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老いるということ
老いるということ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1410.7
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2021-08-03
コメント日時 2021-08-06
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
お読みくださりありがとうございます。私には老いるということが、さなぎになることに思われ、死とは蝶に羽化するということに思えたのでこの詩を書きました。老いるということはけっして不幸なことではなく、死への前段階として、あるべき姿だと考えています。
0こんにちは。 この作品は、私の読解力に問題があるだけかもしれませんが この詩に描かれている事柄が、私には つかみにくかったです。 一連目で、分かったのは この詩は親子の対話だということ。 話し手のお母さまが おっしゃるには「人は、老いると、つまり 感覚をとざすようになったとき 蝶の蛹のようになる。」と おっしゃっているのだろうな。と思いました。 二連目がわかりませんでした。 畑を耕したり、食事の用意をしたりしておられるのは、お母さまだろうか?話し手だろうか?と私の場合は、そこがよくわからなかったです。お母さまが畑を耕したり食事をつくっておられるなら、お母さまは 体が自由にできのだから さほど老いてはおられないことになります。 それを踏まえて一連目を読み直すと、お母さまは いまはまだ さぼどは老いてはいないけれど、いずれ老いたら蛹のように動けなくなってしまうということかもしれません。 けれど、話し手が畑をして帰ってきたのであって お母さまがお体が不自由でらっしゃるとしたら、お母さまの一連目の言葉は、「こんなふうに寝たきりで 感覚は閉ざしてしまっているけれど、この状態って蛹なのよ」と言っておられることになりそうです。 最後の連は、とても美しいです。 けれど、とても若い方が、肉体労働をした一日の最後に 蝶のように 最後の連みたいに情景を思い浮かべても、安眠がえられる気がします。 ごめんなさい。この詩は、老いることとは どういうことかを書いておられるのでしたね。 老いるということは、幻惑の世界から もう帰ってこないかもしれないということですよね。 誤解をおそれずに 思ったままを書かせていただくと、レム睡眠の森だと、毎朝 ちゃんと帰ってこれそうで とても健康的でお元気に 感じまシタ。 それで、違和感を、感じまシタ。
0お読みくださりありがとうございます。 たしかに2連目は主語が省略してあるので、分からないかも知れません。 >レム睡眠の森だと、毎朝 ちゃんと帰ってこれそうで とても健康的でお元気に 感じまシタ。 そう感じられたのなら、それで良いと思います。 さなぎとは幼虫の中身が一度溶けてドロドロになり、蝶のかたちに形成されるものです。
1お読みくださりありがとうございます。 私には実力がないので、遊べません。遊ぶと、ひどくみすぼらしい詩になってしまう気がします。
0蛹が、イモムシの状態の肉体をどろどろにとかして 完全に違う体になることは 存じ上げていました。 きくところによると、日本でも ヨーロッパでも 蝶々は、死の象徴として言い伝えられても いることを、今 思い出しました。 そして、この詩の おこころの自由さに、いま やっときがつきました。失礼しました。
0コメントありがとうございます。
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