作品を読む
自明なものへの疑いと世界への信頼
夜空は広がっている。などということは今さら言うまでもなく、誰もがわかりきっていることだ。だから「夜空は とじている」なんていうのは出だしからナンセンスだ。 この詩の第一連を読んでそう考えるひとはまずないと思う。というのも、これは「夜空が広がっている」ということに対する強い違和を示す表現だからだ。 夜空と月は近しい位置にある。これもわかりきったことだ。なぜなら僕らのいる地上から見て、月は夜空に浮かんでいるのだから。では、夜空にとっては月のかたちなんて見るまでもなくわかるのではないだろうか。ずっと昔から〈夜空には月〉なのだから。 しかし夜空は月のかたちをうたがう。はて、見えているかたち、これはたしかに月のかたちだったかしら? 夜空はこうして見えている月のかたちに違和を感じ、うたがうのだ。ずっと昔から長い付き合い(駄洒落ではなく)であるはずの月のかたちをうたがうということは、その違和感はかなりのものだ。 実際にうたがっているのではなくて擬人的な比喩じゃないか。と言えばそうだ。では次のように言い換えよう。あたかも夜空が月のかたちをうたがうような強烈な違和感──それこそ広いはずの夜空が《ちいさく、まるく》映ってしまうくらいに──を語り手は、広がっている〈夜空のかたち〉に感じていて、あれはたしかなんだろうかとうたがっているのだ。それが《夜空は とじている》という一行に集約されている。要すると、この作品は冒頭から見えるものに対しての強烈な違和とうたがいの眼差しに満ちたところから始まっているのだ。 たしかなものは あのポラリスのさみしさか (あるいは灯台か) という語りにも、見えている世界にたしかと言えるものが他に見当たらないことをよく示しているおり、同時にそれさえもうたがわれている。 見えている世界に対するこうした強い違和、うたがいは、それまで自明であると思い、依拠してきた世界への見方とらえ方が大きく揺るがされ、もはや従来通りの見方とらえ方には頼ることのできなくなった語り手の寄る辺ない状況を示している。第一連における《とじている》《ちいさく、まるく》という語は、そのような状況に際して心細さのためにうずくまり内閉しているかのような心のありようを暗示しているとも言えよう。それだからこそ、寒々とするような心細さと違和のなかにあって、たしかと言えるものを希求し、新たな自分の日々の生と繋がろうという内的運動が起こると言えるのだが。それを思えば《さざ波のあわいから/のびている/へその緒》のなんと弱々しくも逞しいことだろう。 たしかと思っていたものを失い、ゆえにたしかだと思えるものを求めて《しろく、ほそく 燃えている》《彗星のかけら》である「わたし」の《欠けた》と表される指、恐らくそれももう今の語り手にとってたしかさを感じさせてはいない。その指をのばしてみたところでなぞられる《星座のかたち》もあろうはずがない。だが、ここにもふれられぬと思いながら、のばさずにいられない強い希求の動きがある。 さて、最終連には《なにもたしかなものはない》とあるが、これはないことの確実さをたしかめえていると言えるだろうか。もし、そうであるならば「たしかなものはなにもない」と言うのではないか。この一行は後者に比べ弱く、いまだ不確かさをもっているように僕には響く。いや、たしかなものはないということすらたしかではない、というように。だからこそ、《なにもたしかなものはない》と言いながら、なおも生きづらさのなかで懸命に生きていた方へ視線をおぼろげに向けていくのである。 ところで、たとえば鮎川信夫が「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない。」と書いた時、そこには大きな不信や生の意識の喪失などを含んだ絶望的で確たる響きがあった。時代状況を抜きに、また一行のみを引き合いに出して比べることはできないが、敢えて並べてみるとすれば、それまで自明であると思い、依拠してきた世界に対してもはや従来通りの見方とらえ方には頼れなくなったとはいえ、この語り手の目は最後までたしかな生の意識に繋がろうとしているように映る。不確かさのなかに揺れながら確かさを求めている。それはなにもたしかと言えるものはないが、どこかにはあるのではないかという希望が微弱ながらしぶとくあるからであり、それは逆説的ではあるがこの世界への信頼によって支えられているように思う。作品へのコメントに温かさを感じると書いた理由はそこにある。短い詩行のなかに、弱さと強さ、冷たさと温かさ、疑いと信頼といった相反するものがありながらひとつの調和を見せてくれたこの作品を推薦したいと思う。 ※効果的側面については千休利さんが書いておられますので重複を避けるため言及していません。参考にしてください。 また当該作品のコメント欄にも様々な着目がされていますので、合わせて参考にしていただければと思います。
自明なものへの疑いと世界への信頼 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 962.6
お気に入り数: 1
投票数 : 0
作成日時 2021-12-09
コメント日時 2021-12-09