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隣人の話
線香の衣を着せ 桃の根の国にかくまい 祈りをささげては 風に話を運ばせましょう 毎日の弁当よりも安い金の、 事故物件がありまして 生きるには足りるほど 整っておりました わたしの部屋の隣には 仲良し男女がおりまして 夜ごと薄い壁からは ふたりの密会が聞こえます、 お手紙をしたためて 天をあおいでは、 考えられない音の 出どころを探しまして 太鼓が鳴っています、 向こうの壁から 画びょうが出てくる壁から 太鼓が鳴っております 若い男女であるならば 何をするかは自明です 耳鳴りを連れ込む音が 部屋を埋め尽くしています そっと、どかっと、大胆に 隣人の姿を見てしまいまして─ 動いてなどいなかった。 生きたことさえなかった。 さるぼぼと、でんでん太鼓、 ねずみにかじられた千歳飴、 かびにかもされた靴下、 石油でできた子どもの人形 切り刻まれた母子手帳 名前と血液型だけのカード それぞれふたつずつ 元々、ここは事故物件 毎日の弁当より安い金で 入居できるその魅力に 高校生の夫婦が子を棄てた 事故は事故を呼び寄せて 魔ではない者を闇へ堕とす 鎮魂されぬ稚児が求めた、 母の愛、 横顔しか見たことのない月と、 見つめあいたいだけの人生 不実ののちの生が、 実りあるものでありますように 線香の衣を着せ 桃の根の国にかくまい 積む石が軽くなるように 敷地にちいさな川を作り 合掌と静けさを、残します
隣人の話 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1029.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 6
作成日時 2022-03-05
コメント日時 2022-03-06
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 3 | 3 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 6 | 5 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 3 | 3 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 6 | 6 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
稚児の不運の死に、隣人が天使のように祈りをささげる所に何か引っかかった。高校生の夫婦は、祈れなかったように思う。ただただ畏怖していたかもしれない。祈りは物凄く悪く言えば開き直りなのかもね。その瞬間に同じ大地に生きることのない他人にしてしまう、ような。 確かに綺麗に見えるけど。
0お読みいただきありがとうございます。 >稚児の不運の死に、隣人が天使のように祈りをささげる所に何か引っかかった。 乳幼児突然死症候群など、不運な死はたくさんありますが、それがもし、「親によって意図された死」であったならば、果たしてそれが単に不運であると言い切れるでしょうか。そんな境遇を経るであろう肉体に宿ったことが不運である、と言い返されれば何も言えませんが。 >祈りは物凄く悪く言えば開き直りなのかもね。 わたしたちが児童虐待について知る時、それはすでに手遅れであることが多いです。 祈ることしかできない。殺された人には来世の凱旋を。意図的に死なせた人には恒久の罰を。 (なお、わたしは母体保護法による人工妊娠中絶については否定的に見ていません) (また、胎児が実在しているかどうかも問題点にはあげていません。創作者の脳内には胎児がいる)
02020年以来、ある1作を除いてずっとコメントされていますね。ありがとうございます。 >回向する この言葉は初めて聞きました。読経や布施によって死者の冥福を祈ることだそうですね。勉強になりました。 にしても今回は句読点に対する評価(と受け取ってよいのでしょうか)が多い……そこが目についた、とかならまあいいんですけど……
0お読みいただきありがとうございます。 >求めた母の愛さえ叶わず世を去る稚児、両親は自分たちのことしか見えてはおらず。 >哀しいですが身近な現実なのですよね。 >身近にある現実 そうなんですよ……件数が多くなったのではなく、ただ単に隠れていたものが出てきただけとは知っていても、げんなりする気持ちを変えることは難しいですよね。ただ、わたしがそんな子どもたちの親として立派に育てられるかと言われれば、「それは違う」としか言えなさそうなところも含めて。
1お読みいただきありがとうございます。こんばんわ。 >こういうのは写真か、あるいは実際に古い押し入れなどを >整理していて発見されたのでしょうか。 実家には「さるぼぼ」も「でんでん太鼓」もなく、千歳飴に至っては年齢ひとけたのころに近所のいじめっ子(当人はわたしと友人だと思っている)に食われました(現存していない、ということです)。リアル隣人はいるにはいますが、存在するというだけです。人間関係が薄いので、なかなか会話もしないですね…… ……というように、わたしは「架空の隣人の話」を書いているだけであって、実在の隣人の名誉棄損にはあたらないと考えています。
0おばけの詩ですね。
0お読みいただきありがとうございます。 もし本当に「おばけ」というものが存在するならば、わたしたちはどのように接すればいいのか、死因や生前の話に触れるか、触れずに「今は今」として対応するか……あなたへの返信を書いていて思ったことなのですが、生者とのやりとりのときも、生育環境(バックボーン)に触れるか触れないか迷うことってありますよね。まあ、臨機応変に対応できるのが一番だとは思います。
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