あの博物館の奥底に眠る
一つの鉄兜に刻まれた桜の紋章の横に
手彫りで書かれた名前が
いまだ脳裏に残っている
がちゃがちゃと群れる顔も知らぬ親戚の集まりと
ひと匙の同情を蒸発させて空焚き状態になった威勢に押され
汽車の前で今朝採れたばかりの思想を掲げながら
全員が協力して真実を隠し通す二時十五分
誰に見られているわけでもなく
みんながみんなを見ているという錯覚の虜だった
全員が約束された日常に戻ろうとした時
全てに対する恐れしか知らない赤ん坊が
本当の泣き声をあげてしまったので
その声の残響が一杯の泡を作り出し
町全体を静寂とともに満たしてしまった
車輪は気を使って動き始め
それをプチプチとつぶし始める
青年は何も思わないままだった
青年は灼熱の洞窟に隠れた時にようやく思考した
赤い視界の中でだんだんと脳幹が溶けはじめ
したくもない野蛮な行動を繰り返し
食べたくない肉を食い散らかして初めて
彼は本当の自分に気づくのだった
果たして今の今までかかったのは
人間が高尚な生き物なのだという
驕りの高ぶる井戸の中で
彼もまた青春を謳歌していた
一匹の肥えた牛蛙だったからか
「やがて俺は赤色と土色で染まり切って
果てには白くなってしまうから
その中からいくつか欠片を拾い上げて
花でも石でもなんでもいい
どこかに一緒においてくれ
忘れないでくれ
俺が俺であったことを
人間は人間の中だけで人間たり得るのだと」
彼が彼であったことを
この世に伝えているのは
だだっ広い博物館の隅で
特段取り立てて飾る価値もないと
そう言わんばかりに雑然と置かれ
遺品の蚤の市が開かれているような
その中の一つの鉄兜に
刻まれたカタカナのへたくそな名前
ただそれだけで
僕はそれを
その時はただ見つけただけだった
外に出ると新品の厚紙で作ったみたいな
嘘すぎる青空の下で親子が遊んでいて
特にこの場所が存在する意味も理解できない
ただ無邪気さを武器とするこどもが
ぷぅと吹いたシャボン玉が
ポンと割れてキラキラと光る虹になり
それを見た時に
彼の名前だけは忘れないようにしようと思った
僕が生きている間だけは
彼を僕の中で人間としてあげたいと思った
作品データ
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作成日時 2021-11-20
コメント日時 2021-11-25
#現代詩
#縦書き
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2024/11/21 23時39分22秒現在
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厳めしいタイトルの鉄兜に負けていない作品と思いました。 カタカナで刻まれた名と刀を手に戦った勇ましい彼と。鉄兜は装具の一つであるモノですが、永く博物館に生きる姿を見た者にしかわからない感慨や息づかい、言葉があるように感じられます。最後の厚紙の青空や親子やシャボン玉との落差もまた詩情を感じました。
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