十六歳の頃、世界が平和になればいいと漠然と思っていた。二十一歳で焦燥が入り交じる平和な日常にそろそろ事件が欲しいと願った。どちらも一日一日を等しく必死に生き、早く明日になればいい、それだけが望みだった。朝になると憂鬱になる。「さみしいんじゃないよ」と耳元で誰かの声がする。誰の声かわからないし、続きが聞き取れない。何かの曲の歌詞だったかもしれない。
幼稚園でのことだ。友達が犬の死体を埋めた場所を教えてくれて、一緒に掘り返した。白い毛玉のようなものがたくさん出てきた気がする。今思えばあれは嘘だった。誰にもバレずに幼稚園の敷地内に犬を埋められるなんて思えない。しかし、嘘だとしてもあの日、手に絡みついた白い毛玉を忘れることはできなかった。何も今頃生き返らなくてもいいのにって思う思い出ばかり蘇るから、その度にお墓を作ってあげる。墓碑銘は読み取れないくらいが丁度いい。
外に出る時は音楽に頼りすぎて上手に前方を注意することができない。欲しくもないのにコンビニエンスストアでホットスナックをどうしても買ってしまう。あんな、そんなんとちゃうやん。馬鹿正直になれるほど馬鹿ではなかったのだろうか。それとも生まれつき嘘つきだったのかもしれない。
ちゃうやん。
ちゃうやん。ちゃうやん。
否定から入るのは、習慣というよりおまじない。隣の工事現場では今日も誰かが怒られている。あたりは暗くなり始め、もう飛ぶ力ほとんどは残っていなかった。しかし、遥か遠くで明滅するものがある。だから、まだ少し歩ける気がしてくる。寄る辺ない驟雨に打たれながら、汚れた靴で、やがてくる明日へと向かって、一歩ずつ、一歩ずつ、一歩ずつ、一歩ずつ。
作品データ
コメント数 : 10
P V 数 : 1735.4
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作成日時 2022-03-21
コメント日時 2022-04-01
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2024/11/21 23時37分31秒現在
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これは良作だけどコメントが難しい。そう思ってしばらく書かずに間を開けました。ただ、それはうーん、ちゃうやん、と思ってやはり書くことにしました。 一回目の改行までの内容は、丁寧な文体ながらあまり共感と実感が湧かなかったせいか(もちろん、あくまで共感や実感は価値になり得る一つの要素でしかありませんが)とりあえず序文として読みました。読み直すと「さみしいんじゃないよ」のタイミングがとても良かったです。そして、それ以降がとても、読ませる。 文体が平易でこなれているだけではない。幼稚園の、犬と嘘の記憶。だれかの声の残響がまだ残っているような、あるいは自動的な否定の、歴史の長いおまじない(今は薄れた人間としての呪術的な名残り、というか)。短い物語やモチーフ群がうっすらと多重的な表してくる、浅煎りの呪いのような、苦い人生の妙のようなこの詩情は、言語化しにくい。手強い。というか、いい。読み手が負けている。ので、いや、つまりちゃうやん? ただ浸ればいいのかもしれない。ゆったりと焦らない丁寧な筆致なのに、なんだろうこの話の飛躍と整合は?(もちろん究極的には「人生」を描いている訳だけど)。ともかく切り替えが巧い。文体の質がいい。そう不思議に思いながら。なんかここまで書いて知っている人な気もしてきた(違ったらすいません) > ちゃうやん。ちゃうやん。ちゃうやん。否定から入るのは、習慣というよりおまじない。隣の工事現場では今日も誰かが怒られている。あたりは暗くなり始め、もう飛ぶ力ほとんどは残っていなかった。しかし、遥か遠くで明滅するものがある。だから、まだ少し歩ける気がしてくる。寄る辺ない驟雨に打たれながら、汚れた靴で、やがてくる明日へと向かって、一歩ずつ、一歩ずつ、一歩ずつ、一歩ずつ。 すごくいいです。語彙力がなくなってきました。オタクは限界化するけど、上手(うわて)の詩情の前には黙るしかない。この辺で筆を置きたいと思います。
1熱量のこもったコメントありがとう。作品について作者がいろいろ語るのは後出しジャンケンみたいでずるいと思っているので、いただいた感想を噛み締めたいと思います。 ええ、私はあなたが知っている人物だと思う。
0感想ありがとう。 私は不安だらけで過去に囚われながらも頑張らなきゃっていつも思っているのですよ。
1感想ありがとう。 私はハッピーエンドに憧れてるのかもしれない。そう思います。
0どうにも今日見つけた言葉を載せたく思いました。 より歩けますように。 自分の存在なんて無用なものだということをよろこびたまえ そしてカツカツと歩きたまえ そうして、自分が誰であるか思い出したまえ イタリアの作家オーデンが名付け子に送った言葉
1素敵な言葉をありがとう。 自信をもって歩きたいです。 大切に胸に刻みますね。
0二十一歳って、思い出せば、そうですよね、こんな感じだった。明日がない方がいいのにって思いながらも期待は期待として寂しそうにどこかにあって。
1コメントありがとう。 誰しも通る道なのですね。 えへへ。
0嘘だとしても犬の死体、事件なのではないでしょうか。「嘘」までの道程が、プロセスが、嘘への進化の過程が。否定から入る。重い主題だと思います。政治問題だと思います。最初に戻ると、平和を欲しながら長く続くと変事を望む。人類の習性かもしれませんが、「さみしいんじゃないよ」と言うセリフに、無名氏の悲哀があるのかもしれません。
1コメントありがとう。 確かにいつまで経っても忘れらない嘘の思い出は事件かもしれない。 人類の習性、考えされらるテーマをいただけて嬉しく思います。
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