夜の匂いがする。なんとも言えない鬱な匂いだ。眠れない。これではまた、落ちる。特に見たくもない、テレビを点ける。相変わらず、面白くない深夜ドラマがやっている。これ、視聴率どれくらい?十一% 驚きだ。標本調査を疑ってしまう。チャンネルを変えると、二十代後半ぐらいの童貞臭い顔をした男が、卒業したであろう垢抜けた男子高校生(校章でわかった)にマイクを向けていた。
ー貴方の人生で今まで一番辛かったことは?(声も野暮臭い。)
「...そうですね。強いて言うなら、こないだ、E様に振られたんすよ。死にたいっす。」
ーE様とは?ー
「元カノっす。」
テレビを消した。理由?そんなもん聞くな。机に突っ伏す。くそったれ。青二才。失恋で死ぬことはないって、どっかのサイトに書いてあったよ。ガキ。E 様だって。はあ、ジェーン・オースティンに謝れ。くそ。涙がでるよ。まだ、十数年しか生きてない子にインタビューすんなよ。間抜け、童貞野郎。顔を上げる。ボロいくまのぬいぐるみと目がった。
「お前なら、分かるだろ。くまぞうくん。」
無論、口はカモメの反対のままだ。くまぞうを机の上に置く。声音を変えて
「今まで一番つらかったことは?」
「お前を、貰ったときだよ。くまぞうさん。」
「それは、ひどいです。」
「どっちがだよ。」
スーパー銭湯という場所に初めて行ったのは父と一緒だった。父がハンドルを握り、俺は隣に座る。それが定位置だった。僕は湯が熱いのが我慢できず、走り回った。父は決して、叱ることなく、俺を抱いて、足湯に向かう。足湯は外についていて、眺めが無駄に良く、観覧者が見えたのだ。俺は良く駄々をこねていた。俺の気を違う方向に向けようと父が風船が沢山入った部屋に俺を入れたものだ。俺はちゃんと忘れ、また定位置に座った。父がどこからか、駄菓子を出して、俺の手の上に置く。俺の手はまだその菓子を握れるほど大きくなかった。
「ママには秘密な。」
「うん、ちみつね。」
その日は、帰る為の行為は行われず、代わりに店から出ると父から、くまのぬいぐるみが渡され、こう言われた。
「ここで待ってろ。」
そう、見事に捨てられたのだ。怜悧な読者ならすでに気づいていただろう。その後、俺は保護されたものの、母親も見事に御失踪され、施設で育った。捨てられた理由は借金だったそうだ。子供を捨てたら助けるって。(臓器売買がお決まりだろと思ったそこの君、筆者もそれは思うよ。)
まあ、借金に俺は負けた。それだけ。
まあ、もう少しだけ、愛情が欲しかったのは事実だが。
「俺も、お前も孤児だな。」
心做しか、くまぞうの首が動いた。
「でもよう、世の中失恋で死にそうになる人もいるんだってさ。なんかさ、もはや俺が死にたいと思っていたことなんか一周回って馬鹿らしいよな。」
くまぞうに手をかける。
「もう、お前はいらないから。生きてみるか。」
台所に向かう。ゴミ箱に向き合う。
「ばいばい。」
俺は、今まで誰に何を言われても生きたいとは思わなかったけどよう、なんで童貞野郎と、青二才に背中押されてんだよ。馬鹿らしい。ふと、冷蔵庫の時計を見ると、午前6時を指している。夏なのに遮光カーテンのおかげで、まったくひかりが入らない。カーテンを開けると、目が痛くなった。
「今日、カーテンでも買いに行くか。暗くなりすぎず、明るくなりすぎない、カーテンを。」
人生案外こんなもん。
作品データ
コメント数 : 0
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お気に入り数: 1
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ポイント数 : 4
作成日時 2021-09-21
コメント日時 2021-10-15
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 4 | 4 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 4 | 4 |
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2024/11/21 23時40分12秒現在
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