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口縄にて
くねくねと細長く続いていく。 なだらかな石段を下ると歩道を挟み、南北に伸びる国道が待つ。 たもとにはいつも、一匹の猫がいた。 朱に塗り込められた、とある念仏寺の門。 門前の脇に置かれた、真四角の煎餅板の上で前脚を揃え、 猫は半眼の、こくり、こくり。 墓参り。散策。 訪れる人々を横目に日がな陣取り。 ふさふさと、薄茶の毛が軽やかに白に戯れる。 ふくよかな首筋を撫でてやれば、物欲しげな声をたてる。 こくり、こくり、じっと頭を垂れる。 * うららかな晩秋の昼下がり。 一眼レフカメラを手に嬉々と無私の時を過ごした。 標準から広角、そこからさらににじり寄り、 鋭く張る銀の髭、薄桃に色付く膚の円形に剥き出した顎、 ボディーごと両膝をつき、レンズを差し向ける。 広がる青の清澄。はるか遠く、黄金の風の瞳が開き。 モデル料の代わりに、缶詰めの魚身を差し出す。 赤茶色の、泥土のようなそれに、鼻頭を寄せ舌に乗せる。 もらさず食べ終えると悠々と毛繕いをし、こくり、こくり。 * 人の話し声が聞こえてくる。 コツコツと尖った甲高い音がやってくる。 耳の先からゆっくり後方へ反る。花弁のように開く眼。 構わずフレームを決めピントを合わせる。 そしてレンズを定めてシャッターボタンを押しこんだ。 パンッ!─── 乾いた破裂音が辺りを満たす。 ファインダーが、視線が空を飛び散り、舞う。 ケータイを片手に女が小走りに脇を抜けていった。 近くの鬱蒼とした林の木々の梢が擦れ合い、 コンクリートの灰の壁に翳が差す。 * 隣り合う念仏寺の門前の敷地と小さな町工場との境。 わずかな隙間を隠すように、青いベニヤ板が塞ぐ。 地面に接する板の下方は矩形に切り抜かれていた。 覗き見るとどこまでも薄暗い、遮るもののない道が続いていた。 煎餅板を蹴り上げ、駆けたか。 被写体は現れなかった。 * 閑静な住宅や個人事務所が建ち並ぶ筋の道を入る。 うっすら霞のかかる街の上空と地平とを望む。 照り返す陽が美しいという一角から、なだらかに下る石の階段。 たもとの先には南へ北へと往来する車両。 人気の途絶えた歩道。 鎮座する猫。 寺の門前に建つ石碑から石碑へ飛び移ってみせた。 地面に背をこすりつけては白い腹を開陳した。 そんなこともあった。 闇に紛れたもの、今も探している。
口縄にて ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2376.3
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-07-12
コメント日時 2018-08-17
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
猫町を思い出しました。 あとニュアンスは異なるはずなのに、武雄温泉の楼門を思い出しました。
0「パンッ!─── 乾いた破裂音が辺りを満たす。」 まるで、ピストルで撃ち抜くような感覚ですね。ファインダー越しにのぞく、ということ。獲物を狙う、ということ。 前後を読んでいくと、「なだらかな石段」を下った先、「くねくねと細長く続いていく」石段のたもと、「門前の脇に置かれた、真四角の煎餅板の上」に居る眠り猫のような、不思議な存在感のある猫(ぬし?)を「被写体」として捉えようとした、その瞬間、猫は「煎餅板」を(パンッと?)蹴り上げて、消えてしまった・・・ということ、になるのでしょうけれども・・・猫が蹴り開けた、であろう「煎餅板」があったあたり、「地面に接する板の下方は矩形に切り抜かれていた。/覗き見るとどこまでも薄暗い、遮るもののない道が続いていた。」ところが、妙にコワイ。不気味というのか、いきなり異界が開けているような感覚があり・・・その異界の先に、また、同じようにうねうねと続く石段の道が、再び現れる、というエンドレスの感覚。 同じ場所を少し角度を変えて書いているだけなのかもしれませんが、「覗き見ると~」の連が入ることによって、一つの世界に空いた穴から、同じようなもう一つの世界へと入り込んでいくような、奇妙な感覚が生まれるのですね。 くねくね、うねうね、と続く石段、それが「口縄」なのでしょうか。全体が蛇の体であり、「朱に塗り込められた、とある念仏寺の門。」が、蛇の口のように見えて来る感覚もありました。 かるべさんが、猫町(朔太郎の?)を連想していますが、かるべさんもまた、奇妙な(どこか怖いような)酩酊感を感じ取ったのでしょう。不思議な読後感の残る作品でした。
0・かるべまさひろさん そうですか。猫町みたく幻想的に描ければと思いますが・・・こちらもニュアンスが異なりますが、なぜか羅生門(芥川作。を思い出させましたね。 ありがとうございました。 ・まりもさん カメラによる撮影は狙うという感じからやはり狩猟のといいますか、銃みたいだと思わせるものがあります。この箇所についてはカメラ、ピストルなどが爆発暴発といった感じからになりますか。 異界に続くエンドレスな・・なるほど。認知不能ななにかに繋がるものがあったりなかったり。そんなところでしょうか。もちろんただの路地ですが、猫道に蛇道といいますか、なかなか頭では理解し難いことがあるようです。そうしたことなどをカメラにより知らされた、そんなところになるでしょうか。 ありがとうございました。
0※このコメントは7月選評です。作者様でなく閲覧者に向けて書いています。※ 説明の決定的に足りない、解釈の余地の大きい文章です。小説ならダメだと思いますし、小説ではやる意義が薄いとも思いますね。つまり詩でやる甲斐のある表現だと。 奇妙な題名には「蛇の道は蛇」やら「結界」やら「口を噤む」やら、感受できる含意が豊富です。作品もどんなふうにも読めるのでしょう。わたしは下記のように、ごく平凡にこの詩を感受しました。 *** 念仏寺の門前にいつも鎮座していた猫が、語り手に写真を撮られた日に姿を消してしまった。写真はひどくぶれてしまったか、撮る前に逃げられてしまったか、少なくともしっかりとは撮れなかったようです。撮れなかったから語り手は、猫をいまも探すのでしょう。 半眼の仏のような、だが仏の偶像でも象徴でもなかった猫。語り手は【無私】の奉仕として猫の写真を撮ろうとしたようですが、猫は像にされることを拒み、語り手には通れない道をこじ開けて去りました。この部分に最も大きな解釈の余地があります。 写真に撮られてしまったら、もう会いに来てもらえないと思って、すねて逃げたのかも知れません。写真さえあれば会えなくてもかまわないような相手だと、思われたくなかったのかもしれません。 *** 鮮明な描写です。心理描写がほとんどありませんが、語り手が猫に注ぐ熱視線のほどや、猫が語り手に特別になついている様子がよくわかります。特に二段が印象的。 【広がる青の清澄。はるか遠く、黄金の風の瞳が開き。】 うららかな晩秋の昼下がりの日差し、カメラを構えた語り手の熱視線、周囲の音が耳に入らないような緊張感と高揚感、日差しに照らされ風にまで見つめられている猫の美。そうした抒情が凝縮された美文です。この作品はこのような、小説では書いても読み飛ばされるから書く甲斐の薄い美文のかたまりです。
0・澤あづささん そうですね。私も少し思うところがあり。たとえば猫をめぐるのみの詩にするべきか、あるいはプロットや表現等、考えてしまいます。タイトルは実際に存在するものからとなりますが、なるほど、いろいろに受けとる余地のあるもののようですね。 ちなみにその際のネガにはなにも写っていませんでした。なぜかはわかりませんが。驚きといいますか捉えきれない現象、体験についてのものとなるかと。カメラをめぐるものでもあり情景が浮かぶような描写をしたかった、そうした部分はありました。空気感や静と動を含めつつですが。 ありがとうございました。 ・仲程さん そうですね。タイトルを変えています。ご存知かと思いますが、実際に存在する名称からのものです。迷いますが、こちらが良いのかも知れませんね。つかめない心地よさ、なるほど。・・・参考になります。 ありがとうございました。
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