唇にクチナシ。雨に濡れた睫毛は君がついた嘘。
首筋には蝶々がへばりついて、行く先の定まらない視線の向こうでは、
カインの剥製がまた喧騒に揺れている。
砲弾の傍らに横たわるのは男娼で、
彼の官能が真実の一つだったとしても、
今やもう誰も目を向けることはない。
朝露は誰の下にも訪れる来客。
彼を持て成す人にだけ、未来は保護される。
プラットホームから立ち去ったのは、
かつて虚飾の街で救世主と呼ばれた男。
だが骸が生身の現実になった今となっては、
もう僕は彼を追いかけない。
君の落とした貨幣の数々が、
みなしごのために使われなかったとして、
それでも喪失した人々の残り香を、
君が手元に置いているのならば、
頬をなでる涙も嘘ではなくなる。
唇からは蜜。
花弁が裂かれ、虫の寝息でさえ途切れる頃、
僕は部屋を出ていく。
アルディの標本が粉々になる前に。
作品データ
コメント数 : 9
P V 数 : 1772.3
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2022-05-01
コメント日時 2022-05-15
#現代詩
#縦書き
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2024/11/21 22時59分57秒現在
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頬をなでる涙も嘘ではなくなる。 ほっとしました。
0田中宏輔さん、コメントありがとうございます。ほっとしたということは、この詩全体を覆っている危機的な情緒を感じ取ってくれたからでしょう。余談ですが「風は、失明した」やこの「アルディの写像」は本当に綺麗な詩ですし、クオリティ、深みとも万全だと個人的には感じるのですが、コメやPV数を見る限り、なかなかみなへ届かないんだな、と少し寂しく残念な気持ちを抱いています。あくまで僕個人による僕の詩へ向けた評価でしかないのですが。余談でしたね。
0ねねむさんへ、コメントありがとうございます。返信遅れました。素晴らしい読解感謝です。君と僕との関係性で読み解くのもある意味正しいと思います。ただこの場合「君」が何を指すのかが重要になってくるように思います。君、は文字通り恋い慕った異性なのか、それとももっと大きな意味合いで、郷土とか国土とかあるいは地球という概念そのものなのか。そこで読み方は違ってくると思います。ダブルミーニング的に読み解くのも面白くて、僕個人としては恋人としての君、かつて理想的だった「世界」としての君、どちらにも読み取れて僕自身とても気に入っています。何れにせよ、なかなか陽の目を見なかった今作に最大級の賛辞と評価付与してくださり嬉しいです。 ちなみにアルディとはアルディピテクス・ラミドゥスという猿人の名前で初めて二足歩行をしたということです。そうなると更なる広がりを感じますよね。あとタイトルは写像ではなく、シンプルに肖像がよかったかな、とも思っています。
1アルディと言えば、人類史の起源と言うか、古い時代へのアルカディア的感情が湧きたつのですが、この詩で出て来るカインのはく製とは象徴的です。みなしごが泣いて居るわけではないのかもしれませんが、唇からの蜜は、誰か花の蜜を吸おうとしたのか、その行為にこの詩の秘密が隠されているような気がしました。
0好きな人に対して自分だけが成長してしまい、その人の元を去るのはこんな感じだろうかと思いました。自分が変わってしまったのか相手が劣化したのかはわかりませんが、その惜しむ気持ちと(人に対する)郷愁とを醸し出してるのがすごいです。好きな人が決定的に身を崩すまえに部屋を出ていくのも納得です。 アルディが猿人と聞いて、私はSFも想像しました。地球の環境破壊が進んでもう住めなくなるというなか、地球を発つ際に、猿人の頃から(カインが最初の殺人を犯してから)現在までに連綿と築かれた人類文明(あるいは地球)に宛てて読まれる、というようなシチュエーションです。
0観念的な語り口で、この世の儚さとかを語られてますね。 官能そのものに真実はなく、官能に絡む心に真実がある気がします。 救世主も、本当に他人のことを思ってた人は、比較的長く人々の心に残る気もします。
0エイクピアさん、コメントありがとうございます。蜜とは何であったか、に着目していただけて嬉しいです。蜜の箇所、実は血にするかどうかで悩んだのです。甘い蜜、誘惑にも近い何か。同時に、聖書には「口に蜜する者の言葉に耳を傾けてはいけない」とあったはずです。甘言、耳に聞こえのいい言葉。そういう意味もこの蜜には含まれているのかもしれません。
0ささらさん、コメントありがとうございます。お見事。ほぼ完ぺきに近い読解。完ぺきな読解というものが、詩に存在するのかは謎ですので、僕の意図したところを限りなく汲み取ってくださったという印象です。環境破壊や戦争、果ては激しすぎる貧富の格差。朽ちかける資源を前にして、もう地球とさよならする、地球に存在する文明圏から別れて次なる時代へ、というニュアンスもこの詩には含まれています。部屋とは自室でも、仕事部屋でもなく、地球という概念そのものだったのかもしれません。
1アポロンさん、コメントありがとうございます。官能に絡む心に真実。深く鋭いですね。官能そのものはただの肉体的快楽であり、それを奪い合い、競い合って疲弊したり、あるいは分かち合い、満たされ合って、近づいたり遠のいたりする心。そしてその心の仕組みにこそ真実があるのかもしれません。感情というものは果たして個人的なものなのかどうか、というテーマについても、YouTube「夕ステ」にて話すこともあるでしょう。それはきっといい機会になるはずです。謎を紐解くための。
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