猫の鳴き声だろうか。
それとも夜泣きする赤ん坊の声。
机に転がったボールペンに触れると、
振動するのは、初めて耳にするその音。
白い雲が窓を額縁にして遠くへと離れていく。
自宅の庭に埋めた種子が芽吹く頃には、
僕はまた別の場所、別の時間に。
訪問者が今の住まいに見るのは、
お面を被った生活の残り香だけ。
嬉しいとか悲しいとか、嘆きとか歓び。そういう種類の、
残り香。
空になった空き缶をポリ袋にまとめると、
電子音に隠された感情でさえも、
久遠へとあの娘は捨ててしまったのだろう。
明日とか昨日とか色々呼び名はあったとしても、
結局そこにあるのは静かな「今」だけ。
その音は僕を一瞬だけ虜にして、
すぐに次の防人のもとへと去っていく。
蛇口をひねり、手を洗う。焼きたてのパンを頬張る。
そんな日常でさえも、この手が動く間だからこそ、
尊い。
雨も降らないのに、晴れてもいるのに、
僕は傘をさして出掛けなければ。
最後のコーヒーを注いだカップの向こう側で、
今、庭先を走り抜けた野良猫。
寒空に肌を傷ませた彼を通して見えたのは、
止め処なくこぼれ落ちる、小さな戸建ての、
去りゆく場所の、
ファンタジー。
作品データ
コメント数 : 10
P V 数 : 2142.7
お気に入り数: 0
投票数 : 3
ポイント数 : 1
作成日時 2021-12-03
コメント日時 2021-12-10
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 1 | 1 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 1 | 1 |
閲覧指数:2142.7
2024/11/21 23時32分12秒現在
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「僕」を「訪問者」や「防人」という別の存在へと展開して、イメージを進めていくという手法が優れていると思います。 また、最後の >去りゆく場所の、 >ファンタジー。 というところは特に筆圧が高まっている、つまり高まりがあるなと感じます。ファンタジーにはいろんな種類があるのですが、それを特定せずに置くことで、作品に散らばる「家」へ「僕」が持っているイメージを一つへの観念へと収斂させているようなイメージです。この作品には様々なイメージというのが交差していて、それを一つ一つ取り上げてすべてを理解する、ということは難しいのですが、その集合図として、一種のモザイクアート見ているかのような雰囲気でとても佳いと思いました。 ただ、奥行きがやや欠けているようにも映ります。それはやはりモチーフが一貫しているだけに目立ってしまっていて、そこが惜しいなぁと。
0沙一さん、コメントありがとうございます。なぜそこまで激情するのか単純に理解に苦しみますが、それはさておきこの詩を種がバレバレな手品と取るか、イメージ通り気持ちよくストライクゾーンに放り込まれたボールと取るか意見は分かれるところでしょう。それは鑑賞者の資質、種類にもよるのではないでしょうか。僕はこの詩に再度読み手として向き合い、決して速くはないが美しいストレートにも見えましたが。
1新染さん、コメントありがとうございます。モザイクアート。それは私にはなかった観点でとても嬉しいです。無数のイメージが散りばめられ、それが一点に集約されていく様は派手さはないものの、決して憎むべきものではなかったかと思います。
0いつも変わらないささやかな風景がまたみれてうれしかったです。その心と言葉が、見せられるものであるということが、他人を支えることのできる人格を受け取らせられます。もちろん、皆がそうであるべきであるという事を、感じます。僕は近々ささやかな職を得られる予定なので、頭や心が治らずとも、人のためになれたら、と思っています。
0滑らかな感じがして、読んで居て、音楽で言うと、スラー記号が常に常駐しているようなそんな感じがしました。防人は歴史的なさきもりでは無くて、単に防ぐ人であると思いました。野良猫の飼い猫転換ファンタジーの事と思いました、この詩の最後らへんは。
0黒髪さん、コメントありがとうございます。お久しぶりです!この詩から僕の人格まで良きと言及していただき嬉しいです。この詩は外に意識を持ちながらも非常に内面的に、というちょっと言葉で言い表しがたい状態で書いたので「跳ねる」感じはなかったかなと。しかし丁寧にまとまっているのは確かです。お仕事、頑張ってくださいね!
0エイクピアさん、コメントありがとうございます。スラー記号。確かに淀みなく流れるような印象はありますね。その分先が読めて退屈と思う方もいるようです。しかし時に帰着点が分かるが綺麗な詩というのも良きかと思います。防人についてはほぼご指摘の通りです。そこに歴史的なイメージが少し宿れば、と。
0yamabitoさん、コメントありがとうございます。この作品の鍵である「音」。一体何の音だったのでしょうか。恐らく伏線として回収されているのは野良猫の足音なのですが、話者の幻聴、耳に決して心地よくない音にも思える。しかし虜にされているのです。それはこの家庭、家屋での想い出、記憶がその音に秘められているからではないでしょうか。この曲は比較的オーソドックスなラブソングを聴きながら書いたのに、それでもこの渇いた独特の感触を拭うことが出来なかった。この詩は愛の根底にある寂寥を書いたとも言えるかもしれないのです。
0ボルカさん、コメントありがとうございます。救い。最後に持ってくることが出来ましたね。この詩は将来的に実家の持ち家を手放して離れなければならないかも、という心境で書いたのですが、寂寥と同時に持ち家にまつわる数多の想い出、まさにファンタジーを上手く描き切ったのではないかと思います。
0ボルカさん、再度のコメントありがとうございます!詩の予知性。実はとあるところで、全く現実と関係ない、詩の世界だけで完結させたものでも現実と絶妙にリンクしていることがあると話したのですが、まさにボルカさんの指摘はそれに匹敵する鋭さを持っています。予知性。望まない未来でさえも招いてしまう。気をつけたいと思います。
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