側面はあります。意味と形態の重合から、それを超越するものを生み出すこと。今のところの課題はそんなところでしょうか。とはいえ、それはもうとうの昔に実験されたことであることは百も承知なのですが、それを「ネットならではの形」に落とし込むことができていればな、と思うのですよね。ありがとうございます。 水星様、お読みくださりありがとうございます。マラルメなどがいい例だとは思うのですが、この手の詩は翻訳不可能だと思います。そして翻訳不可能であることこそがねらい目だとも思っています。誰にも理解されないからこそ面白いのだと(勝手に)思っています。
0kaz.さま こんばんは。 すみません。PCで7秒くらい(?)で全体をスクロールしましたが文字は読んでいません。 でも好きです。しやわせ。たのしい。 ▽大好き。みたいな。お邪魔しました、また来るかもです。
0こんにちは。 すごく端折った言い方をすると、kaz.さんはあと10年20年書き続けたらとてもいい詩人になられる方だと思います。 よく学び、また表現に苦闘なさっているのがわかります。御自身の方法を貫いて下さい!
0なにこれやば!さすがかずくん狂っとるな(誉めことば)最後のほうはパーっとしか読んでないけど。なんか楽しかったです。現代美術みたいなかんじ?をうけました。
0「ネットならではの」実験ということであれば、例えばニコニコ動画での弾幕やアスキーアートといったネットカルチャー独特の文字表現、言語表現への意識的な言及があるともっと重層的な作品になったのではないか、と、ふとそんな感想を持ちました。
0追記:もしかしたらどこかで既出の意見かもしれませんが。。
0「狂っていては詩なんか書けない」と語ったのは小笠原鳥類ですが、このテクストで現出させようと試みられたのであろう「狂気」というのはしょせん見せかけなので、結局はそれを書こうとしたもののあさはかな企みが透けて見えてきてしまうだけなのですし、こちらとしては、わざわざそんなものをくみとってやろうなどとは少しもおもわないわけですが、こうした書記法、というか表記法を選択した必然性がまったく感じられないのはたいへん無様な失敗とでもいうべきか、タイポグラフィックな書法をもちいることでことばの抽斗のなさや乏しさを誤魔化そうとしても、そんなものは誰にだってお見通しなのです。
0まりにゃんさんの返信を拝読した流れで、こちらのスレッドも拝見。 新しい言語領域や、文体の可能性を探る、という「実験」は、道なき道を切り開いて、それを地図として残す行為に似ている・・・と思うんですよね。 これこそ、誰も切り開いたことのない道だ❗と思って、山刀を振るっていたら・・・藪の中に、かつての探求者のキャンプの跡を見つけてしまったりする。もしや、この先は行き止まりか?と、不穏な予感を持ちながら、更に進んでいくと・・・野晒しになったしゃれこうべに遭遇したり、崖に出てしまって、にっちもさっちも行かなくなって、途方にくれたりする。 でも、もし・・・その崖から、対岸に滑空する事の出来るグライダー等の新たな道具を持っていて、 大いに実験してほしい、と思うと同時に・・・それが、既に為されていて、行き止まりかもしれない・・・という可能性が示唆されているような・・・
0途中で、送ってしまった(笑) ~過去には無かった「道具」を持っていて、しかもそれを使いこなす技量があれば、その探求者は、対岸に滑空して、未知の領域を訪ね歩くことが出来るかもしれない。 だからこそ、大いに実験してほしい、と思うと同時に(中略)示唆されているような・・・そんな行き止まりの予感の前で、抗っているように見えると、もっと他の道を試してみたらどう?と、口出ししたくなってしまったり、もします・・・ 今回の作品、前半部分は「意味」と形を連動させようとしているように思われたけれど、後半は、形を作る面白さや困難さに夢中になってしまっているようにも見え・・・確かに、言葉からあえて「意味」を剥奪して、その形体や語感やインパクトを、美的要素のひとつとして構成する・・・という試みもある、とは思うけれど・・・まあ、まりにゃんさんが、もしかして、言葉の引出しの乏しさを誤魔化そうとしてる?なんて見方を(たぶん、あえて)提出している、けれども(私はそうは思わないけれども)意味と形を連動させつつ、言葉(音声)によって駆動していくものと、形態を構成する、という欲望を添わせる(幸福な婚姻に持ち込む)という「意図」が伺われる前半部が、途中から、息切れしてしまって、形態構成欲求、に、負けてしまっている、ような気がするんですよね・・・どうでしょうね。 せっかく、前半部分でギリギリの可能性を試したのに・・・そこから、形を作る、という、安易な方向にずれてしまった、そんな、もったいなさ、を、すごく感じるのだけれど・・・ これが、さらに次世代掲示板で、アニメーションや音声と同時に、言葉が形態に整っていったり、また崩れていったりするのが「見える」そんな新しい技術(咲きのたとえで言えば、グライダー)を手にしていたら。また、ゼンゼン違った面白さと共に、見えてくるのかな、という期待は抱いています。 なんか、ワケわからん長文になって、失礼。
0咲きの→先の 何度も、失礼(笑)
0Sari Dote様 お読みくださりありがとうございます。いつでも待ってます! Migikata様 お読みくださりありがとうございます。最近、書き続けることが難しくなってきました。右肩様のお言葉を思い出して、将来にわたっても書き続けていられるよう努力致します。 シリュー様 お読みくださりありがとうございます。狂気は私にとって長いこと付き合っていかなくてはならない厄介な友人のようなものです。とりあえず友人になってくれただけありがたいと思うことにします。 survof様 お読みくださりありがとうございます。私は文章を読むと、その考え方がおのずから憑依する傾向があるので(要するに批判的に読めない)、できるだけそういったカルチャーへの言及が引用という形で反映されないように心掛けています。逆に、ニコニコ動画やアスキーアートにはその生態系なりのアーキテクチャー性が存在すると思います。従って、そこへとコミットするような形ではない何かが書けたら良いと思い、このような形に落ち着きました。 まりにゃん様 お読みくださりありがとうございます。「ことばの抽斗」という表現で批評されたことをまず嬉しく思いました。聞いたことはあっても文字で起こすと初めて目にする表現で、とても素敵だと思いました。何より、小笠原鳥類のような尊敬する詩人の表現を引いて批評して下さったことに、畏敬の念すら覚えます。小笠原鳥類の詩集は、今でも私の大学の図書館にあるはずです(私が購入を依頼したので)。テクストがアーキテクチャー性を発揮しつつより豊かなものとなるよう、努力致します。 まりも様 よくわからないですが、読んでいて面白かったです。いつもありがとうございます。
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