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海に砂糖を、僕には何を?
もし星条旗が燃えたら それは世界の終わりだって 鬼と化した君は云った 空を這いまわる君 無間の雲を掻きわける君 終わらない、かくれんぼ 太陽は水平線に隠れたままだから もう僕らを照らすことは無い 電球切れの空 無情な蒼と赫 暗い日曜日 死骸を抱いている 暗い月曜日 遺灰を撒いている 未だ暗い火曜日水曜日 曜日 曜 日 絶望の空にさよなら告げて 海に砂糖を加えれば 蟻も子供も喜ぶからと 僕は砂糖袋を抱えている 浜辺の少女が指さす先 誰もいない遊覧船 浜辺の少年が指さす先 僕によく似た溺死体 海面に浮かび 空を眺める 音の無い空中戦 茜色の飛行機雲 まだ正午の空に血が滲む 僕に似た彼は僕な気がした刹那 水が心臓を浸し 水が耳に流れ込む 少年が僕の口に砂を 少女が僕の目に塩を 「ほら水死体のできあがり」 彼らはそう言って笑った 穴の空いた砂糖袋を抱え 裸足のまま歩く新宿 零れ落ちる砂糖と塩 垂れ落ちる海水と砂 失ってゆく僕と海に 注がれる好奇の目 狂気の目 僕は海に還ろうと 三番線ホームに独り立っている 名前の無い駅 名前の無い君 波のような雑踏も消え 海流のような線路も消え 遥か彼方 サイレンが鳴り響き 僕に白い浮輪が投げ込まれた
海に砂糖を、僕には何を? ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1048.3
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-12-07
コメント日時 2017-12-20
項目 | 全期間(2024/12/22現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
北村さん、こんにちは。 IN言語の際にはお世話になりました、演奏、カッコよかったです。 少し、感想がまとまっていないのですが、タイミングとして、今だと思ったので、まとまらないままで申し訳ないのですが、コメントさせていただきます。 北村さんの詩の、言葉の連なり、一つ一つ、色を帯びている言葉が、基本的に好きなのですが、同時に、いつもそのイメージの量の多さに圧倒されている節がありました。書き手は相当体力を使ってこれを書いているし、読み手もまた体力を使って、真摯にぶつかっていかねばならない、そういうような言葉の密度を感じるのですね。 ただ、これは個人的に思ったことなのですが、北村さんの音楽に一度触れると、こういった詩も印象が少し変わって見えてくるのではないのか、と思ったのです。なんというか、ある種の音楽性のようなものが見えてくるのですね。(それを感じるために、一度北村さんの音楽を経由しなければならなかったのは、単純に僕の読み不足で、ちゃんと読まれた方なら初読でわかることなのでしょう) ある種、つぶやきのようなレベルの、しかし確かに音楽性を持っている、そして、映像的でもある。これはなかなかすごいことなんじゃないのかと思いました。 主題の解釈に入りますと、ある種、崩壊や終焉といったようなものを感じさせますね。本来、円環的になるはずの曜日において、名前が消滅していく、ということ。それも「死骸」や「遺灰」という言葉とともに。そうしたイメージは、空や、太陽といった大きなスケールで語られつつ、海(都市の比喩でしょうか)、というイメージにつながり、その中での僕に注ぎ込まれていきます。個人的に、あまりに美しい夕暮れを見ると、「世界は終わるんだなあ」と思ってしまうのですが、それを肌感覚に落とし込んだような気がします。 海、のイメージを都市と連動して語る、というのは結構使い古された手法(それゆえにしっくり来る)と勝手に思っているのですが、この詩においては、ある意味で都市に近い硬質な言葉である「空中戦」、文明を連想する「星条旗」という言葉のために、古さを感じさせないものになっていると思います。そこから、空を見る僕の視線、都市によって僕に突き刺さる視線を経由して、僕の溺死という実感が出来上がっていく。夕暮れ空の不気味さを、溺死に例えたのは見事だと言えます。僕はとても実感のこもったものとして、「水死体」の部分を受け取りました。 ただ、一つ質問なのですが、最後に、大きなイメージから入った終焉の感覚を、「僕」の個人的な領域に止めて終わったのにはどういう意味合いがあるのでしょうか? 個人的には、「僕」ひとり溺れていくのではなく、世界全体が終焉していく、という広げ方もあったように思います。(読み違えだったらすみません) ともあれ、僕はこの詩が好きです。蛇足になりますが、「茜色の飛行機雲」という言葉に、非常にしみじみとしています。長文失礼しました。
0北村灰色さま はじめまして。 すごくいいですね。 いい、という表現では溢れ出してしまうのですが。 銀色の詩だな、と思いました。 音も美しくて、朗読すると尚一層いいでしょうね。 笑った、ところだけが違う光が射していて。 いつまでもずっと聞いていたい詩だと思いました。
0弓けいさんや、くつずりさんの批評、感想に加えることがあるだろうか、と思いつつ・・・。 星条旗が象徴する、現在の世界のアンバランスと不安定感、死を目前にしているような、体感的な予示。たしかに、最後は個人的な領域に収斂していくけれど・・・大きな予感としてとらえた、ディストピアへの恐れや不安が、個人の体感に具体化されつつ、そのリアリティーによって、多数の個人
0途中で送ってしまいました 多数の個人(他者)が追体験したり共感したり共有したりすることができる。啓示的な作品だと思いました。
0無条件に好きですね。 >僕は海に還ろうと >三番線ホームに独り立っている >名前の無い駅 名前の無い君 >波のような雑踏も消え >海流のような線路も消え >遥か彼方 サイレンが鳴り響き >僕に白い浮輪が投げ込まれた 僕がすべき仕事は既に他の皆さんがやって下さった感じなので、最後が凄くいいです。僕は単純にイメージが好きだなぁ。それだけだとも言えます。内容ではなく、物の置き方と写真の撮り方です。綺麗だ。
0弓けいさん コメントありがとうございます。こちらこそ、IN言語の際は観て頂き、ありがとうございました。 音楽的、例えば言葉の連なりでリズムやメロディーを意識することは多々ありますし、映像的であることもまた然りなので、そう言って頂けて嬉しいです。 そうですね、曜日が進むことによって、通常の感覚であれば、また似たり寄ったりな日常がループに近い形でやってくると思うのです。それを切断することによって、日常の終焉を鮮明にしたかったという意図はあります。 僕の見ている・存在している世界は、人それぞれ見えている事象、この世界との在り方と異なると思うのです。 説明しにくいのですが、個人(僕)=(個人にとっての)世界なので、僕という存在が終れば、その(僕)の世界は終わる。世界全体というよりも、或る一人の男の終末にフォーカスを置くことで、奇妙な孤独さや寂寞感を描きたいという意図がありました。
0くつずり ゆうさん コメントありがとうございます。 銀色の詩、私の詩は赤や青のイメージを持たれることが多々あるのですが、銀というイメージを頂けたのは初めてな気がするので、とても新鮮だし、嬉しいです。 笑った、の前の描写は残酷且つ不条理ではありますが、何処か無邪気さもあって、そこが違った光を感じとって頂けた理由なのかなとも思いました。
0まりもさん コメントありがとうございます。 不条理ではあるし、場面もシームレスに転換するけれど、仰る通り、現実世界のアンバランスや不安定感を意識してはいます。 それと同時に私自身の不安定な感情や死への憧憬というのも現れていて、それもまた全体ではなく個人の終息へと向かった理由でもあります。
0hyakkinnさん コメントありがとうございます。 最後は文章の順番にかなり気を使い、蠢くような映像、不条理さをより濃くして終わりにしようと書いたので、そう言って頂けて嬉しいです。
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