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白い部屋の秒針
その部屋は、時計の秒針の音が常にしていた。わたしはその音がとても苦手なので(時間を意識し過ぎてしまうからだ)自分の部屋には時計を置かないようにしている。しかし、その部屋はずっと音が鳴っていた。まるで、鳥が柔らかくて削りやすそうな木を見つけ、くちばしで木の側面を削っているみたいな、規則的で実際的な音がした。 『カチカチ』『カチカチ』 わたしは時計を探した。その部屋は、壁も家具も白で統一されていた。小さなソファも、化粧台も、テーブルも、座布団も、ベッドの枠も、ベッドカバーも、全てが白だった。わたしはここが何処だか分からなかった。とにかく、わたしは『カチカチ』の音を止めたかった。昔から音に関しては我慢ができないのだ。ドアを閉める音、階段を昇り降りする音、咀嚼音、テレビの音量、全てをなるべくゼロにしたかった。テレビはヘッドホンを使ったし、ドアは極めてゆっくりと閉めた。階段は膝を曲げて、なるべく音が鳴らないスニーカーを常に履いた。咀嚼音は自分のものも嫌いだが、他人のはもっと嫌いなので、なるべくひとりで食事をした。 『カチカチ』『カチカチ』『カチカチ』 わたしはローテーブルの近くを探した。白い写真立てには、白い一輪の花の写真が飾られていた。花弁だけではなく、葉も、茎も、全てが白かった。生きている花に塗料で色を塗ったのだろう。偽物の花には見えなかった。その花は、呼吸の方法を封じられて、今にも死に絶えそうに見えた。かわいそうな白い花の写真。結局、ローテーブルの上に時計はなかった。何処から音が聴こえてきているのか、よく耳を澄ましてみたが、その音で自分がさらに苦しくなるだけだった。わたしは泣きだしたい気持ちになった。 『カチカチ』『カチカチ』『カチカチ』『カチカチ』 白い本棚には白い背表紙の文庫本がずらりと並んでいた。すべてに白いカバーが掛かっていた。当然、背表紙も白いので、本の中身は、本を取り出して中身を確認しないとわからない。わたしは試しに一冊取り出して、頁をめくってみた。思っていた通り、というか、本の中身も真っ白で、何も書かれていなかった。タイトルも、本文も、作者名も、真っ白だ。しかし、その本は誰かに読まれた形跡があった。頁のところどころがよれていたり、頁の角が折れたりしていた。誰かが、この本を読んだのだ。おそらく本棚に入ってる他の本も。わたしには読めないが、他の誰かには読める本。わたしはしばらくその白い本の頁をめくっていた。ぱらぱらと適当にめくるのではなく、そこに文章があるものと思って、頁の右上から左下まで、しっかりと目で追った。一頁、二頁、と読み進めるうちに、何かを感じ取れるような気がしてきた。それはたぶん、とても壮大な物語で、中世ヨーロッパが舞台のダークファンタジーのようなものだった。剣を二本担いだ白髪の主人公が、街の子どもに、どうして二本も剣を持っているの?と訊かれている。「よく失くすの?わたしも、色んなものを失くすわ。」 わたしは本を閉じた。時計の秒針は相変わらず鳴っているし、わたしは白紙の本を読むのにすっかり疲れてしまった。普通の本を読むより何十倍も疲れる。わたしは本棚の前にぺたんと座った。気がつくと、わたしの手も、指輪も、スカートも、すべて白くなっていた。もともとの色が分からないくらい、綺麗な白だった。わたしが泣くと、白い涙が出た。ひとつの濁りもない白。透明な白だった。わたしはその場で横になった。白いカーペットの床。毛が長く、ふかふかで気持ちいい。わたしの涙はカーペットに落ちても、滲まず白いままだった。時計の秒針はまだずっと動いている。目を閉じても、世界は白いままだ。きっと、まぶたの内側も、口の中も、他の内臓も、すべてが白くなっているのだろう。わたしは写真立ての花を思い出した。あの花と同じように、わたしも死んでいくのかもしれない。この白い部屋で、秒針の音を聴きながら。
白い部屋の秒針 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1071.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-10-16
コメント日時 2018-11-03
項目 | 全期間(2024/12/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
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技巧 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
とても発想が良い作品だと思って読んだ。ただ、語りが単調になってしまっている感がある。空疎な情景を文字面でしか読めない。読者の私からすれば、引き込ませるためのフックとなるキーワードか、あるいはプロットが不足しているのではなかろうかと思う。逆に言えば、固めない文体であろうとする意図があるとも読め、読者へ委ねられた詩的な要素とも言えるかもしれない。不可思議さと実存の中間を描かれようとされたとすれば、それは白で止まってしまっている感があり私的には空、ゼロの世界観まで感じたかった。すみません、少し評が辛いかもしれません。 ハンドルネームが好みです。センスを感じる。余談ですが、深夜のFMラジオ番組の制作に私は現在絡んでおりまして。 https://mobile.twitter.com/jirai_radio
0みうらさん ありがとうございます。なるほど読み直してみるとプロットが弱いのかな、という気がしてきました。質の高いものを作りたいので有難いお言葉です。 ハンドルネームは…どうでしょう。ありがとうございます(笑) 深夜ラジオの制作をされてるのですね。羨ましいです。体力的に大変な仕事だと思いますが頑張ってください。 Twitter拝見させて頂きますね。
0自分の心音がだめで止めてしまう自死の噺を思い出しました。 現代詩で「白」は多く、なにか恐ろしさを孕んで描かれているかも、と考えさせられました。 内容はおもしろかったです。
0かるべまさひろさん。 ありがとうございます。普段生活していて心音が気になることも多いです。「白」は美しさと恐ろしさの両面を引き立たせますよね。おばけも白い服のイメージだったりするし。 おもしろいと言っていただけるのは嬉しいです。感謝します。
0蛾兆ボルカさん。 こんにちは。コメントありがとうございます。 これは詩です。恥ずかしい話ですが、過去に小説を書こうとしましたが、完成すらしませんでした。理由はいくつもありますが、蛾兆さんの仰った「甚だしく文が下手」というのが大きいです。 こんなに下手下手下手下手言われると本当に下手なんだなぁ、と実感できます(笑) 文が下手さが気になって世界観に入り込めないという人もいると思うので目下の課題です。 詩として面白く読めて頂けてたのであれば、ある程度は成功しているのだと思えました。 死番虫というのは初めて知りました。こわいですね。私も主人公と同じように物音に敏感なので。
0拝見しました。「カチカチ」と押し迫るような前半、「白」の描写がまた押し迫る後半、どちらも優れていると思いました。 白という色は決して癒しの効果などなく、むしろ圧迫感があると聞いたことがあります。思うにその特徴を存分に活かした本作は「カチカチ」と併せて読者に息苦しい圧迫感を与えることに成功しています。それがいい。個人的には後半「カチカチ」がなくなってしまったのは少し寂しい気持ちもありますが、白をベースにした描写は主人公の喪失感もあり、別離感もあり、それを一纏めに表す白、この表現技法も素晴らしいです。
0こんにちは。全てが白一色で統一されているのに物の形が判然とするのか、まあ、目が慣れたら大丈夫なのかもしれませんが、わたしはそんな部屋に「はじめから居たら」、音を気にするよりもまず、部屋の出口を探しただろうと思います。この主人公は神経質ではあっても、案外タフな精神の持ち主なのかもしれませんね。 ときに時計は見つかったんだろうか、と気になりましたが、見つからない時計の、「音」だけが聞こえるところがミソなのでしょうか。せっかくなら秒針の音も白くしてよかったかもしれません。
0ふじりゅうさん コメント感謝します。白は綺麗だけど怖さもあって、そこが好きです。カチカチは足したり引いたりして今の形に落ち着いた気がします。圧迫感、喪失感、別離感、この詩を言い表すのにぴったりな言葉だと思いました。ありがとうございます。
0藤 一紀さん コメント感謝します。考えたこともなかったですけど、例えば白い部屋に白い猫がいてもしばらく気づかないことはありえそうですね。ただ、カーペットにしろ本棚にしろ、質感の違いはあるので同じ白でも見分けはつくものとして書きました。 出口に関しても考えたことがなかったです。タフ、あるいはマヌケってところですね(笑) 「秒針の音も白く」というのはよく分かりませんが、存在のないものに色がつくのは精神世界の話みたいで面白いですね。「白い秒針の音」奥行きを感じられていいかも。ありがとうございます。
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