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フィラデルフィアの夜に XXX
フィラデルフィアの夜に雨が降ります。 「天国を見たい」 辛うじて光を放つ電球の下、一人の老婆が呟く。 「もうすぐだ。もうすぐ見れる」 その側にはさらに年老いた男がそう彼女の手を握り、言う。 「天国を見たいの」 老婆はそればかり。 「もうすぐ。本当にもうすぐ」 なおも手を握り言う。 「兄さん、天国を。私に天国を見せて」 「雨が降る。もうすぐ雨が。その時に」 その声が終わるころ、音がする。 ぱらり ぱらり 雨音が。 「雨が降る。雨が来た」 杖を手に、ゆっくりとした足取りで、老婆の兄は歩き出す。 ぱらり ぱらり ぱら ぱら ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ 豪雨の中へ。 真っ暗闇の、地面が揺れる程の豪雨の中、杖を突き立ち止まる。 そして手を伸ばす。 掴んだ。 一滴の雨。それはまるで針金の様。 高速で落下した雨粒。雨粒は速度のあまり、一つの線の様にも見える。 そんな線を、掴み取ったのです。 雨は針金の様に老人の手の内に。 そんな針金を開いた窓へ、老婆の元へ放り投げました。 老婆のいるベッドの上、ひとつ宙に留まる。 また雨を掴み、針金に。 また投げ。 更に掴み。 更に投げ。 またひとつ、またひとつ。宙に針金となった雨が留まる。 作り続ける。老婆の目の前で。 豪雨の中、無尽蔵に投じられる。雨は輝く針金となって。 次々に針金は作り続ける。 宙に浮かび、捻じり、紡いで。 色彩を帯び、切れかけた電球を遥かに超える光を放ち始めながら。 老婆の目の前で。この二人が見たい、どこにもない世界を。 過去の思い出と、行き先への希望に満ちた。 神がいるに違いない、色彩と光に溢れた。 それはまさに天国でした。 晴れ間が来た。 雨が止む。夜も終わる。 太陽の光が差し込む。 開けっ放しの窓。その部屋。 雨と風が吹き込んだ、酷い有様の部屋。 老婆の手を、老人が握っている。 作り上げた天国は、もう消え去っている。 雨が終わり、夢も終わった。 それでも幸せそうに。 二人は、幸せそうにそこにいました。
フィラデルフィアの夜に XXX ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1157.5
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2022-04-28
コメント日時 2022-05-19
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
子どもに戻ってしまったかのような、稚気さえ感じさせる老婆と、彼女一人だけのための神様のような落ち着き払った兄、そしてその兄の慈しみの美しさに心を奪われました。
0今回、元となったのはヤマケイ文庫「アイヌと神々の謡」に収録されているユーカラ「大空に描いたコタン」です。 元になったユーカラに、落ち込んでいる妹に兄が空に昔住んでいたコタン(集落)を描いて励ましたというストーリーです。 空に情景を描くという発想が印象的だったので、そこから発想を広げました。 元になった話を上手く昇華できたのはよかったで。。
1今回、兄と妹という関係を初めてフィラデルフィアシリーズに出しました。 元になったユーカラがきっかけですが。 そういったところからもこれまでとは違った雰囲気になったかと思います。
1世界が有りますね。童謡のような童話のような雰囲気もあると思いました。豪雨の描写が個性的だと思いました。フィラデルフィアと言うと独立十三州ではないですが、どうしてもアメリカ独立戦争の文脈、色眼鏡で見て仕舞うのかもしれません。
0確かにこういう描写はあまりないですね。 バケツをひっくり返したような大雨の音はこんな感じだと思い、このようにしてみました。 フィラデルフィア・ワイヤーマンと仮に言われている人物からこのシリーズはできているので、アメリカ独立戦争のことは全く想定外です。 でもそういった方向で話を考えてみるのはありかもしれません。
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