別枠表示
ゴースト(後編)
娘「部屋に戻り、窓の外を見ると人が立っていた、誰だろうか気持ち悪い。カーテンを閉める。遮断。心を外界から遮断する。ふと懐かしい甘い匂いが鼻をついた。なんだろうか、この部屋には匂いがするものは置いていないはず。シャンプーのような甘ったるい匂いに僅かに交じる汗の匂い。付き合ってきた男達とは違う、誰かの。思い出せない、苛々する。エントリーシートを書こうにも集中出来ない。窓の外の人影。きっと男だろう、なんとなくそう思うのだ。遮断。闇夜の影。もしくは光。白亜の城に纏わる噂。夜歩く美しきゴーストの伝説」 母「夫とはあの事件の後すぐに別れた。当然だろう。私も若かったのだ、端正な顔立ちと柔和な立ち振る舞いだけに惹かれ、付き合い結婚し子を設けた。結婚して直ぐに彼の暴力的本性が顔を覗かせるようになったが、当時の私はこれも一種の愛情表現なのだと捉えていた。やがて身体的な暴力に至ることとなったが、その後に囁かれる甘い言葉に、この人には私が付いていなければならないと思っていたのだ。そしてなにより性質が悪かったのは、私が経済的に彼に依存していたことだった。私は娘と同様と世間を知らず、知ることも億劫に感じていた馬鹿な女だった。養ってくれる人間が居れば、例え暴力的であろうとそれに依存する。だが、あんな事があっては実際家に成らざるを得ない。この世は想像以上に悪に溢れ、人間とはかくも脆い。皮肉にも親としての自覚は、あの事件を前後に芽生えたのかもしれない」 娘「深夜に現れるゴーストは、その城に住む無垢な少女だけに見ることが出来た。塔の上階、東に臨む部屋に住むその幼き少女も、窓の下に見える薔薇園を徘徊するゴーストを度々見ることがあった。初めこそ闇に揺らめく光芒が如き亡霊に怯え、天蓋に覆われたベッドの中、枕に顔を押し付け怯え泣いていた少女だったが。やがて慣れるにつれ、幼き無邪気な好奇心で、ゴースト眺めるようになった。その姿は伝え聞いていたような醜いものではなく、甲冑に身を包んだナイトであった。腹部に突き刺さった剣は痛々しくあったものの、顔立ちは美しくも凛々しく、少女は心に淡い慕情を抱くようになった」 母「まぁ、私も未熟で浅はかな女だったということだ。ともかく実生活がある、皿を洗い洗濯機を回しゴミを出さなければならない。あの子は何一つ手伝ってくれないが、今更期待もしていない。籠りたいならば好きなだけ籠るとよい、いずれ大人になる日が来るのだろう」 娘「そして少女は今日一大決心をし、ゴーストに話しかけてみることに決めた。あなたは誰なのと、なぜこの城を徘徊しているのと、様々なことを質問し、そして願わくばその淡い恋心を伝えんと決めたのである。興奮といまだ残る僅かな恐怖からか手は震えていたものの、ドアを開け廊下を駆けていった、そして…あぁ!まただ、この臭い!!この腐臭!!音と、声と、匂いと、とにかく何もかも全てが、この薄汚れたマンションの、この淀んだ空気の家に居ると、下らないことが私を現実世界に引き戻す。 クラクションが鳴る。窓の外を観る。男はまだ立っていた。甘い匂いが鼻をつく。欠けた記憶の一部がフラッシュバックのように頭になだれ込んできた。もしやあれはあの人なのだろうか。ともかくもうこの家には居たくない。一度間近で観てみよう。そして、もし本当にあの人であったならば、母に苦しめられる私を助けに来たナイトに違いない」 母「クラクションが鳴る。階段からゴミ捨て場に男が立っていた。あれは、誰だ。暗くてよく見えないが、家の、娘の部屋の方向を見上げている。警察を呼んだほうが良いのだろうか?いや、こんな些末なことで通報することは馬鹿げている。ともかくゴミを出し、一刻も早く家に戻ろう。それが何よりも安全だろう」 娘「エレベーターを降り、明かりを消すこと忘れていた事を思い出し部屋を見上げる。階段に母が居て、男の方を眺めていた。やはりあの人だ、間違いない。エントランスを駆け抜け、外に出る。甘い匂い。微笑み。あの人が車のドアを開ける。母が何かを叫んでいた」 母「男は夫だった」娘「男は父だった」(同時に) 母「戻りなさい、そいつがあなたに何をしたか忘れたの」 娘「戻らないわ、私は全てを思い出したの。あの人から受けた愛情を」 母「お願い戻って、そいつについて行かないで、全うな幸せを手に入れて」 娘「いい加減に静かにして、この人について行くことが、全うな幸せよ」 娘・母「お願いだから」 母「私を一人にしないで」娘「私を一人にして」(同時に) 娘「淡い光で闇を裂くゴーストに駆け寄る。男は私を抱きしめ、そして私も強く抱き返した。甘い匂い。欠けた記憶。水面をたゆたう紅い花。腹に突き立てられた剣は蛇。恐怖など何も無い。痛みも最早無いだろう。私も大人に成ったのだ。あぁ私の、ナイト。今度は優しくしてね、パパ」
ゴースト(後編) ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 899.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-10-23
コメント日時 2017-10-28
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
後編も読みました。全編の最後の母のセリフが今回の後編では無視されて居ました?が、嗚呼、娘の最後のセリフで腹に突き立てられた剣として、今回は娘のセリフで出て来て居ましたね。読み進めて行って中々前回の続きの内容が出て来ないので、少しやきもきして居ました。でも今回の眼目はやはりゴーストでしょうか。ハムレットの最初らへんも思い出されますが(殺された父親の幽霊、かたき討ちを頼まれるエピソードだったか、少し記憶があやふやです)、甲冑に身を包んだナイトと言うセリフでますます、ハムレットをリンクさせて考えてしまいました。
0過去の事件が記憶の欠損、記憶の封印を呼び起こしている娘、それゆえに(その欠を埋めるために)創作に没頭する娘と、その娘の「夢想」あるいは、夢想世界への逃避、を、受け入れられない母。 前編の母子の会話は、ごく平凡な家庭の一風景、といった趣で・・・読者に、ごく自然な感じで、隣人の生活を垣間見せるような、そんな自然さを感じさせるとは思いますが・・・事件、のある種の凄惨さ、非日常、との落差を生じさせたい、という試みかもしれませんが・・・いささか、冗漫には過ぎないでしょうか。 〈腹に突き立てられた剣は蛇〉蛇をペニスと読むのが、一般的な読み方でしょう。幼児期に繰り返された虐待、その虐待を痛苦と受け止めつつ、快楽を(もしかしたら)開眼させられ、そのことに関しても「欠損」を生じざるを得ない、そんな複雑な少女の心身、それがテーマ、であるのか。 あるいは、母子の葛藤そのものが、テーマであるのか。 形式的には、内的独白の部分と会話体の部分が、双方、「 」に収められているので、会話体の部分に限定使用した方がよいでしょう。 ゴシックホラー的な(少女が逃避する為の)少女が生み出しつつある「物語」「小説」と、現実の会話をクロスオーバーさせながら構成する、といった手法の方が、より緊迫感などが増したのではないか・・・そして、そのゴシックホラーの世界で、少女が怪物に襲われる/救済される/苦痛と快楽を与えられる、といった、相反する(引き裂かれの)感情が表明されることによって、少女の内面の傷の深さが、よりいっそう、際立つのではないか。そんなことを考えました。あくまでも一案、ですが。
0