終幕。別れ際、最後の声はどこか病んでいて、
神経質に苛立っている様子だった。
掠れた汽笛を鳴らして機関車は走り去っていく。
僕は斜に構えるわけでも、皮肉になるでもなく、
座席に腰を下ろす彼女を目に留めた。
その子から、僕の記憶が喪失されていく過程で、
懐に忍ばせた短銃は、
彼女のためのものだったと僕は知った。
庇護も慈しみも、審美眼でさえもすべては彼女を、
守るため。
「愛している」は炎に燃やされて、
僕しか知らない場所で埋葬される。
決して届かず、決して実ることもなく、
時に無碍にされた灰は何れ、
僕の体を流れる血の一滴、一滴に成り変わり、
炎天下に空を飛び続けるための燃料となる。
血に濡れた背中から生えた羽根は、
刹那、薄気味の悪い笑みを浮かべた。
天蓋にはヒビが入り、割れる寸前だ。
でももし、空が地べたで粉々になったとしても、
僕の飛翔は途絶えることがない。
彼女がずっと未来を見据えていたとしても、
僕とてそれは同じで、抜け殻になったわけじゃない。
苦しみと官能が混じりあうシンガーの声が聴こえる。19でデビューしてシーンに衝撃を与えた青年の声だ。将来を嘱望されて、期待されて、持てはやされた彼は残念だ。薬物に手を出して身を持ち崩した。酒ぐせもコントロール出来ず、交際女性とのトラブルもあったらしい。今では適度に40代らしい体型をして、パブで時にライブをしている。悲しくはない。涙の平行線上で、世の中の仕組みを知るだけだ。彼が最も愛したのは祖母。パッケージ化されたLove&Peaceなんて、一人の青年さえ救えなかった。
アイシテマス、ダイスキデス、
イッショウワスレナイデス。
イトオシクテタマラナイデス。
アナタヲタスケテアゲタイ。
キミヲスクッテアゲタイ。
高速道路を逆走するバイクのように危うい、もしかして信憑性でさえ薄い、そんな言葉の数々が、奇跡。奇跡を起こすほどの真実でいられるのなら、朝方焼いて頬張るフランスパンだって、一杯25円もしないだろうカフェオレだって、最高の朝食になり得るだろう。表になるか裏になるかも分からず、くるくる回るコインの上に僕は立っている。そんな毎日が怖くて、人は影を踏み、いつの間にか死期を悟り、死んでいく。
バッグに仕舞ったのは僕の頭部。
心や魂と呼ばれる得体の知れない奴の大部分は、
もう訪れることのない彼女の部屋に置いてきた。
僕は単なる肉塊となって、
マテリアルな世界を生きていく。
早くに目が覚めた夜。そいつが薄っすらと明けていく。
僕が冷水を一息に飲み干すと、やけに薄情な空が、
裂けて行く。
作品データ
コメント数 : 4
P V 数 : 1161.9
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 27
作成日時 2022-06-01
コメント日時 2022-06-24
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 3 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 4 | 0 |
エンタメ | 16 | 0 |
技巧 | 2 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 0 |
総合ポイント | 27 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 3 | 3 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 4 | 4 |
エンタメ | 16 | 16 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 2 |
総合 | 27 | 27 |
閲覧指数:1161.9
2024/11/21 23時09分48秒現在
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バッグに仕舞った僕の頭部に、ハッとさせられました。薄情な空に心や魂を持った天使が再び現れたらいいのに。。と思いました。
0ちょこれーとさん、コメントありがとうございます。魂や心のない頭部。機能性や支持中枢をただ持つだけの、まさに肉塊。それだけでこの詩の話者は生きていこうとしているんですね。魂を取り戻すための天使が現れたらいいのに、と僕も切に願います。
0喪失を描いているのかな。 血に塗れた翼が示しているものも、私にもあったかもなぁと。 未練とか、だけじゃないものも垣間見れてよかったです。 投げやりな雰囲気を終連までにけっこう書いているので、裂けてゆく空が、少し印象が薄まってしまったのではないかなと思いました。 >彼女がずっと未来を見据えていたとしても、 >僕とてそれは同じで、抜け殻になったわけじゃない。 何だかいいと思ったので引用させていただきました。
0渚鳥さん、コメントありがとうございます。渚鳥さんからコメントを貰うのは初めてか、相当久しぶりで何だか嬉しいです。この詩。この詩で描かれている心情、最近補填されているんですよ。いいことがあって。だからここまでの空無感みたいなもの、今はないですね。少しだけでも、少しずつでもいい方に向かっています。だから、気分がいいんですよ。
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